アートマネジメントを教える大学の講師にして、艶やかなステージを繰り広げるドラァグクイーン。2つの顔を持つ緒方江美さん/アフリーダ・オー・ブラートさんの素顔とは。


仕事は仕事、クイーンはクイーン。きちんと真面目にやるのがアートマネージャーで、常識外れなのがドラァグクイーンだから、そこは分けとこうって。

ドラァグクイーンとしてデビューした学生生活を経て、大学卒業後はどうされていたんですか?

アートマネジメントの勉強をしてきたので、どうしても文化芸術の現場にいたいと思って。ちょうどその頃、大阪市住之江区の北加賀屋にある名村造船所大阪工場跡(現:クリエイティブセンター大阪)で『NAMURA ART MEETING '04-'34』というプロジェクトが始まったんですね。造船所跡地を所有している企業とアート関係者が協働し、2004年から30年間継続される実験的なアートプロジェクトで、そのプロジェクトにボランティアスタッフとして参加しました。それが、現場に入ったいちばん最初。

北加賀屋が、今みたいなアートエリアになる始まりのプロジェクトですね。

まだ本当に、何にもないときでしたね。そのボランティアがきっかけで声を掛けていただいて、アートコンプレックスグループに入社しました。

劇場運営や舞台製作などを行っている会社ですよね?

私は外部事業部っていうイベントをやる部署にいて、大阪市旭区にある『芸術創造館』の施設管理と、<100DOORS>っていうワークショップフェスティバルの事務局をやってました。そこに3年ぐらい勤めて、劇場が何をやっているか、舞台の制作とバックヤードのことをひと通り学ばせてもらいました。その後、2011年からおおさか創造千島財団で働かせていただきました。

私がお会いしたのは、千島財団にいらっしゃったときですね。

そうですね。5年ぐらいかな、事務局にいました。<MASK(MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA)>の展覧会をはじめ運営の事務局や、助成金の交付申請の事務を担当しました。
特に、<MASK>では、アーティストやキュレーター、企業が協働し、工場跡をゼロから新たな創造の場とする立ち上げの時期に現場に入らせていただいて。展覧会の運営のみならず、アーティストが生み出した作品を社会や地域に文化的資源として残していく拠点のあり方を学ばせていただきました。

お仕事されている間も、ドラァグクイーンは?

してました、ずっと。でも言わなかったですね。内緒にしてたわけでもないんですけど、でも積極的にドラァグクイーンですとは言ってないですね。もちろん上司も周りの人も知ってましたけど、それはそれこれはこれって感じで。月に一度、ドラァグクイーンに化けて、『DIAMONDS ARE FOREVER』というパーティーでショーができれば、それで十分だと思ってました。

『DIAMONDS ARE FOREVER』の様子。左から、ショコラ・ド・ショコラ、アフリーダ・オー・ブラート、そよ風さん(撮影:haruki)

そうなんですね!仕事とリンクさせたりとかも全然なく?

まったくなく(笑)。なぜかと言うと、どんな仕事もそうですがアートマネージャーって、ちゃんと真面目に、きっちりやらなきゃいけない。ちゃんとやれてるかどうかは別にして。でもドラァグクイーンはめっちゃふざけてるじゃないですか。だって常識を覆したり、常識外れなのがドラァグクイーンだから。相容れないと思ってたんですよね。だから、そこは分けとこうって。

なんとなくアートの文脈で近いものがあるのかな……と思ってたんですけど、全然違うんですね。

文脈が重なる部分もあるけれど、私の中では別でした。社会のルールに沿って真面目に積み重ねていくのが仕事、それをとっぱらって大騒ぎするのがクイーンという捉え方でした。でも、コロナがあって、それがちょっと変わったんですよ。

コロナになってクラブが開けられなくなって、ショーもできなくなって。アートマネジメントという仕事が、クラブとかパーティーの存続の役に立てるんだったら、今しかないんじゃないかって。

「それはそれ、これはこれ」だった仕事とクイーンが、交わるきっかけがあったんですか?

2020年の4月、緊急事態宣言のときに、初めてダイアモンドが延期になったんです。それまで約30年間、毎月最終金曜日に開催されてきたものが、「今月は開催できない」となって。毎月やって当たり前で、私の暮らしの中のひとつだったんですよ。それが延期になったときに、ああこれはもう当たり前じゃないんだと思ったんです。
当時は他のライブハウスもそうでしたけど、開けられない、お客さんを呼べないっていう状況で。そのときに、オーガナイザーのDJ LaLaさんとシモーヌ深雪さんが『CLUB METORO』と話し合いをされて、翌月にパーティー史上初のオンライン配信での開催になりました。

「DIAMONDS ARE FOREVER」のステージに立つシモーヌ深雪さん(撮影:haruki)

メトロから、ダイアモンドを配信するということですか?

