Interview & Writing
金輪際セメ子
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小林 俊史

昼は大学の講師として教壇に立ち、夜は艶やかなドラァグクイーンとしてクラブのステージに立つ……そんなジキルとハイドばりの2面性を持つのが、緒方江美さん/アフリーダ・オー・ブラートさん。緒方さんはフリーのアートマネージャーで、大阪芸術大学の客員准教授や京都芸術大学の非常勤講師も務めておられます。その一方、アフリーダ・オー・ブラートとして京都の『CLUB METORO』で約30年続くドラァグクイーンパーティー『DIAMONDS ARE FOREVER(ダイアモンズ・アー・フォーエバー)』に出演中。なぜ、大学講師にしてドラァグクイーンなのか。最初のきっかけから現在のこと、そして未来のことまで、たっぷりお話を伺いました。

おっぱいをボーンと出してステージに登場して、後ろにふんどし姿のゴーゴーボーイを従えて美空ひばりの『真っ赤な太陽』をリップシンクする姿を見て、「ステージの上はジェンダーレス!」って思ったんです。

私は最初にアートマネージャーの緒方さんと知り合ったので、ドラァグクイーンをされていると知ってすごく驚きました。いつから活動しておられるんですか?

デビューしたのは2004年の11月ですね。今は、1989年に大阪で始まって、1991年からは京都の『CLUB METORO』で行われている『DIAMONDS ARE FOREVER』に出演してます。

1989年から!すごい歴史のあるパーティーですね。

アーティスト集団『ダムタイプ』の音楽などを担当していたDJ LaLa(山中透)さん、シャンソン歌手でドラァグクイーンのシモーヌ深雪さん、『ダムタイプ』の中心メンバーでドラァグクイーンでもあった故・ミス・グロリアス(古橋悌二)さんが立ち上げた、日本で最初のドラァグクイーンパーティーなんです。

1989年に始まった『DIAMONDS ARE FOREVER』。オーガナイズはDJ LaLa、シモーヌ深雪。現在も毎月末、京都の『CLUB METORO』で開催され、2022年9月で開催440回目目を迎えるロングランパーティー。

そのパーティーに、アフリーダさんがドラァグクイーンとして出演することになったきっかけを教えていただいてもいいですか?

大学3年生のときに、ゲイの友達にイベントのアルバイトに誘われたんです。それが、神戸の『cafe Fish! 』で行われたアジア・太平洋エイズ国際会議(ICAAP)のナイトプログラムで、『IN/SERT』というイベントだったんですね。すごくまじめな会議のアフターパーティーだったんですけど、会場では研究者も医者もドラァグクイーンもゴーゴーボーイもいて、みんな一緒に盛り上がってたんですよ。私はクラブにも行ったことがなくてドラァグクイーンも見たことがなかったんですけど、そこで初めてブブ・ド・ラ・マドレーヌさんのショーを見て、すごい衝撃を受けて。

衝撃というのはどんな……?

おっぱいをボーンと出してステージに登場して、後ろにふんどし姿のゴーゴーボーイを従えて、美空ひばりの『真っ赤な太陽』をリップシンクで歌っていたんです。それを見て、うわなんだこれ!!って。ほんとにびっくりしすぎて何を思ったのか覚えてないですけど、でも「ステージの上はジェンダーレス!!」って感じたんですよ。女性が公衆の面前でおっぱいを出して、男性がその後ろに下がっていて、それでぎゅうぎゅう詰めの会場がめっちゃ沸いてるっていう状況を見たときに、これを私もやりたい!!って。

やりたい!って思ったんですか!?

もう、「これだ!」って以外の言葉がなかったですね。それですぐ、誘ってくれた友達に、私もやりたいんだけど!って話をしたら、京都の出町柳のカフェでブブ・ド・ラ・マドレーヌさんに会えることになって。それで、弟子入りさせてくださいってお願したんです。そしたら、ドラァグクイーンは子弟制度じゃないから、やりたかったら勝手にやりなさいって断られたんですよ。

クイーンは、弟子はとらないんですね。

でも、なりたいんだったら、このパーティーに来なさいってダイアモンドを教えてもらって。そこから、オーガナイザーのシモーヌ深雪さんやDJ LaLaさんと知り合って、2004年にデビューしました。

なりたいと思ってからデビューまでが早い!

