【私的録-MY PRIVATE SIDE】 “妖怪のなんでも屋”こと河野隼也さんと、この世とあの世のあわいをめぐる京都散策。

妖怪文化研究家、妖怪造形家、百鬼夜行クリエイターなど、妖怪にまつわるさまざまな肩書を持つ河野隼也さん。ご自身が代表を務める『百妖箱』は、いわば妖怪の総合商社といったところでしょうか。そんな河野さんを取材したのは2024年のこと。当時大きな話題を集めていた京都・一条通商店街の人気イベント『一条百鬼夜行』の仕掛け人としてお話を伺いました。それから2年、今では日本のみならず海外にも妖怪文化を発信し、書籍の出版やテレビ出演など幅広く活躍されています。今回は、著書『なぜ世界は、日本の妖怪に夢中なのか 百鬼夜行、京都の商店街から世界へ』(リチェンジ発行/星雲社発売)が刊行されたばかりの河野さんを訪問。妖怪研究の原点ともいえる場所を案内していただくとともに、制作の拠点としているアトリエにお邪魔して、この2年間を振り返っていただきました。インバウンド客でごった返す京都に、密やかにたたずむ異界。読めば、京都が少し違った視点で見えてくるかもしれません。
清水寺の南側一帯に広がる鳥辺野は、京都の三大葬送地のひとつ。

今回案内していただいたのは、河野さんが大学時代にフィールドワークを重ねた地。自らの足で妖怪にまつわる場所を巡り、そこで調べた歴史や伝承を卒業制作として一冊のビジュアルブックにまとめたことが、現在の活動の原点になっているそうです。

最初に足を運んだのは、東山のふもとに広がる鳥辺野(とりべの)。清水寺にもほど近く、多くの観光客でにぎわう一帯ですが、平安時代から江戸時代まで、北の蓮台野、西の化野と並ぶ葬送地でした。

鴨川から東は、もう死者の世界。その入り口にあたるのが、六道の辻(ろくどうのつじ)です。
「辻というのは交差点で、六道の辻っていうのはあの世とこの世の交差点みたいな地名なんですよ。六道珍皇寺っていうお寺に井戸があるんですが、その井戸があの世に通じているといわれていて。小野篁(おののたかむら)っていう平安初期の貴族が、昼は朝廷で働いて、夜になると井戸からあの世に行って、閻魔さまのお裁きの手伝いをしていたという伝説があるんです」

この世とあの世のダブルワークとは…と驚いているうちに、五条坂の交差点に到着。ここから、清水寺へ向かう道ではなく、その隣の道を進みます。脇には大谷本廟の石積みの壁。観光地のすぐ近くなのに人気はなく、すれ違う人もまばら。山の斜面には墓地が広がり、墓石は明治時代や、中には江戸時代のものもあるようです。

「さっきの六道の辻の近くに、幽霊子育飴っていうのを売ってるんですけど、それにまつわる話があるんです。毎晩のように飴を買いに来る女の人がいて、店の主人が怪しんで後をつけたんです。すると鳥辺野のほうにどんどん入っていって、あるお墓の前でふっと姿が消えた。お坊さんにその話をしたら、そこは若くして子どもを身ごもったまま亡くなった女の人が埋葬されていると。かわいそうに思ったお坊さんと店の主人が念仏を唱えると、お墓の中から赤ちゃんの鳴き声が聞こえてきたんです。掘り起こしてみると、死んだ母親が墓の中で産んだ赤ちゃんを、飴で育てていたと」
墓場で生まれた幽霊の子どもと聞いて思い浮かぶのは、そう、ゲゲゲの鬼太郎。こうした幽霊が子どもを育てる話は、古くは中国にもあったそう。時代や場所を越えて語り継がれてきた物語が、鬼太郎の世界にもつながっているのかもしれません。

庶民から貴族まで、あらゆる階級の葬送が行われていた鳥辺野。「女の幽霊が飴を買いにきたのは1601年ごろと言われていて、関ケ原の戦いの次の年やからちゃんと埋葬してたと思うんですけど、平安時代の小野篁の時代は野ざらしじゃないですかね。いわゆる鳥葬ですね。諸説ありますが、そこから、鳥辺野と呼ばれるようになったとか」。そう聞くと、頭上を飛び交うカラスも何やら不穏なものに感じられます。

木々の向こうに見えるのは清水寺。境内にある地主神社は縁結びで有名ですが、ここにもいわくがあるとか。「良縁を望む人がお祈りする“祈り杉”というのがあるんですが、別名を“呪い杉”ともいうんです。木の裏に回ったら、釘を打った跡がいっぱいあって。マイナスの祈りは、すなわち呪いになったりもするんですね」。誰かを想う気持ちが恨みに変わってしまう、呪いと祈りは紙一重なのかもしれません。

小さく見える京都タワーと広大なお墓を眺めながら、来た道を帰ります。この辺りには、お盆の頃にご先祖さまをお迎えするために、六道珍皇寺にある“迎え鐘”を鳴らすそう。「鐘を撞くのに2時間ぐらい、アトラクション並みに行列するらしいです。送るときは、寺町通にある矢田寺の送り鐘を鳴らすんです」。迎え鐘に送り鐘。京都では今も、あの世とこの世がつながる習わしが息づいています。


河野 隼也
1982年、京都市伏見区生まれ。妖怪文化研究家、妖怪造形家、百鬼夜行クリエイター。妖怪芸術団体「百妖箱」主宰。水木しげるの幼少期を描いたドラマ『のんのんばあとオレ』をきっかけに、妖怪の世界に魅了される。大学では妖怪を観光資源とした町おこし企画などを研究。観光×妖怪を軸に、京都を拠点に国内外で妖怪をテーマにしたイベントの企画や創作活動を展開。「一条百鬼夜行」「モノノケ市」「嵐電妖怪電車」「三井寺妖怪ナイト」「伏見妖怪酒祭」「怪々YOKAI祭」など、数多くの妖怪イベントを手がけるほか、テレビ番組『妖怪とあそぶ』にレギュラー出演。著書に『きみのとなりにいるリアル妖怪図鑑』(西東社)などがある。