『wad』=は、和の道。カフェ、ギャラリー、金継ぎを手掛ける小林剛人さんの、とてつもなく深い器への愛と造詣。


フランスに滞在していたとき、ペドロに「英語を話せる人間はいくらでもいる、でも日本のことを理解している人間なら、世界中どこでも仕事ができる」って言われたんです。

その流れのまま、金継ぎの事業で独立されたんですか?

27歳で独立しようとお金を貯めてきたんですけど、「修復をする」ということについて考える時期があって。日本は使い捨ての国ですが、ヨーロッパには昔からリペアの文化があることに憧れて、独立する前に1ヵ月半、旅に出たんですよ。パリでは古い建物は残ってるし、家具も修復して使うし、日本はビニール傘ですけど向こうには傘だけを修復する職人さんもいて。そうやっていろんなものを見ているうちに、日本の金継ぎって独特の文化やなとあらためて感じる部分もありました。

たしかに、日本に比べてヨーロッパは、古いものを修理しながら大切に使うイメージがありますね。フランスでは、ずっとパリに滞在されてたんですか?

パリの後、フランス西部のナントに行きました。ナントに京都で知り合ったペドロという画家が住んでいたので、パリから彼に連絡したんです。ペドロはすごく日本フリークで、京都や奈良に滞在して仏像ばっかり描いている画家なんですけど、彼が京都の加茂で個展をしていたときにたまたま会って、僕がフランスに行きたいと話したら名刺をくれたんです。それで、パリから電話をしたら、うちにおいでって言ってくれて。パリからTGVに乗ってナントまで行きました。

ペドロはチリ出身で、イタリアに亡命して、フランスに移住した人なんですけど、日本のことにすごく詳しいんです。「剛人は黒沢明の作品で何が好きか」とか聞かれるんですけど、僕あんまり知らなくて。そしたら「日本人なのに知らないのか!」って滞在中は毎晩、黒沢明の作品を見せられました(笑)。ほかにも、「いま三十三間堂の仏像は何体修理しているのか」とかマニアックなことばっかり質問されて、ぜんぜん答えられなかったですね。

僕がナントを発つ日にペドロはお茶を点ててくれて、その時に僕は、もっと英語を勉強してまた来るよって伝えたんです。英語が話せたら、もっと深い話ができるかなと思って。そしたらペドロが、「それは違う」って。英語を話せる人間はいくらでもいる、でも日本のことを理解している人間なら、世界中どこでも仕事ができる、と。いま器を修復しているなら、器のこと、茶道や華道のことをもう一度ちゃんと勉強して極めなさい、そうすれば世界中どこにいっても食いっぱぐれることはないからって。それを聞いて、すごく納得したんです。

英語を話せるようになるより、自国の文化を理解して発信することのほうが大切……って、すごい言葉ですね。

そう言われて日本に帰って来て、たまたま新町に物件があって、すぐお店をスタートしました。店名の『wad』には、和の道、日本の道という意味を込めています。ペドロに言われたことで、古来から受け継がれてきたものを、現代の形にアレンジして伝えていきたいと思ったんです。茶道や華道はきちんとしたルールにのっとって継承されていくものですけど、それよりもう少し敷居を低くというか。ヨーロッパでは美術館に、ベビーカーを押したお母さんたちも子供たちもたくさん来るんです。でも日本のギャラリーとか画廊は、若い人はあまりいないし、入りにくいですよね。だから、その入り口になる仕事をしたいと思ったんです。

カフェスペースにある茶釜。この茶釜で沸かしたお湯で点てたお茶を、好みの器で味わえる。

カフェという形にされたのは、器やお茶に触れる敷居を下げたいという思いから?

お茶の文化があったから日本の焼き物は水準が高いと思っているので、お茶を飲める場所があって、そこで器に触れてもらえれば、器の世界に興味を持ってもらえるのかなと。カフェで器に出会って、ギャラリーで自分の好きなものを選んで、それが壊れたら金継ぎで修復する、そんな流れが作れたらいいなと思って。

お茶が、器と出会うきっかけになるんですね。小林さんご自身も、お茶を勉強されたんですか?