実はそれまで、ダイアモンドは映像や動画記録を積極的に公にはされてこなかったんです。パーティーの現場を大事にされていたという理由で、あまりインターネット上に動画を公開することはなかったので。
出演するかどうかは、それぞれ自分で決めてと言われました。メトロで撮影するのでクラブに行って出演していいのか否かは自分で判断してって。私は迷った挙句、仕事のこともあるし、行かないという判断をしました。そのときに、自分が大事だと思ってきた場所のこの状況を、ぼーっと見てていいのかなっていう疑問があって、そこで初めて助成金の申請とかをやって。ドラァグクイーンのパーティーの。

ついに、仕事とクイーンがリンクした瞬間ですね。

2017年に千島財団を退職してフリーランスになっていたんですけど、アートマネジメントという仕事が、パーティーとかクラブの存続に少しでも役に立てるんだったら、今やらなきゃなって思ったのがひとつのきっかけとしてありました。
配信自体はうまくいって盛況だったんですけど、でもそれから2年近くは時短での開催とかそんな状況が続きました。ショーをしても見えてる景色がそれまでとは全く違って、不安感はありましたね。ほかのクイーンたちがどう思ってたかわからないけど、でも私はこのままじゃ不安だなって思ってました。
その同じ時期に、京都芸術センターで『SYNTHESE -DRAG meets CONTEMPORARY-(ジンテーゼ ドラァグ ミーツ コンテンポラリー)』という公演があって。このとき初めて、クイーン関係のプログラムにマネジメントで入りました。

たしかに、公演のフライヤーに「緒方江美」さんのお名前があります!

そうなんですよ、共同制作マネジメントと、ドキュメント資料のまとめを担当しました。
ゴーダ企画というコンテンポラリーダンスの団体からお誘いいただいて、若手コンテンポラリーダンサーとドラァグクイーンのコラボレート公演をしたんです。演出がシモーヌ深雪さんで、ダイアモンドに出演するクイーンも出演して。それが2021年1月ですね。
これまでは、私はあまりクラブ以外の場所や公共の場でショーをした経験はなくて。でも、コロナでお客さんが夜に遊びに出かけにくい、来場しにくい状況でも、劇場であれば距離をとって座席を組めるし、対策をとれば密は避けられる。お客さんに少し安心してクイーンのショーを見てもらえるんじゃないかって。それならできることは全部やろうと思いました。

2021年1月に開催された『SYNTHESE-DRAG meets CONTEMPORARY-』(主催:ゴーダ企画)では、出演兼共同制作マネジメントを担当(撮影:松園健史)

これが、クイーン関係のイベントに、マネジメントとして入った最初なんですね。

そうですね。それから、京都精華大学の『LGBTQをはじめとするマイノリティの社会包摂を視野にいれたアートマネジメント・プロフェッショナル育成事業』のスタッフで関わらせていただく機会をいただき、さまざまな専門家の方々のお話を伺うきっかけになりました。

どんどん、アートマネージャーとしての緒方さんと、ドラァグクイーンのアフリーダさんが近づいてきますね…!私はもともとLGBTQ等セクシュアルマイノリティに対する意識を持ってクイーンの活動をされているのかなと思っていたんですが、そうではないんですね。

全然ですね。というか、これまで出演していた性感染症予防のメッセージを伝えるイベントやパーティーでは、出演者もお客さんも、セクシュアリティもジェンダーもバラバラなのが当たり前だったんです。いろんな人がいることが当然として同じ場所で踊るっていうのをダイアモンドでずっとやってきたので。
でも2018年から大学の非常勤講師として教えに行くことになって、そこで「私のまわりにLGBTQはいません、いないからわかりません」という意見が出たんですよ。「そうか、まだ、全員が当たり前ではないのか」と思って。じゃあちゃんと、伝えなきゃいけないのかもしれないと思いましたね。学生時代に私が『IN/SERT』で教えてもらったみたいに、私がいるクイーンの現場のことであれば、話すことができるかなと。

京都芸術大学アートプロデュース学科 特別講義「〈アート・マネージャー〉として、〈ドラァグクイーン〉として2人で1つだからできること」

大学の先生になったことで、より一層ドラァグクイーンの存在にスポットが当たっていきますね。

学生たちがダイアモンドに遊びに来て「先生ー!」って言ってくれるんですけど、まさか自分が化けたまま先生と言われるとは思ってもなかったですね。

学生さんたちの反応は、どんな感じなんですか?

ちゃんと伝わるし、伝わればインストールは早いですね。丁寧に伝えようとすると反応してくれるとだんだんわかって来て、難しいことではなく「こういう変な大人も大学で教えてるし、生きていけるぞ」ってことが伝わればいいのかなと。異形枠って呼んでるんですけど(笑)、がちがちにアートを教えるっていうより、現場のことを伝えてくださいってことかなと思って。

大阪芸術大学芸術計画学科「芸術計画特殊演習」講義資料。
何かを伝えたいと思ってやっているわけではなくて、ドラァグクイーンの存在がマイノリティや多様な人が生きる社会のあり方を考えるきっかけのひとつになるなら、どうぞ使ってくださいっていう感じです。
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Profile

緒方江美/アフリーダ・オー・ブラート

アートマネージャー/ドラァグクイーン。

『CLUB METORO』の『DIAMONDS ARE FOREVER』出演中。劇場・文化財団勤務を経て17年からフリーランス。一般社団法人地域共生社会創造ラボ代表理事。京都芸術大学、大阪芸術大学非常勤講師。京都精華大学では「#わたしが好きになる人は/ #The_people_I_love_are」のプロジェクトチームに参加。朝日新聞朝刊#MONDAY KANSAI面にコラム「VIVA LA VIDA!」を連載中。共著に「未来のアートと倫理のために」(左右社)。

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