たまたますぐイベントがあって、ショーをしてみたらと言われて、デビュー曲は山本リンダの『どうにも止まらない』の英語バージョン。扇町公園で開催された性感染症予防啓発のフェスティバルで、2トンのステージトラックで初披露しました。

どんなパフォーマンスをするかは、自分で考えるんですか?

曲も振付も自分ですね。でも最初は、リズムの取り方とかいろいろ教えてもらいました。ドラァグクイーンはリップシンクっていうのがパフォーマンスの基本で、要は口パクなんですよ。自分の好きな歌手とかディーヴァ(歌姫)の曲に合わせて口パクをするんですけど、どうやったら映えるように口を大きく開けられるかみたいなことも教えてもらって。振り付けは自分で考えたものを見てもらったんですけど、そのころ私、太ってお腹が出てるのを気にしてたんですよ。そしたらブブさんに「あなた、この素敵なお腹があるんだから!もっと揺らしなさい!」って言われて。女の子はスリムなほうがかわいいと思い込んでいたのに、ここではお腹が出てるほうが褒められるんだ!ってびっくりして。

世間の常識とは全然違う評価なんですね。

体も大きいほうがすばらしいって言われるし、かつらもきれいにとかして被るより大きくボリュームを出したほうがいいし、付けまつ毛も5枚ぐらい重ねたほうがいいって。“キャンピズム”と言って、過剰性の美、既存の制約を超えた新しい姿になっていくみたいなところがあって、とにかく過剰にしたほうが褒められるんですよ。「正しい」って言い方をされるんですけど。
あと、「見立て」と言って、レディ・ガガが髪の毛に空き缶をカーラーみたいに巻いてたように、チープなものをセンスよく見せる付け方とか、そういうのがとにかく面白くて。どんどん魅了されていきました。

当時はまだ大学生ですよね?

そうです。芸術系の大学で、アートマネジメントを専攻してました。真面目に通ってたつもりだったんですけど、美術史なんてもうやってる場合じゃない!って(笑)。学校で教わる美術史や歴史よりぜんぜんリアルだって感じでハマっていきました。

初めてのクラブ的なイベントでドラァグクイーンに出会ってから、その世界に一気にのめりこんだという感じなんですね。

フロアにいろんな国籍の人がいて、研究者や医療関係者もいて、派手なお兄さんやお姉さんもいて、いま思えば色んな属性を持つ人たちもいっぱいいて。それがみんな一緒くたにショーを見て盛り上がるという場を体験して、これだ!って思ったんでしょうね。

それまで、ドラァグクイーンという存在自体はご存知だったんですか?

まがりなりにも芸大生なので、ダムタイプと、美術作家としてのブブ・ド・ラ・マドレーヌは知ってました。でも最初は、ああ授業で習ったアーティストがいる!と思っただけで。

ブブ・ド・ラ・マドレーヌさんもアフリーダさんも女性のクイーンですよね。ドラァグクイーンはゲイの男性による女装というイメージでしたが、そんなことはないんですね。

ダイアモンドはもともとアーティストや様々なジャンルのパフォーマーがたくさん出演していて、女の人も多かったんですよ。だから、私も女性だからという理由ではなにも言われることなく、すっとデビューさせてもらいました。日本では少ないですけど、女性のドラァグクイーンもいます。

仕事は仕事、クイーンはクイーン。きちんと真面目にやるのがアートマネージャーで、常識外れなのがドラァグクイーンだから、そこは分けとこうって。

ドラァグクイーンとしてデビューした学生生活を経て、大学卒業後はどうされていたんですか?