友達のおばあちゃんが茶道の先生で、ヨーロッパに行く前に習ったんですけど、でもすぐに違うなと思って。茶道は伝統を継承するためのさまざまな決まり事があるんですが、茶道をさかのぼると茶の湯があって、茶の湯は相手のために器を選び、部屋をしつらえ、朝からお湯を沸かして準備をする。五感を生かして、自分なりのもてなしをする。千利休とか茶の湯のことを僕なりに考えたときに、茶道と茶の湯は違うのかなと思うところがありました。

いわゆる“茶道”ではなくて、茶の湯の精神をもって、自分なりのもてなしでお茶をふるまいたいと。その想いは先生も理解してくださったんですか?

すごく理解してくださって、自分なりのおもてなしであれば、お点前はしなくてもいいとも言ってくださいました。でも僕も今になってわかりますが、茶道のルールで掃除をしっかりしなさいとか言われるのも、畳の目まできれいにすると、空間を見る解像度が上がるんです。『ベスト・キッド』で、窓ふきをしているうちに修行になっていたみたいな(笑)。今は、茶道のそういう精神的な部分もすごく大切だということがわかります。だから友達にもお茶の先生がたくさんいますし、若い人でも、この人に習いたいなっていう人がいますね。流派とかよりも、その人と過ごす時間が大事というか。お点前の作法はいまYouTubeとかでも見られますから。点て方を習うというより、結局は“人”なのかなって思います。

自分がいいなと思ったものは、値段に関わらず買います。僕が一回所有してみないと、良さがわからないから。

小林さんご自身は、現在は器をどのように楽しんでおられるんですか?

いまも買いますし、見に行くのも好きですね。海外でもどこに行っても、焼き物はあるんですよ。民芸や工芸は世界中にあるので、そこの土地のものをピックアップするのはすごく好きですし、琴線に触れたものは高いものでも安いものでも、値段に関わらず買うようにしています。見ただけで良し悪しはわからないから、一回所有してみるんです。
ここは僕のコレクションを置いている部屋なんですが、壺なんかも古いものから作家ものまでいろいろありますが、僕が一回買って、持って、大切にして理解したものをアウトプットして、それを欲しいという方がいたらお譲りするという形にしています。

いわゆる買い付けではなく、審美眼にかなったものは、いったんご自身で所有されるんですね。

そこはすごく意識していて、それをしないと物を語れないんです。伝え手との仕事として、ちゃんとインプットしないとアウトプットできないので、そこは身銭を切るようにしています。所有したら自分の生活の中にも取り入れますし、壺だったらお花も生けます。この壺があった時代はどんな生活してたんだろうって考えたり調べたりすることで、自分の物になっていく。その上で、次に大事にしてくれる人が持ってくれたらいいなと思いますね。

小林さんが心惹かれるものって、どんなものですか?

侘びたものとか枯れたものがすごい好きで。造形でいうと、中国とかのピシッとシンメトリーになった完璧な美しさより、それが朝鮮に入ってちょっと歪んで、さらに日本で思いっきり歪んだ感じが好きですね。
テクスチャーも土を焼くというか、釉薬を塗っていない、原始的なものと言ったらおかしいですけど、ルーツのあるものがすごく好き。これもインドの器なんですけど、濡れるとピカッとしてすごく美しいんですよ。この器、人によってはただの汚れたバケツにも見えると思うんです。でも僕はすごく美しいと思う。もともとツヤのあるものが濡れてもそのままですけど、こういう土っぽいものが濡れた時にツヤっとするとギャップがありますよね。
こういうのは、日本人のDNAにあるのかなとちょっと思ったりします。黒沢明の映画にもあるんですけど、真っ裸よりもなにかを身にまとってるほうが色気を感じるみたいな。

水に濡れると表情が一変、美しいツヤが出るというインドの器。

なんとなく、わかる気がします。

例えば、水を張ったときの表情が美しければ、その器から水が漏れてもなんとも思わないんです。むしろ、どれぐらいで漏れるのかなって、うっとりしながら眺めます。

え、水漏れすらも愛でるんですか!?

