中学校の先生から盆栽の道へ。若き盆栽作家・伊藤壮吾さんが担う、日本の文化、伝統を次代に繋いでいくための役目。

“BONSAI”として海外からも高い評価を得ている日本の盆栽。古くは三代将軍・徳川家光ゆかりの盆栽が今もなお大切に管理されているなど、とにかく長い歴史と奥深い世界がそこには広がっています。そんな日本のトラディショナルな文化に魅せられ、サッカー少年→中学校の先生を経て、盆栽の道を歩み始めたのが伊藤壮吾さん。華麗というよりも真逆の選択だと言える転身には、どんなきっかけや想いがあったのか。そして、実際に足を踏み入れると、どんな景色が広がっていたのか。敷居の高いイメージがある盆栽の世界でマイウェイを突き進む、若き盆栽作家・伊藤さんのインタビューには、今を見つめ直すきっかけが詰まってるような気がします。そして、盆栽って、めちゃくちゃかっこいい!そう気づいてもらえれば、うれしいです。

誰かが管理してきたから、100年以上前の盆栽が残ってる。育てることは受け継ぐことだと気づいた時、盆栽っておもろいなと思った。

まずは、伊藤さんが盆栽に興味を持ったきっかけの部分から聞かせていただければと。盆栽ってかっこいいんですが、ちょっとハードルも高い気がしてて、何か特別な体験とか出会いがあったのかなと思いまして。

盆栽を初めて買ったのは、コロナ禍の時期なんです。それまではずっとサッカー漬けの日々だったんですが、コロナ禍で活動できなくなり、めちゃくちゃ時間を持て余してました。近所のホームセンターに行ってインパクトドライバーを見たり、熱帯魚や観葉植物を眺めてた中で、たまたま盆栽を買ってみたのが始まりです。

コロナ禍ってことは、2020年4月頃ですかね?

そうですね。時間だけはあったので、育て方を調べて自分なりに盆栽と触れ合ってるうちにエスカレートして、関西のいろんな盆栽園などにも出かけて買うようになってしまって。

時間だけはあったということですが、当時の仕事は?

まだ大学生だったんです。4回生の頃で、サッカーもできないし、就活もほぼしてないから時間だけはありましたね(笑)

勝手なイメージで20代後半くらいかと思ってました(笑)。ちなみに伊藤さんがそこまで盆栽にのめり込んだのには、どんな理由があったんでしょう?

最初に手に入れた盆栽は小さいものでしたが、いろいろ調べて買っていくうちに、100年以上前のものも普通にあることが分かりました。今その盆栽が残ってるのも、誰かがずっと管理してたおかげですし、自分は受け継いで育てさせてもらってるんだ!そんな感覚になった時、盆栽っておもろいなと思ったんです。枝の形も変化するし、大きくなって成長していく姿を見るのも楽しい。それが盆栽にハマった理由ですね。

なるほど!そういった視点で盆栽を見たことがなかったので、ハッとしました。盆栽には先人の方の努力と想いも詰まってると。確かにその感覚になれば、盆栽の見え方や関わり方も変わってきますよね。で、盆栽の道に進むことにしたんですか?

いえいえ、大学卒業後は中学校の体育の先生になりました。当時はまだ趣味の領域やったんでね。でも、盆栽愛は着実にエスカレートしてて、一人暮らしの部屋の中に盆栽を持ち込んで作業してたので、フローリングが土と枝だらけになってて…。部屋の中やのに、ほぼ屋外の状態でした(笑)

そんな状態が気にならないくらい(笑)、没頭してたと。でも、今から逆算すると先生になったのが2021年4月なので、そこからどういう経緯で盆栽作家になっていくんですか?

盆栽作家の道へ進もうと思ったきっかけを与えてくれたのは、今もすごくお世話になってる『橋本太閤園』の橋本さんとの出会いですね。いろんな展示会や盆栽園に行くうちに、実家のめちゃ近所で盆栽園をされてることを知り、「こんなすごい人が近くにいたんや!」って感じで衝撃でした。速攻で電話して、そこから橋本さんの元に通うようになり、さらにいろんな盆栽園や盆栽交換会に連れて行ってもらいながら勉強してたんです。

『橋本太閤園』の橋本三四史さん。盆栽界の目利きでもある大御所の方で、たまたま近所にいらっしゃったというのが、伊藤さんの“ヒキ”の強さ。「盆栽に興味があると電話がかかってきて、それ以来しょっちゅう来てますね。実は盆栽って若い時から始めてる人が多くて、年老いてから始めてる人の方が少ないんです。伊藤君が作家として活動しながらSNSでも発信してくれてることは、若い子と盆栽の距離を近づけるきっかけにもなってるから、すごくいいことだと思いますね」と橋本さん。

今日の取材でも橋本さんの盆栽園にお邪魔させていただいてますが、そんな経緯があったんですね。橋本さんに教えてもらうことで、やはり伊藤さんの中で盆栽の見え方、関わり方なども変わりました?

