『混ぜるな危険』 が仕掛ける<香る晩餐会>は、和食の禁忌に挑む秘密のたくらみ。

『混ぜるな危険』は、「香り」と接続してこなかった「何か」をつなげ、これまで見えなかった価値や世界を提案するプロジェクトチーム。グラフィックデザイナー、編集者、建築家、大工などさまざまなジャンルで活躍するメンバーが、「香り×●●」をテーマにしたプロジェクトごとに集います。そのひとつが2022年8月31日、京都のホテル『MOGANA』において3組(6名)限定で開かれた<香る晩餐会>。強い香りや香水はご法度とされる日本料理において、あえて香りをつけた包丁で料理を振る舞うという前代未聞のイベントです。この掟破りともいうべくプロジェクトをくわだて、見事に完遂した7人のインタビューをお届けします。

嗅覚は五感の中でもプリミティブなもの。情報過多になっているこの時代に、そういう本能的な感覚を体感できるのは、嗅覚なのかなって。

主犯 デザイナー 上村昂平

ではまず、上村さんが『混ぜるな危険』を始めたきっかけを教えてください。

中学生ぐらいからずっと香水が好きで、社会人になって「ニッチフレグランス」というジャンルに出会ったんです。その香りを嗅いだ時に、何も考えず感覚的に“すごくいい”と感じたことが、自分の中で衝撃的な体験で。理屈じゃなくて、感覚的に好き嫌いを選ぶという体験が新鮮だったんです。

感覚的にものを選ぶという体験が?

もともと建築の学科にいて、今はグラフィックデザインの仕事をしてるんですが、ものを作る時に理屈から考えることが多いんですね。でも香りは理屈ではなく、感覚で選ぶことができた。というのも嗅覚は五感の中でも、プリミティブな感覚に近いと言われてるんです。情報過多になっているこの時代に、そういう本能的な感覚を体感できるのは、嗅覚なのかなと。それで、香りをテーマにしたプロジェクトをしてみたいと思ったのがきっかけになります。

建築やグラフィックは理詰めで考えて作るけど、香りは感覚で作るということですか?

いえ、香りも感覚的に体感できるものですが、調香師さんはすごく繊細に設計をされていて。感覚で始まって感覚で終わるんじゃなくて、理詰めで始まって感覚で終わるってところに魅力を感じたんです。

感覚に訴えかけるものを、ちゃんとロジカルに考えて作るところが魅力なんですね。上村さんが香りを好きになったのはどんな理由があるんですか?

香水にもメンズ・レディスがありますけど、目に見えないから、僕でもレディスの香水をつけることができるんですよ。僕、割と濃い顔なので、けっこう身につけるものが限られるというか、自分でそういうバイアスをかけてしまうんですけど、香水はそこを無視できるっていうのが自分の中ではひとつ好きなポイントですね。

なるほど、目に見えないから。

そうです。目に見えないというところは、僕らのイベントでもキーにしている部分ですね。

料理人のひかるさん(後方左)の協力を得て、<香る晩餐会>を実施した『混ぜるな危険』のメンバー。

『混ぜるな危険』という名前はどこから?

メンバーの土居が考えてくれた名前なんですけど、日本の香りの文化は、消臭の文化なんです。例えば、和食の料理屋さんに香水をつけてはいけませんよね。日本の文化の中で香りって割とタブーが多くて、まだやってない試みがたくさんあるんです。だから、今まで香りと混ざってこなかったジャンルと香りを混ぜ合わせて、新しいクリエイションを生み出したいというのが僕らのコンセプトなんです。

混ぜると危険なものを、あえて混ぜていくから、『混ぜるな危険』。

『混ぜるな危険』って言われると、ちょっと混ぜたくなりません?っていう、少しふざけた感じではあるんですけど。でも今まで香りと混ざってこなかったもの、混ぜると危険だったものを混ぜていくっていう。だから僕たちのプロジェクトは基本的にいつもコラボ相手がいて、プロジェクトごとにメンバーが手を上げて参加する形です。

メンバーさんは、どうやって集められたんですか?

