システムエンジニアから丹波篠山で罠猟師になった黒沼さん夫婦が、屋号「かけがえのない日」に込めた想い。


後ろ足を1本、師匠からほれって渡されたんです。え、これどうしたらいいんやろうと思って。そこから自分が肉を剥がして取るなんて考えられなくて。でもね、これって命じゃないですか。

師匠が仕掛けた罠に、雄鹿がかかってたわけですね。

シンスケ:もう見た瞬間、でかっ!と思って。奈良の鹿とかとは全然違うんですよ。この山を走り回って、どんぐりとか栄養のあるもの食べてますから、体つきがまず違うし、色も黒っぽいし、角も立派やから。とにかくでかくてびっくりしてたら、ほいやれよって師匠が言うんですよ。でも、何をしたらいいかわからないじゃないですか。そしたら、鍬(くわ)で叩けって。僕ね、動物が好きなんです。やから、ええ!?ってなって、鍬を持つ手が震えるんです。でも、叩けって言われて、怖くて怖くて。鹿の後頭部を狙うんですけど、角もあるし、動くし、そんなんうまく当たらないですよ。ようやく4回目ぐらいかな、やっとちゃんと叩けたんですけど、その時の声とか、もう忘れられない。

鍬で鹿の後頭部を叩くのは、仕留めるためですか?

シンスケ:いや、叩くのは、気絶させるのが目的なんです。なぜ気絶させるかと言うと、血を抜きたいから。死んでしまってから血抜きをしようとしても、心臓のポンプが動いてないから、絶対に抜けないんです。

気絶させてから、血抜きをするんですね。叩くのも大変ですが、その後の作業も大変そうです……。

シンスケ:気絶させた後、師匠がナイフで刺すんやって言うんです。でも、僕が持ってたナイフって、キャンプで使ってたやつなんです。研ぎ方も素人やから、全然うまく刺さらないんですよ。高級な革のソファーに、つまようじ刺してるみたいな感じ。モタモタしてたら師匠が自分のナイフを渡してくれたんですけど、でも刺すところが重要で、ピンポイントで刺さないと血が抜けないんです。師匠が片側を刺して手本を見せてくれたんで、なんとか僕も反対側を刺すことができたんですけど、ものすごい血が出るんです。血ってこんなに出るんやなと思って。でもこんな山の中やから、すぐ地面に吸い込まれていって、血だまりなんて一切できないんです。全然汚くないんですよ。

シンスケさん愛用のナイフは左の「キャンプとかで使う、2,900円で買ったやつ」。右の「又鬼山刀(マタギナガサ)」は秋田県のマタギが使う刀で、棒などに挿して使う熊よけの護身用。

次から次へと、すごい場面が続きますね。血抜きをした後は、どうするんですか?

シンスケ:30分ぐらい血が抜けるのを待って、少し広い場所まで移動させます。山の上から引っぱり下ろすんですけど、お前ひとりでやれよって言われて。嫌やなあと思ったけど、そんなん言えないじゃないですか、一度でも狩猟やってみますと言った奴が。
足を持って引きずり下ろしたら、次は腹を割れって。鹿を上向きにした状態で、胸骨を割るんです。どうやるんですかって聞いたら、師匠が斧みたいなんでガンって。衝撃ですよ。それから喉もとを掻っ切って、気道を引っ張り出したら、その気道に袋状になって内臓が全部ついてくるんです。

気道に内臓がついた状態で出てくるんですか?

シンスケ:洗濯機のホースみたいなのに、袋が付いてるような感じで。

マイコ:意外と凄惨じゃないんです。

シンスケ:そうなんですよ、その頃にはもう血もほとんど出ないです。だから、血が苦手な僕でもなんとかいけたんかなと思います。そのあとは、獣は体温が高いから冷やすために、川に2時間ぐらいつけておきます。だから、近くにきれいな川があることが重要なんです。内臓とかはそのまま川に置いとくんですけど、それを魚が食べて、カニとか生き物が増えていくんですよ。

自然ってすごいですね、ちゃんと循環するんですね。

シンスケ:川から上げた後、師匠が解体するところを見せてもらったんですけど、首を取るとこなんて怖いですよ。軟骨に沿ってナイフを入れてから折るんですけど、ゴキゴキゴキって、映画みたいな音がします。
で、その後は風通しのいい場所に干すんですけど、皮をむかれた後ろ足を1本、師匠からほれって渡されたんです。え、これどうしたらいいんやろうと思って。そこから自分が肉を剥がして取るなんて考えられなくて。でもね、これって命じゃないですか。そんな生ゴミとかで捨てれるもんじゃない。

捨てられないですね。その足はどうされたんですか?

シンスケ:飲食をやってる知り合いの人とか、友だちのお店とか、自分たちが好きでおいしいと思ってるお店とか、いろんな人に電話したんです、新鮮な鹿の足があるんですけどどうですか?って。そしたら、持っていった人にすごい喜んでもらえたんですよ。その時に、方向性が決まったというか、この肉をちゃんと生かしていかなあかんなって。何のためにその肉が生きていくかっていうのがわかってきて、猟に対する気持ちがちょっと前向きになったんです。

罠っていうのは、後ろ足がかかったらだめなんですよ。だから、この山の中で、動物が踏み出す前足の一歩をとらないといけないんです。
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Profile

かけがえのない日

元システムエンジニアのシンスケさんとマイコさんの罠猟師夫婦(trapper a.k.a hunter)。罠製作から捕獲、解体、精肉までを行い、“人生で最高に美味いジビエを提供したい”をテーマにイベント等に出店。丹波篠山の持ち山も絶賛開拓中

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