攻めに攻め続ける独創的な料理と世界観。巷を賑わせる中華ユニット『民族中華』が、街に根を下ろして遊ぶように表現することとは。
中国の隅々までグルっと一周したときに食べた、辺境の料理がめっちゃオモロくて。僕らのやりたい世界観をわかってもらうためには、これくらいやらなきゃって思ったんです。

ところで、ふたりが『民族中華』と名付けたのはどんな理由からなんですか?
ユウスケ:中華料理が好きだったので、『民族中華』を始める前に中国の隅々までグルっと一周してきたんです。その時に食べた辺境の民族料理がめっちゃオモロくて。東京には民族料理専門店がちらほらあったりするんですけど、大阪にはまだなかったんで、とりあえず『民族中華』と名付けたら上手いことハマった感じです。
現地で体験した民族料理からネーミングしていたんですね。ストレートで良い名前。
ユーヤ:そんな名前だから、イベントを始めたばかりの時は今よりも攻めちぎってる内容でしたね。回数を重ねてキャパが大きくなったこともありますが、あんまりこっちからの主張が強すぎてもお客さんがしんどいと思うので、場所に合わせながら内容を変えてました。


たとえば、どんな料理を出してきたんですか?
ユウスケ:羊の脳みそや鴨の舌など、日本の中華では王道じゃない食材を使うことも多かったし、前に雑誌の撮影でやったのは、逆マーボーっていう……いわゆる麻婆豆腐なんですけど、ミンチを豆腐で包んでるんです。
豆腐で包む……?
ユウスケ:豆腐の作り方を勉強するために豆腐屋に2週間くらい通って。中を空洞にした豆腐の中に麻婆を入れて、上から上湯スープをかけた料理です。崩して食べると麻婆豆腐になるっていう。
麻婆豆腐を頼んでそれが運ばれてきたら、確かに度肝が抜かれますね。
ユウスケ:もちろん普通に麻婆豆腐を作るより手間はかかるんですけど、それくらいかました料理じゃないと『民族中華』としてはダメだなって。あと、品数は毎回10種類くらいは用意するようにしてます。

10種類って、イベントの出店としてはかなり品数が多い気がします。
ユーヤ:実は、全部の料理を揃えたらコース仕立てになるようにメニューを組み立てているんです。イベントの時はワチャワチャすぎて、とても順番に料理を出すのは無理だったんですけどね。僕らがやりたい世界観をわかってもらうためには、最低限このくらい品数が必要だなと思って。内容は毎回変えてますが、気がついたらこういう構成になってました。
めちゃめちゃ手間がかかってますね。それだけ料理の幅が広いということだと思うんですが、ユウスケさんの料理のルーツみたいなところをお聞きしてもいいでしょうか。
ユウスケ:料理専門学校時代から中華料理を専攻していたんです。同級生は40人くらいいたんですけど、そのなかでも中華のコースを選んだのは3人だけで、全然人気がなかったので、僕は逆に燃えてましたね。


天邪鬼ですね。
ユウスケ:ふたりとも天邪鬼なんです(笑)。料理の世界に飛び込んだのも、料理の世界なら、頭が悪くても海外に行きやすいかなって思ったからで、昔から料理が好きだったってわけでもないし、グルメなわけでもない。なんなら、入学直前まで料理をしたことなかったし。
料理の専門学校に通う人としては珍しいタイプかも。
ユウスケ:卒業後は百貨店の中華料理店に就職して、ユーヤとはその時に出会ったかな。当時は仕事にそこまで向き合ってないっていうか、どっちかで言うと遊びの方に全力でしたね。自分で何かやりたいってなったのは中国から帰ってきてから。それからは名のある中華料理店で修行もしてました。そこは手元から何まで客席から全部見えるイノベーティブなお店で、料理してる時の緊張感もオモロかったです。そこで働いた経験は、今のライブ感を楽しんでもらうコンセプトに繋がってますね。


現地で経験した辺境の中華と、ハイグレードなレストラン的中華。ユウスケさんが経験してきた中華をミックスしているのが『民族中華』の料理なんですね。
ユーヤ:ちなみにユウスケ、中国まで船で行ってるんですよ。

え、まさかの船旅ですか?
ユウスケ:その時はお金がなくて時間はあったから(笑)。神戸の港から上海に行って、そこから北上して中国をグルっと。上海に着くまでに二泊三日かかりました。
ユーヤ:出発の日に友達と見送って10時間後くらいに連絡したら、まだ下関でしたからね。「全然まだ日本やん!」っていう。
ユウスケ:あんまり船で行く機会ってないと思うんで、今思えば良い経験です。ちなみに、帰りは台風が重なって船で四泊五日でした。
ユーヤ:地獄すぎる(笑)。絶対無理や。

ヤマサキ ユウスケ
高知県出身。高校卒業後、大阪の調理師専門学校に入学し、中華料理を専攻。イノベーティブ中華料理店などで修行を重ねた、中華一筋の料理人。