15人ぐらいいるんですけど、最初に話をしたのは、『ル シヤージュ』というフレグランスショップの米倉新平さん。僕の好きな香水を扱っているお店で、香りのプロジェクトの構想を話したらすごく共感してくださって。他のメンバーは本当にバラバラですね。それこそ、以前MARZELさんで取材された『珈琲とたまごかけごはん zawa』のざわさんとか、『さりげなく出版』の稲垣さんとか。みんな職種が違います。

香りに関わる人だけで集まると、単なる香り好きのイベントになってしまって、香りの文化を広げられないなっていうのがあって。もっといろんなジャンルの人たちに関わってもらって、香りに対するアプローチを広げたいという思いがありました。それで、こういうプロジェクトを考えてるっていうのをまわりの面白い人に話して、共感してくれた人がメンバーになったという感じです。

プロジェクトの立ち上げから、具体的にこういうことをしようっていう構想はあったんですか?

初めに、<読香文庫(どっこうぶんこ)>という企画を思いついたんですね。香りを手がかりに本を選ぶというものなんですけど、もともとはその企画を実現するためにメンバーを集めたのが始まりなんです。

香りで本を選ぶという発想はどこから?

理詰めでものを作って理詰めでものを選んでいった結果、ネットで本を買おうと思った時に、レコメンドしか出て来なくなったんです。好きな系統しか表示されなくなって、その中から選ぶっていうことに違和感があったんですね。もっと新しい本との出会いができないかと考えた時に、嗅覚というプリミティブな感覚から入っていける本の体験って面白そうだなと思ったんです。

本の内容に合わせて、香りをセレクトされたんですか?

当時、恵文社で選書を担当されていた鎌田裕樹さんに、まずテーマに合わせて5冊を選んでもらいました。そこから1冊ずつ小論文みたいなものを書いて、それをキーワード化して、そのキーワードを香りに置き換えられる言葉に変換して、その情報をもとに香りを選ぶ、というプロセスですね。5人ぐらいでリレーのように情報だけを伝達していくんです。

本の内容をどんどん抽出していって、最後に香りに集約すると。すごく大変な作業ですね。

でも、そのプロセスはオープンにしてないんです。僕らが「これだけやりました!」ということをお客さんに伝えることで、選び方に影響を与えたくなかったから。感覚的に選んで欲しいので、そこは伏せてって感じですね。

余計な情報は出さず、純粋に香りだけで選んで欲しい、ということですか?

そうですね。情報があると正解を探しにいっちゃうので。

香りを放つ包丁があったら、料理の在り方ってどう変わるのかなっていうところから始まりました。

<読香文庫>が香り×本、そして<香る晩餐会>は香り×食なんですね。この企画はどんな経緯で生まれたんですか?

コロナ禍になってからデザインとかが単一化してるような、新しいものを生み出しにくい環境になってる感じがあったんです。それを料理人の友人に話したら、彼も同じことを感じていて。そこで、もしかするとツールが変わらないと、新しいものって生み出せないんじゃないかって話になったんです。
僕で言うとイラストレーターというソフトを使っていて、彼は包丁という道具を使っている。包丁なんてずっと変わらない道具ですよね。でも、それが変われば料理の在り方が変わるかもしれないって。例えば、ニンニクを切った後の包丁で他の食材を切らないですよね。それを逆手に取って、香りを放つ包丁があったら、料理の在り方ってどう変わるのかなっていうところから始まりました。

香りを放つ包丁って、すごい発想ですね!

でも想像以上に大変で、包丁を燻製にしたり、マリネ漬けにしたり。メンバーに堺打刃物の柄を作る職人がいるんですけど、彼を通じて木の包丁を作ったり。どうやったら包丁にいい香りがつくのかを試行錯誤するうちに、その包丁を使った香りのコースを提供できたらいいなってところで、<香る晩餐会>が決まったという感じです。

後にも先にも、包丁を燻製したりマリネ漬けにした人はいないと思います。

やってはいけないことをやってますよね(笑)。でも包丁のいちばんの評価基準って、切れ味じゃないですか。でも、切れることが最優先ではなく、香ることを最優先にしたら、包丁の形が変わったんですよ。用途を変えるとツールの形も変わる、そういう意味では、今回面白いことができたかなと思います。