アートマネジメントの勉強をしてきたので、どうしても文化芸術の現場にいたいと思って。ちょうどその頃、大阪市住之江区の北加賀屋にある名村造船所大阪工場跡(現:クリエイティブセンター大阪)で『NAMURA ART MEETING '04-'34』というプロジェクトが始まったんですね。造船所跡地を所有している企業とアート関係者が協働し、2004年から30年間継続される実験的なアートプロジェクトで、そのプロジェクトにボランティアスタッフとして参加しました。それが、現場に入ったいちばん最初。

北加賀屋が、今みたいなアートエリアになる始まりのプロジェクトですね。

まだ本当に、何にもないときでしたね。そのボランティアがきっかけで声を掛けていただいて、アートコンプレックスグループに入社しました。

劇場運営や舞台製作などを行っている会社ですよね?

私は外部事業部っていうイベントをやる部署にいて、大阪市旭区にある『芸術創造館』の施設管理と、<100DOORS>っていうワークショップフェスティバルの事務局をやってました。そこに3年ぐらい勤めて、劇場が何をやっているか、舞台の制作とバックヤードのことをひと通り学ばせてもらいました。その後、2011年からおおさか創造千島財団で働かせていただきました。

私がお会いしたのは、千島財団にいらっしゃったときですね。

そうですね。5年ぐらいかな、事務局にいました。<MASK(MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA)>の展覧会をはじめ運営の事務局や、助成金の交付申請の事務を担当しました。
特に、<MASK>では、アーティストやキュレーター、企業が協働し、工場跡をゼロから新たな創造の場とする立ち上げの時期に現場に入らせていただいて。展覧会の運営のみならず、アーティストが生み出した作品を社会や地域に文化的資源として残していく拠点のあり方を学ばせていただきました。

お仕事されている間も、ドラァグクイーンは?

してました、ずっと。でも言わなかったですね。内緒にしてたわけでもないんですけど、でも積極的にドラァグクイーンですとは言ってないですね。もちろん上司も周りの人も知ってましたけど、それはそれこれはこれって感じで。月に一度、ドラァグクイーンに化けて、『DIAMONDS ARE FOREVER』というパーティーでショーができれば、それで十分だと思ってました。

『DIAMONDS ARE FOREVER』の様子。左から、ショコラ・ド・ショコラ、アフリーダ・オー・ブラート、そよ風さん(撮影:haruki)

そうなんですね!仕事とリンクさせたりとかも全然なく?

まったくなく(笑)。なぜかと言うと、どんな仕事もそうですがアートマネージャーって、ちゃんと真面目に、きっちりやらなきゃいけない。ちゃんとやれてるかどうかは別にして。でもドラァグクイーンはめっちゃふざけてるじゃないですか。だって常識を覆したり、常識外れなのがドラァグクイーンだから。相容れないと思ってたんですよね。だから、そこは分けとこうって。

なんとなくアートの文脈で近いものがあるのかな……と思ってたんですけど、全然違うんですね。

文脈が重なる部分もあるけれど、私の中では別でした。社会のルールに沿って真面目に積み重ねていくのが仕事、それをとっぱらって大騒ぎするのがクイーンという捉え方でした。でも、コロナがあって、それがちょっと変わったんですよ。

コロナになってクラブが開けられなくなって、ショーもできなくなって。アートマネジメントという仕事が、クラブとかパーティーの存続の役に立てるんだったら、今しかないんじゃないかって。

「それはそれ、これはこれ」だった仕事とクイーンが、交わるきっかけがあったんですか?

2020年の4月、緊急事態宣言のときに、初めてダイアモンドが延期になったんです。それまで約30年間、毎月最終金曜日に開催されてきたものが、「今月は開催できない」となって。毎月やって当たり前で、私の暮らしの中のひとつだったんですよ。それが延期になったときに、ああこれはもう当たり前じゃないんだと思ったんです。
当時は他のライブハウスもそうでしたけど、開けられない、お客さんを呼べないっていう状況で。そのときに、オーガナイザーのDJ LaLaさんとシモーヌ深雪さんが『CLUB METORO』と話し合いをされて、翌月にパーティー史上初のオンライン配信での開催になりました。

「DIAMONDS ARE FOREVER」のステージに立つシモーヌ深雪さん(撮影:haruki)

メトロから、ダイアモンドを配信するということですか?

