できるだけわかりづらい本を。京都の出版社『さりげなく』の代表を務める稲垣佳乃子さんのめくるめく思考、これまでのこと。

「AでもBでもなく、じつはそのふたつの間に豊かなものがある、と。AかBを見つけるのではなく、その間にある無数のいろいろに気づくということ。……ふたつの間にある、無数のいろいろのために さりげなく、はじめたいと思います」と綴られたサイト紹介。今回取材したのは、京都の出版社『さりげなく』の代表・稲垣佳乃子さん。左京区下鴨にあるシェアスペース「花辺」の一角に設けた小さな事務所には、木と本の心地いい香りがほのかに漂います。彼女は2019年に出版社を立ち上げ、約3年間で11冊の書籍や雑誌を刊行(ちなみにMARZELでも紹介したあの『納豆マガジン』も、『さりげなく』から発行されたもの!)。「世の中に気になることが多すぎるんです」と、自分の興味が赴くままに走り続ける稲垣さんに、出版社をスタートするまでの経緯や本作りへの思いをお聞きしました。稲垣さんの頭の中に渦巻くさまざまな思考を、ちょこっと覗き見できるようなインタビュー。ぜひ読んでみてくださいね!

新卒で入社したのはとっても変わった会社。とある短歌に出合ったことが、出版社を立ち上げるきっかけに。

今日はよろしくお願いします。『さりげなく』が入居する「花辺」は、緑に囲まれたとっても穏やかな場所ですね。

ここはシェアスペースになっていて、出版社『さりげなく』のほか、喫茶室とハーブティー&調香のお店『maka』が入っています。ゆったりとした時間の流れを感じられる、気持ちいい場所ですね。

今日は稲垣さんお一人ですが、他のメンバーはどちらにいらっしゃるのでしょうか?

装丁部、デザイン部、納豆部(納豆マガジン 村上さん)、経理部がいて、私を含め5人が『さりげなく』のメンバーです。みんな所属はしているけど、リモートで作業をしたり別の会社に所属したりもしていて、基本オフィスは私が一人で使っています。経理を担当しているのは私の母親で、本屋さんなどへの営業は私とデザイン部の梅さんが担当しています。

そういうことなのですね。稲垣さんは26歳で出版社『さりげなく』を立ち上げたとお聞きしています。そんな稲垣さんの、これまでのことを教えてください。

幼い頃からとっても好奇心旺盛で、気になったことはなんでも知りたがる子どもでした。高校卒業後は同志社大学に進学し、いろんな大学と共同でフリーペーパーを作る学生団体に入ったことで、企画・編集のおもしろさに目覚めたんです。学生時代は、企画・編集・デザインを行う「ふたり」というユニットを友人と組んでいて、そこからずっと制作活動を続けていますね。その子は『さりげなく』の現役メンバーでもあるんですよ。今考えると興味のあることを突き詰めるという根本的な性質はずっと変わってなくて、今も自分の好奇心に素直に従って、作りたい本を作っています。

大学卒業後はどのような進路を選んだのでしょうか?

東京の『アソブロック』という企画・制作・イベント運営の会社に就職しました。代表がもともと関西の人で、東京なのにみんな関西弁を喋っている楽しい会社でしたね。一人ひとりに裁量を任せてもらえて、フリーランスのような働き方ができる変わった会社でした。

どんな会社か気になります。そこではどんな仕事を任されていたんですか?

当時はWEB媒体を中心に、企画から編集、ライティングまでセットでこなしていて、年間400本くらい記事を書いていました。正直思い出すだけでゾッとします(笑)。UターンやIターンをした人を取材したり、リクルート系のインタビューでおもしろいバイトを紹介したり。初めてのことだらけで、確かにしんどいこともあったけど、楽しかったです。

採用方法もかなり変わっていて。私は先ほどもお話しした「ふたり」というユニットで課題や面接をこなして、2人一緒に採用される“コンビ採用”で2017年に入社しました。相方は一個上で、すでにデザイン事務所で働いていたのですが、私の就活中にたまたま『アソブロック』のコンビ採用を知って、「おもしろそうだから一緒に受けてみる?」と誘ってくれたんです。相方は新卒のフリをしてくれました(笑)。コンビで企画を考えるという課題も楽しくクリアして、かなり早い段階の面接に代表が現れたんです。そこで「さすがに正直に言わないとやばい!」と考えて、「すみません。片方はもう就職しております」と伝えてペコッと頭を下げました。ありがたいことに、代表はそれも含めておもしろいと思ってくださって。私は新卒で、相方は副業という形で『アソブロック』に入社しました。

取材中、“いつもの卵”を届けてくれるオーナーさんが事務所を訪問。

関西を拠点にされてからは、どんな感じでお仕事をされていたんですか?

アソブロックの2年目から復業させてもらっていた『KUUMA』や『LANCH』で紙媒体の編集や取材を担当したり、食関連のイベントを企画したりしていました。今はその復業も全部卒業して、案件ベースで一緒に組んでプロジェクトをしています。

そこからどうやって出版社を始めることに?

最初に本を作りたいと思ったのは、大学時代から親交があった仲西森奈さんの短歌を読んだ時ですね。普段は小説を書かれる方なので短歌は初めて読んだのですが、むっちゃいいやん!と感動して。このままだと別の出版社から出しちゃうかもと思った時、じゃあ自分で作ればいいじゃんと思ったんです。仲西さん自身も出版社を通して作品を出そうとは考えてなかったみたいで、私が短歌の本を作りたいと声をかけた時びっくりしていました。

よほど魅力的だったんですね。些細なきっかけから出版社まで立ち上げるとは、すごい行動力だと思います。

大学生の頃は「ふたり」でZINEを作って、本屋さんに置いてもらえるよう営業もしていたので、一応出版業ができるノウハウはコツコツ学ばせてもらっていました。ただ、ZINEは私たちの企画を形にするものだから、どんなふうにあしらわれてもいいやって思ってたけど、本は作家さんのものだから気を抜けないなとは思いました。しかも、仲西さんが手がける初めての本だったので、今後の作家活動にも絶対影響する大切な一冊になるぞと。そんな流れで、『さりげなく』を創業した2019年に、仲西さんの短歌集『起こさないでください』を出版しました。『さりげなく』にとっても記念すべき第一号です。

『さりげなく』が入居する花辺の建物。
お話にも出てきた『アソブロック』に関する書籍も出ているそう。『さりげなく』の本ではないですが、気になる人はぜひ読んでみて!
読む人が勝手に解釈できるのが本の魅力。だからこそ、いろんな解釈が生まれるわかりづらい本を作りたい。
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Profile

稲垣 佳乃子

1993年生まれ。双子座。大学時代にフリーペーパーを制作したことをきっかけに企画・編集のおもしろさに魅了され、以来媒体を問わず常に何かを生み出し続ける。2019年に出版社「さりげなく」を創業し、2021年に株式会社化。今年10月に発売されたばかりの平田基による漫画本『雲煙模糊漫画集 居心地のわるい泡』も好評。

出版社 さりげなく WEBサイト / オンラインショップ

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