和包丁の凹んだ部分にヒノキの突板を貼った「香る包丁」。突板に香りをつけることで、食材に香りを移す。

その香る包丁を使ったお料理を提供するのが、<香る晩餐会>なんですね。

そうです。香る包丁以外にも、香りに関する料理を用意して、コース仕立てにしました。もともとフレンチを想定して進めていたんですけど、フレンチはソースなどで香りを足していくので、そこにさらに香りを足すと喧嘩しちゃうんですよ。でも、和食は引き算なので、引いたところに香りを足すのはいいかもしれないと思って、割烹料理の料理人さんにお願いすることにしたんです。

コースのお料理はどんなふうに考えられたんですか?

公表はしてないんですが、テーマに基づいて考えました。そのテーマが「コロナ禍で得た感覚と、変わらなかった感覚と、失った感覚」なんですけど、例えばコロナ禍でソーシャルディスタンスという、世界共通である一定の距離の取り方の感覚を得たじゃないですか。これって、人類にとっては新しい感覚の取得かなと思っていて。そういう感覚を、作り方や見せ方、香りとかを含めて料理で表現できないかなと思ったんですね。

食材を別々に調理し、最後にある香りを足して食べると口の中でひとつになる「肉じゃが」。ソーシャルディスタンスから着想を得た。

すごく壮大なテーマですね。でも壮大な上に、香りという目に見えないものを、形に落とし込んでアウトプットする作業がとても大変なのかなって思います。

料理を試作するための道具とか什器ひとつとっても、普通のものでは対応できなかったですね。なので、そこから全部作るんです。時間と労力とお金が膨大にかかりました。

このコースのための器も作られたんですか?

そうですね、今回の晩餐会で使ったものは器とお盆が一体化しているんですけど、それを一品ずつ全部作りました。

料理だけじゃなく全てを演出しようとすると、そうなるんですね。

そこまでやらないと、香りという体験に没入できないというか。僕らは「香りによって世界の解像度が上がる」ということをコンセプトに掲げているので、このイベントに参加した次の日、ふといつもの道で香りを感じるとか、生活の中の体験が少し変わってくれたらいいなと思っているんです。そのためには一度深いところまで入ってもらうのが大切で。

実際にお客さまの反応はいかがでしたか?

すごく喜んでいただけたと思います。初めてのことだったので、どこまで伝わるかなっていう不安はあったんですよ。僕らが設計したところを面白がってくださるのか、それとも違うところなのか。香りってその人に依存する感覚なので、そこは僕らも楽しみなところでもありました。

嗅覚は、その人に依存する感覚なんですね。

記憶に密接な感覚なので。脳の構造的にそうなってるんですけど。僕らがこうだと思っても、その人の過去の体験によっては全く違うようにとられたりするので、そこをどこまで僕らの主観をなくして客観的な香りに持っていけるか。そこに、混ぜるなとしての仕掛けをどう用意するかってことは、意識しました。

香りの何が、上村さんをそこまで惹きつけるんでしょうか?

漠然と、嗅覚というものの可能性は感じていて。においって誰にとっても身近なもので入りやすいので、そこから面白いもの、新しいものを提供できるなっていう確信だけはあるんです。それに、嗅覚は言語を介さないので、これから世界と接点を持っていく上でも可能性は感じています。
あとは、嗅覚に関するイベントって事例がないんです。今の時代、ゼロイチを作れるっていうところはすごくロマンではありますね。そこが大きいかもしれないです。

「和食のタブーを犯しませんか」って言うから、じゃあやってみましょうかって。(ひかる) 香りをつけるために、最初は本当に木の包丁を作ってたんです。(辰巳)
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Profile

混ぜるな危険

2019年に活動を開始。“「香り」で、世界の解像度はあがる”をコンセプトに掲げ、「香り」と接続してこなかった「何か」を繋げていくプロジェクトチーム。京都の『恵文社一乗寺店』にて開催された “匂いで選ぶ”ブックフェア<読香文庫(どっこうぶんこ)>をはじめ、香りとカクテルを掛け合わせた<香る夜会>などのイベントを実施。「香り」を媒体にして、これまで見えなかった価値や世界を、提案している。

https://mazerunakiken.net/

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