実はそれまで、ダイアモンドは映像や動画記録を積極的に公にはされてこなかったんです。パーティーの現場を大事にされていたという理由で、あまりインターネット上に動画を公開することはなかったので。
出演するかどうかは、それぞれ自分で決めてと言われました。メトロで撮影するのでクラブに行って出演していいのか否かは自分で判断してって。私は迷った挙句、仕事のこともあるし、行かないという判断をしました。そのときに、自分が大事だと思ってきた場所のこの状況を、ぼーっと見てていいのかなっていう疑問があって、そこで初めて助成金の申請とかをやって。ドラァグクイーンのパーティーの。

ついに、仕事とクイーンがリンクした瞬間ですね。

2017年に千島財団を退職してフリーランスになっていたんですけど、アートマネジメントという仕事が、パーティーとかクラブの存続に少しでも役に立てるんだったら、今やらなきゃなって思ったのがひとつのきっかけとしてありました。
配信自体はうまくいって盛況だったんですけど、でもそれから2年近くは時短での開催とかそんな状況が続きました。ショーをしても見えてる景色がそれまでとは全く違って、不安感はありましたね。ほかのクイーンたちがどう思ってたかわからないけど、でも私はこのままじゃ不安だなって思ってました。
その同じ時期に、京都芸術センターで『SYNTHESE -DRAG meets CONTEMPORARY-(ジンテーゼ ドラァグ ミーツ コンテンポラリー)』という公演があって。このとき初めて、クイーン関係のプログラムにマネジメントで入りました。

たしかに、公演のフライヤーに「緒方江美」さんのお名前があります!

そうなんですよ、共同制作マネジメントと、ドキュメント資料のまとめを担当しました。
ゴーダ企画というコンテンポラリーダンスの団体からお誘いいただいて、若手コンテンポラリーダンサーとドラァグクイーンのコラボレート公演をしたんです。演出がシモーヌ深雪さんで、ダイアモンドに出演するクイーンも出演して。それが2021年1月ですね。
これまでは、私はあまりクラブ以外の場所や公共の場でショーをした経験はなくて。でも、コロナでお客さんが夜に遊びに出かけにくい、来場しにくい状況でも、劇場であれば距離をとって座席を組めるし、対策をとれば密は避けられる。お客さんに少し安心してクイーンのショーを見てもらえるんじゃないかって。それならできることは全部やろうと思いました。

2021年1月に開催された『SYNTHESE-DRAG meets CONTEMPORARY-』(主催:ゴーダ企画)では、出演兼共同制作マネジメントを担当(撮影:松園健史)

これが、クイーン関係のイベントに、マネジメントとして入った最初なんですね。

そうですね。それから、京都精華大学の『LGBTQをはじめとするマイノリティの社会包摂を視野にいれたアートマネジメント・プロフェッショナル育成事業』のスタッフで関わらせていただく機会をいただき、さまざまな専門家の方々のお話を伺うきっかけになりました。

どんどん、アートマネージャーとしての緒方さんと、ドラァグクイーンのアフリーダさんが近づいてきますね…!私はもともとLGBTQ等セクシュアルマイノリティに対する意識を持ってクイーンの活動をされているのかなと思っていたんですが、そうではないんですね。

全然ですね。というか、これまで出演していた性感染症予防のメッセージを伝えるイベントやパーティーでは、出演者もお客さんも、セクシュアリティもジェンダーもバラバラなのが当たり前だったんです。いろんな人がいることが当然として同じ場所で踊るっていうのをダイアモンドでずっとやってきたので。
でも2018年から大学の非常勤講師として教えに行くことになって、そこで「私のまわりにLGBTQはいません、いないからわかりません」という意見が出たんですよ。「そうか、まだ、全員が当たり前ではないのか」と思って。じゃあちゃんと、伝えなきゃいけないのかもしれないと思いましたね。学生時代に私が『IN/SERT』で教えてもらったみたいに、私がいるクイーンの現場のことであれば、話すことができるかなと。