自分と比べるのもおこがましいですが、今まで作ってきた数、見てきたものや触れてきたものの数、経験が圧倒的に違う。本当のプロの技術や知識を間近で体感したことで、自分はまだまだ過ぎると思わされましたね。その一方で、盆栽の世界がもっと好きになったし、この魅力を広めたい。友だちやいろんな人に伝えたい、知ってもらいたい、そんな気持ちも芽生えてきたような気がします。

伊藤さんの中で、チャレンジしたい気持ちと広めたい想いが交わったんですね。でも、盆栽作家として独立することは簡単な決断ではないかなと思うんですが、そこに迷いや不安は?

全然ないですね。やりたいからやる、それだけ。自分のやりたい道はこっちだと感じたし、その気持ちが強かった。後先のことなんか、考えてなかったです。

自分の道を切り拓いていくには、やっぱり決断と気持ちの強さですね。両親にはどう報告を?

「盆栽でやってくわ」って普通に言いました。「え!盆栽?」「それってどうなん?」みたいな感じで反対してましたけど、そんなん関係ないんで(笑)

ご両親的には安定の職業を捨てて…、という気持ちもあったのかもしれませんね。

そもそも安定とかには興味ないんですよ。先生になったのも、子どもたちと関わって人生にいい影響を与えていける仕事だと思ったから。先生として働いてた期間はたった2年ですが、すごく充実してたし、これが自分の天職だとも感じてました。ただ盆栽と出会い、その奥深い世界を知ってしまったので、自分のやりたい道はこっちだと思ったんです。2023年3月末で退職して、そこから盆栽作家としての活動をスタートさせました。

独立してちょうど1年になりますが、盆栽作家としてはどんな活動を?ぶっちゃけ、いきなり独立してやっていけるのかなという部分も気になりまして。

今も勉強中&修行中ではありますが、盆栽の魅力を広めたり、伝えられる活動を自分なりに考えてやってます。その1つが、ウェディングの前撮りです。和装を着用して前撮りされる方は多いですが、その背景にドライフラワーとか植物が飾られてる写真を見て、ちょっと違うんじゃないかなと思って。盆栽の方がやっぱり和装には合うし、この世界観が好きな人も絶対いるだろうってことで、いろんなフォトスタジオに盆栽を持参して営業に行ったんです。断られることもありましたけど、喜んでくれたスタジオも多くて、今は和装の撮影が入った時に盆栽を持参してレイアウトを考え、前撮りのプロデュース的なことをしてます。あとは、京都が多いですが、ホテルや飲食店に盆栽をレンタルしたりも。海外の方はすごく喜んでくれてるから、1週間に1回のペースで交換するようにしてます。前撮り、レンタル、そして販売を軸にしつつ、ギャラリーに出展したり、SNSを活用して魅力を発信したり、それが現在の主な活動ですね。

やりたいからやる、その延長線でどんどん仕事に繋げてるのがすごいと思います。

普通に「いらんいらん!」って門前払いされることもありますけど、少しずつカタチになりつつはあるかなぁと。

昔からどんどん行動していくタイプだったんですか?

あんまり何も考えずに生きてきたタイプなんで(笑)。ポンコツやし頭も悪いけど、好きなことをとことんやる。自分がおもろいと思うことをやる、ってことが大事かなと。自分の性格的にも。

盆栽にハマったエピソードもそうでしたが、好きになったことへの夢中のなり方がすごいんでしょうね。

自分が「これや!」と思った時の夢中のなり方は、深いかもしれません。多分、何も考えてないからできるんかも(笑)。やってる時が楽しいし、やっぱりそれが一番。盆栽作家としての日々には、失敗したり断られたり、大変なこともいろいろあるけど、結局は好きやから成立してる気がしますね。

幹の太さ、木の肌の荒れ方で樹齢を考えたり、葉っぱが落ちた裸の姿から枝ぶりを見たり。始めた頃は「葉っぱないやん!」と思ってましたが(笑)、盆栽には細部に至るまで見どころがあるんです。
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Profile

伊藤 壮吾

盆栽作家。1998年、大阪府堺市生まれ。大学を卒業後、中学校での体育の先生を経て、盆栽作家に転身。「古風な生き方」を人生のテーマにし、盆栽の魅力を伝える、広める活動を続けている。また、日本に古くからある履物や和服を次代へと繋いでいくために、ジャパニーズカジュアルブランド<DANJI JAPAN>も設立。盆栽を軸に、日本の文化や伝統を独自の視点で発信、表現するスタイルが注目を集めている。

https://danji-japan.stores.jp/

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