その“物”が美しければ、水が漏れるとか漏れないとかはどっちでもよくて。陶芸家でもそういう感覚の人がいて、土がすごく美しく焼けているけれど、水漏れするコップがありました。コップとしては機能しないんですよ、水が漏れるから。でもその作家は、このコップはこんなに美しく仕上がってるのに、それを水が漏れるとかそんな次元の低い話はどうでもいいって言うんですよ。矛盾してますけど、僕はその気持ち、すごくわかります。焼きとか質感が美しくて、物として完成されている。こんなにきれいなんだから、水が漏れるとかそんなことはどっちでもいいって。

すごい…!道具として用をなしてるとかなしてないとか、そういうことじゃないんですね。

物として美しいか、ですね。古いものなんて、だいたい水漏れしますから(笑)。この壺なんて、室町時代に種を入れて発芽させるものなので、もともと水が抜けるようにできてるんです。それを使いたいと思うなら、中に何か入れればいいだけのことで。

コレクションは、国や年代もさまざま。「その物が生まれた歴史や背景、用途を知るのも楽しみのひとつ」と小林さん。

いや、すごいマニアックというか、もう道具ではなくアートというか。便利とか使いやすさとか、そんな観点ではないということがよくわかりました。ちなみに、いま欲しいと思っておられるのは、どんなものですか?

その時々によっても変わりますが、いまは古信楽の壺ですごくいいものが東京にあって。南北朝時代の壺なんですけど、目の前にすると動けなくなるんですよ、もう美しすぎて。でも、とても買えるような金額じゃないので、いまは毎月見に行ってます。

まだ所有できないから、会いに行ってるんですか!?

会いに行ってます、東京まで(笑)

わざわざ!もう本当に器への愛が深すぎますね。小林さんご自身が所有されているものが<コレクション>で、別に<ギャラリー>もありますが、そちらではどういったものを扱っておられるんですか?

ギャラリーでは作家さんの作品を展示しています。新規の方はあまりなくて、お付き合いしている作家さんの中で、その時々でテーマを決めて展示していくような形です。

1人の作家さんと長くお付き合いされていく感じなんですね。展示される作家さんは、どうやってお決めになるんですか?

造形が面白いとかそういう部分もありますし、あとは、行きたい方向が定まっている方ですね。例えば、その作家さんが南に行きたいのであれば、長い目で見て、服を脱いでいく方向で個展をしていくんですけど、北に行きたいのか東に行きたいのかが決まっていない方だと、1回個展を開いて終わりになってしまうので。1回ずつの個展は完璧である必要はなくて、ちゃんと進む方向に向かって成長を見せられるのが大切かなと思っています。

ギャラリーで展示を待つ、ターコイズブルーが美しい苫米地正樹さんの作品。

現代アートのキュレーターというか、作家さんのプロデューサーのようでもありますね。

近いところはあるのかもしれないですね。ピンポイントの展示がどうかではなくて、その人がどうなりたいかで今年はこれをやっておこう、みたいな。たとえその展示でひとつも売れなくても、その先に目指している方向に向いているのであればいいと思っていて。

でもそうすると、ギャラリーとして儲けにはならないのでは…?

大変ですけど、でも違うところで採算とれるように働けばいいと思っているので。作家さんにもお話しますが、いまこれを売ってお金にしないと!って考えるより、長い目で見ていま何をするべきかを考えることが大切だと思っています。古物はもう誰が作ったかわからないですけど、いま同じ時代に生きている人がなにか伝えていくとなった時に、売るよりもっと大事なことがあるんじゃないかなと思うので。

『wad』さんのギャラリーで展示した作家さんが、どんどん海外などでも活躍されていくというのは、そういう理由があったんですね。

それが理由かはわからないですけど、でも皆さん、すごい作家になっていかれますね。

四角いフレームのような什器は、海外でも高い評価を受ける安永正臣さんがギャラリーオープンの際に作ってくれたもの。
金継ぎはもともと、一国のお城に値するような器を修復するための技術。どうしても残さないといけないものだったから、漆と金を使って、手間もお金もかけて直したんです。
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Profile

小林 剛人

『wad』店主。奈良県出身。器好きの父親の影響で、子供の頃から六古窯の窯元を訪ねる。美容師を経て、2009年西区新町に『wad cafe』をオープン(現在は大阪市中央区南船場に移転)。ブームになる以前より簡易金継ぎ・本金継ぎを学び、教室も開講。国内のみならず、海外でも金継ぎのレクチャーを行っている。

Shop Data

wad

大阪市中央区南船場4-9-3 東横ビル2F・3F
2Fは茶道の精神をアレンジし、器と素材を楽しむカフェスペース。3Fのギャラリースペースでは、現代陶芸作家の企画展を定期開催。日本の古道具や、wadの価値観に通づる世界各地の古物を集めたコレクションルームは予約制。新町のアトリエ(西区新町3-11-20)では、金継ぎ教室も開催。

https://wad-cafe.com/

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