京都芸術大学アートプロデュース学科 特別講義「〈アート・マネージャー〉として、〈ドラァグクイーン〉として2人で1つだからできること」

大学の先生になったことで、より一層ドラァグクイーンの存在にスポットが当たっていきますね。

学生たちがダイアモンドに遊びに来て「先生ー!」って言ってくれるんですけど、まさか自分が化けたまま先生と言われるとは思ってもなかったですね。

学生さんたちの反応は、どんな感じなんですか?

ちゃんと伝わるし、伝わればインストールは早いですね。丁寧に伝えようとすると反応してくれるとだんだんわかって来て、難しいことではなく「こういう変な大人も大学で教えてるし、生きていけるぞ」ってことが伝わればいいのかなと。異形枠って呼んでるんですけど(笑)、がちがちにアートを教えるっていうより、現場のことを伝えてくださいってことかなと思って。

大阪芸術大学芸術計画学科「芸術計画特殊演習」講義資料。

何かを伝えたいと思ってやっているわけではなくて、ドラァグクイーンの存在がマイノリティや多様な人が生きる社会のあり方を考えるきっかけのひとつになるなら、どうぞ使ってくださいっていう感じです。

最近は高校生向けの講演や、子ども向けのイベントなどもしておられますよね。

5年も毎週大学で講義をしていると、だんだんそういう機会をいただくことが増えました。子ども向けのイベントは、夏休みにロームシアター京都で行われた『Peek a Queen –For Children’s Curiosity – /ドラァグクイーンによる絵本の読み聞かせショー』がありましたね。

ドラァグクイーンによる絵本の読み聞かせショー!すごい斬新ですね。

『Peek a Queen –For Children’s Curiosity』はもともと大阪で始まって、企画者はドラァグクイーンのショーにもよく観に来て下さるハルキさん。シモーヌ深雪さんが構成と演出を担当されて、6人のクイーンと2人のDJが出演して、私はマネジメントも兼任しました。俳優でもあるドラァグクイーンのイリザ・ローションさんが多彩な声で絵本を読み聞かせし、クイーンがパフォーマンスをして、シモーヌ深雪さんがピアノとパーカッションの生演奏で少し大人な歌を歌う構成。

『Peek a Queen – For Children’s Curiosity – /ドラァグクイーンによる絵本の読み聞かせショー』(主催:ロームシアター京都、企画制作: Peek a Queen Project)には、出演者兼マネジメント協力として参加。

子供たちの反応はどんな感じだったんですか?

泣いてますよ、いやーこわいーかえるーって(笑)。でも最終的には、心臓がどきどきした!とか、面白かった!って帰って行きますね。ふだん見ないようなビジュアルのクイーンを見てもらって、日常にないようなキラキラしたショーを見てもらって、インパクトのある衝撃を受けてもらうという(笑)。

すごい体験ですね、一生忘れないかもしれない(笑)。コロナをきっかけに、クラブの外にでることが多くなりましたか?

私個人の感覚としては、そうですね、コロナきっかけで、今まではやらなくていいと思ってたことですけど、ドラァグクイーンのこととかダイアモンドのことを知ってもらうために、仕事でやってきたマネジメントの経験が役立つことがあれば、使ってくださいって思うようになりましたね。

私はもともと、そういう意識で活動されてるのかなと思ってました。

いや全然なにも考えてなかったですけどね。学校とかでは一応ダイアモンドの紹介とかドラァグクイーンはどういうものかとか説明しますけど、もともと楽しいから続けてきただけのことなので。好きな衣装を着てメイクをして自分の考えたショーでステージに立たせてもらう、以上!みたいな。

活動やパフォーマンスを通じてメッセージを届けたいとか、誰かになにかを伝えたいとかは?

