『wad』=は、和の道。カフェ、ギャラリー、金継ぎを手掛ける小林剛人さんの、とてつもなく深い器への愛と造詣。
金継ぎはもともと、一国のお城に値するような器を修復するための技術。どうしても残さないといけないものだったから、漆と金を使って、手間もお金もかけて直したんです。
長く金継ぎのお仕事をされていますが、最近の金継ぎブームはどうご覧になりますか?
僕は今年に入って金継ぎの依頼を受けるのをストップして、今は教室に力を入れています。自分のものを自分で直すっていうのがいいなと思って。
金継ぎはもともと、日常の食器を直す技法ではないんです。安土桃山時代、戦国武将に与える領地の代わりに中国や朝鮮から来た美術品を与えて、それを茶道具に見立てて使っていたという歴史があるんです。例えば、織田信長から授かった器でお茶会を開いたりすれば、すごいステイタスだったんですね。一国のお城に値するような器ですから、それが壊れたときに、一流の蒔絵師を読んで修理をさせたというのがそもそもなんです。
殿様から賜った茶碗であれば、壊れたからといって無碍にはできないですもんね……。だからこそ、金を使ってより良く修理したんですね。
日常のものが割れたら買い換えるっていうのは、いまの作家や、ものを作る人が生き残っていく方法でもあるので、残さなくてもいいものを無理やり残すのも違うのかなという気がします。日本は神道の国だから、循環するという考え方があると思うんですよ。例えば、伊勢神宮の式年遷宮では、20年に一度社殿を造り替えますし。
たしかに、新しいものが循環していかないと、次の作家さんも育たないですね。なるほど、なんでも直せばいいというものではないことがわかります。
自分にとって大切な器を、自分で直すっていうのはいいと思うんですね。でもその際も、技術だけを学ぶより、金継ぎの歴史とか文脈を理解してからやるほうがいいのかなと思っているので、教室でも必ずこういうお話はするようにしています。
なんとなく金継ぎって、継ぐことでよりおしゃれになる!ぐらいのイメージだったんですけど、壮大な背景があってびっくりしました。漆や金を使って手間をかけて直すというのは、もともとの器がそれだけ価値のあるものだったからなんですね。
一国に値する、どうしても残さなくてはいけないものでしたからね。金継ぎについて海外で説明する機会もあるんですけど、お茶の道具というところから生まれているので、お茶の文化とか、歴史的な背景を理解してもらうのが大変なところです。
海外の方にも金継ぎを教えておられるんですか?
ポーランドとか、海外もいろいろ行きました。コロナの前までは、韓国や台湾でも毎年金継ぎの教室をやっていたんですよ。
韓国や台湾にも、金継ぎという文化はあるんですか?
韓国も台湾も漆器の技術はあるんですが、器を蒔絵の技術を使って直すのは日本独特ですね。この前はアルゼンチンの日本大使館から依頼がきて、zoomで金継ぎの話をさせてもらったんですけど、すごく興味を持ってくださって。南米の方が金継ぎの話に興味を持ってくれたのは意外でしたね。来年2月はベトナムで金継ぎをやる予定です。
ペドロさんが言っていた、「日本のことや器のことを突き詰めれば、世界中で仕事ができる」が現実になってますね。
そうですね。いま海外では“金継ぎ=アート”みたいになっていて、本来は継いだ部分がわからないようにするんですけど、わざわざ全然違うものをはさんだり(笑)。いろいろ面白いですね。
いまやりたいことは、自分が羽を伸ばせる場所を田舎につくること。おもてなしの集大成の場所として、宿みたいなものもいつかはやってみたいですね。
小林さんは、金継ぎのどういうところに魅力を感じておられますか?
何百年も前のものを直していると、バトンがわたってきている感じがいいですよね。いまは自分の手元にあるけど、これがまた次の何百年か残ると思うと緊張感もありますけど。そういう古いものは、次の世代の人がまた戻すことができるように、本金継ぎで直します。本金継ぎは、小麦粉と漆で接着しているので、外して洗えばまた継ぐことができるので。
小林さんご自身が手を動かして、これだけたくさんの器を修復されていることにびっくりしました。
いまはストップしているので、これでもかなり少なくなりました。以前は作業していると「無」の状態になれてすごく集中できたんですけど、最近はいろんなことを考えてしまって。金継ぎは主張が入るとダメなんですよ。こうしたほうがかっこいいかな?とか意識するんじゃなくて、器に添ってすっとできるのがいいので、無のほうが心地いいんですけど、最近はちょっと集中が途切れがちですね。
もうご自身で作業するところから、教え伝える時期に来ているのかもしれないですね。最後に、小林さんが個人として、これからやってみたいことってありますか?
やってみたいのは、田舎に何かを作りたいんです。壁を塗ったりとか、自分で作業して空間を作りたい。都会にちょっと疲れたのかな(笑)。作家さんは田舎に住んでいる方が多いんですよ。だからよく訪ねるんですけど、僕は田舎で生活するっていうより、充電する場所にしたいと思っていて。大事な人とゆっくり過ごせるとか、スタッフを呼んでみんなで食事会ができるとか、なにか羽を休められる場所を作りたいっていうのはありますね。そういう素敵な空間を持っている大人の方がまわりにたくさんいるんです、山の中に茶室を作っている方とか。自分もいつかそういう場所が持てたらいいなと思います。
それはお店とかではなくて、完全にプライベートな?
お店にしちゃうと人を呼ばないといけなくなるので。情報とかも入ってこない、なにもない、そんな場所のほうがいいかもしれない。でも最終的には、おもてなしの集大成というか、宿もやりたいなと思ってたりするんですけど。いつか、そこがそういう場所になるかもしれないですね。
<小林さんのお気に入りのお店>
ライトイヤーズ(大阪市福島区吉野)
インド、アフリカなどさまざまな国の生活道具や、見立てで使えるモノなど、自分の審美眼に触れるものが沢山あります。
Brownie(大阪市北区大淀南)
ヨーロッパのデザイナーブランドなど凄くこだわりの服を見せてくれる素敵なアパレルショップです。
古道具 塊(大阪市西区京町堀)
古物屋さんですが、さまざまな時代の古物を見せてくれるお店です。ふらっとよく立ち寄ります。
小林 剛人
『wad』店主。奈良県出身。器好きの父親の影響で、子供の頃から六古窯の窯元を訪ねる。美容師を経て、2009年西区新町に『wad cafe』をオープン(現在は大阪市中央区南船場に移転)。ブームになる以前より簡易金継ぎ・本金継ぎを学び、教室も開講。国内のみならず、海外でも金継ぎのレクチャーを行っている。
wad
大阪市中央区南船場4-9-3 東横ビル2F・3F
2Fは茶道の精神をアレンジし、器と素材を楽しむカフェスペース。3Fのギャラリースペースでは、現代陶芸作家の企画展を定期開催。日本の古道具や、wadの価値観に通づる世界各地の古物を集めたコレクションルームは予約制。新町のアトリエ(西区新町3-11-20)では、金継ぎ教室も開催。