自分のステージができたらそれでいいし、積極的に「なにか伝えたい!」とは思ってないですね。伝えきれるとも思えない。最近はクイーンがLGBTQのアイコンみたいになっている一方で、メディアではおもしろおかしく盛り上げてくれる人として紹介される場合もあります。どれが正しい、間違っているということではなく。私が思うクイーンの魅力はショーをはじめとするパフォーマンスや、それぞれが美しいと思う過剰で煌びやかな演出や表現だと思います。ショーや衣装やメイクの過剰さで既存の価値観や常識を超えていく、「観た人をびっくりさせる」存在かと。
その姿形やパフォーマンスを観て、どう思うかは人それぞれ違うと思います。世の中には色々な人が居ることや、マイノリティや多様な人々が生きる社会のあり方を考えるきっかけになることもあると思います。そういうテーマで依頼が来たときはその役割を担わせていただくんですけど、ただそれが全てではないと。

自分たちが好きなことを楽しんでやっているのが、基本なんですね。

私は先輩たちから、ダイアモンドは権力とか社会的肩書とか関係なく、その場で楽しんだ人が正しいと言われてきたんですね。でも一部の社会構造や世界はそうじゃないことはわかっていて、じゃあそこをもう少し接続するようなことが、アートとかエンターテイメントとかでできればいいのかなって思ってます。

なるほど、それで機会があれば、社会的な活動もされているんですね。

例えば、8月に高校生向けに講義を行いましたが、すごく限定されるけれど、素顔で話すより、ドラァグクイーンの視点と姿で「ルッキズムにとらわれない価値観とは何か」とお話した方が有効であれば、どうぞ使ってくださいと。

緒方江美/アフリーダ・オー・ブラートと名前を併記することに、まだ葛藤もありますけどね、本当にこれでいいのかな、やっていいんだろうかって。

これから何か予定されているイベントなどはありますか?

9月3日から、渋谷区立松濤美術館で『装いの力 -異性装の日本史』という展覧会があります。松濤美術館からシモーヌ深雪さんに、ダイアモンドの過去のチラシや資料を展示紹介したいとご依頼があって。それを聞いて、「資料の展示ではなく、全体の空間を演出して、新しく作ってほしいです」って、ダメ元で懇願してみました。それで、ディレクションを担うD・K・ウラヂさん、シモーヌ深雪さんを中心にあっという間に壮大なイメージプランが出来上がっていって。一部屋ぜんぶ使ってインスタレーションをすることになって、ダイアモンドのメンバーも一緒に、準備や制作を進めています。

渋谷区松濤美術館企画展「装いの力 -異性装の日本史」展で発表された、『DIAMONDS ARE FOREVER』によるインスタレーション《CQ! CQ! This is Post Camp》

ということは、この展覧会も、緒方さんがマネジメントされているんですね。

一応そうなんですけど、基本的にテーマ決定や作ることに関しては、ウラヂさんやシモーヌさんが進められるので、それ以外のこまごましたことの準備と調整ですかね。
芸術センターでの公演の時もそうでしたが、迷いどころはいつもあって。クイーンのふりをしてアートマネージャーをやるときと、アートマネージャーのふりをしてクイーンをやるとき、公共の場といつものクイーンでの表現との違いは感じていて。性的な表現や資料をどこまで出すか、独特なアンダーグラウンドの専門用語や文言で伝わるかといった相談が出てきたり。あと、「それは予算が足りません」とか「締め切りはあと3日です」とかマネージャーとしては言わないといけないんですけど、クイーンとしては納得いくまで良いものを際限なくクリエイションする方が正しいのにと思いつつ。そこの葛藤はいちばん抱えているところですね。
それでも、ダイアモンドの持っているユニークさや常識を超えていく表現をいろんな人に知ってもらえるんだったら、私がどれだけ怒られようが泣こうがもういいと思って(笑)。

渋谷区松濤美術館企画展「装いの力 -異性装の日本史」展チラシ。華やかなショーや展覧会の舞台裏を、アートマネージャーとして支える。

でも、ドラァグクイーンでアートマネージャーって、すごく貴重な存在だと思います。

緒方江美/アフリーダ・オー・ブラートと名前を併記することに、まだ葛藤もありますけどね、本当にこれでいいのかな、やっていいんだろうかって。

オフィシャルに併記されている方はなかなかいらっしゃいませんよね。これからもお仕事のアートマネジメントとドラァグクイーンを、ずっと続けていかれる予定ですか?

そうですね、続けられれば。やめるつもりはないですけど、呼ばれないとどこにもいけないので。呼んでいただいて、ご依頼があれば続けていきたいですね。

これからかなえたい夢とか、やってみたいこととか、ありますか?

京都精華大学の『#わたしが好きになる人は/ #The_people_I_love_are』というプログラムは3ヵ年計画でやってるんですけど、ずっと言ってるのは、「私が好きになる人を語り合える未来が来ますように」ということ。私はたまたまドラァグクイーンを通じて、社会的権力や肩書きを超えて人と人がつながり合えることを知りましたけど、社会の中では自分の好きな人を語れない人もいるし、語りにくい状況もあります。これから先、誰もが臆することなく、「私が好きになる人は」を語れる未来になること、そういう状況を表現の力で少しでも前に進められることを信じていますし、そうしていきたいと思ってます。

京都精華大学|マイノリティの権利、特にSOGIをはじめとした〈性の多様性〉に関する知識と、それらを踏まえた表現倫理のリテラシーを備えたアートマネジメント人材育成プログラム「#わたしが好きになる人は」WEBサイト。

社会全体が、例えばそれこそダイアモンドのように、いろんな人がいて、それぞれに楽しんでいるっていうふうになったら素敵ですよね。

私も今日の衣装みたいなお姫様ドレスが好きで、等身大のフランス人形になりたいと思ってやってるんですけど、会社とか学校でそんなこと言ったら「は?」って言われると思うんですよ。でもパーティーの中だったらみんな「じゃあドレスを着て、お好きにどうぞ」って。そういうことを無理なく言えるのがダイアモンドや、これまで関わってきた人たちがつくった場だったなって。

8月26日に開催された『DIAMONDS ARE FOREVER』の様子(撮影:haruki)

『#わたしが好きになる人は/ #The_people_I_love_are』というタイトルもすごくいいですよね。

ピープルっていう文字を入れたくて。バーブラ・ストライサンドの『PEOPLE』という曲から貰いました。

ドラァグクイーンのアフリーダさんとして、これからやりたいことはありますか?

なんだろう……クレーンで吊られるショーをやってみたいかな。宙乗りショー。あとは、クラブでもやりたいけど、クラブ以外でもショーをさせていただく機会があればやってみたいですね。遊園地でショーをしたりとか、いいなあって思います。基本ステージが好きなので、どこでもぜひって感じです。

DIAMONDS ARE FOREVER 2022年9月フライヤー

<緒方さん/アフリーダさんのお気に入りのお店>

純喫茶スワン(大阪/京橋)
めっちゃレトロな駅前の喫茶店で、内装も素敵。いつもはコーヒーですが、昔ながらのチョコレートサンデーもいつか食べてみたいです。

Profile

緒方江美/アフリーダ・オー・ブラート

アートマネージャー/ドラァグクイーン。

『CLUB METORO』の『DIAMONDS ARE FOREVER』出演中。劇場・文化財団勤務を経て17年からフリーランス。一般社団法人地域共生社会創造ラボ代表理事。京都芸術大学、大阪芸術大学非常勤講師。京都精華大学では「#わたしが好きになる人は/ #The_people_I_love_are」のプロジェクトチームに参加。朝日新聞朝刊#MONDAY KANSAI面にコラム「VIVA LA VIDA!」を連載中。共著に「未来のアートと倫理のために」(左右社)。

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