【私的録-MY PRIVATE SIDE】 いい風呂、いい店があって、いい仲間がいる。<THE UNION>の牧田耕平さんと巡った、地元・東住吉&平野界隈の話とこれからのこと。


<THE UNION>は、これからも変わらず自分たちのやりたいことを表現してく。そして、俺自身は新しい動きも…。

<THE UNION>のスタートから15年以上を経た今、牧田さん自身のモノづくりとの向き合い方の部分から聞かせてもらえればと思います。

大阪に戻って来てから<THE UNION>を立ち上げたのが2009年12月。ほぼ2010年からのスタートになるから、今は実質16年目かな。<THE UNION>はそこまでビジネスライクではないというか、すごく無理してまでビジネスにはせず、本当にやりたいことしかやらないブランドなんですよ。そのスタイルでどこまで行けるのかを常に考えてますね。

「やりたいことしかやらない」スタイルを15年以上も貫き、ファンからも支持されているのはスゴイと思います。そのスタイルの要因は何かあるんでしょうか?

東京でブランドしてた時は規模も大きかったし、会社としてもどんどん大きくなる成長過程でした。売上を上げるためにこの型の商品は作っておかないといけないとか、ストリートな服を作ってるけど、しっかりビジネスのゾーンに乗ってたんです。それはもちろん大切なことなんだけど、最後の方はちょっと自分の性にも合わないなと思ってきてね。「このままでいいのか?」って自問自答もしてたし、自分が本当にやりたいことを考え続けてました。

なるほど。そこでの想いも、今の<THE UNION>のスタイルに紐づいてるわけですね。

仲間を集めて<THE UNION>を立ち上げた時に、みんなにはこんなこと言うたんです。「自分たちが好きなことをやろう。やりたいことをやって、お客さんにどこまで伝えられるか」って。まぁ、大変なこともあるけど、そっちの方が楽しいからね。「もっと売るために!」よりも、自分たちのブランド像と考え方を変えずに続けてきた感じかな。めっちゃ大きくもなってないけど、小さくもなっていない。とにかく服とモノづくりにはピュアに向き合ってきた15年間だったと思うなぁ。

<THE UNION>は強い意志を持ってるブランドだと思いますし、なんと言うか1本の筋が通ったブランドだなと。

時代や流行りに迎合するブランドじゃないし、自分たちの中にある好きなものを表現してるから、そうやって感じてもらえてるのかもやね。それと、基本的には無地のアイテムが中心だし。

確かに、その無地アイテムの中にある細かなディテールとかが、服好きの方やファンに刺さっている気がします。牧田さん自身も普段から着用してるのは、<THE UNION>のものですよね?

そうそう。自分のブランドのアイテムを着ながら、「この部分はもっとこうした方がいいな」って、毎年アップデートしたり、要素を継ぎ足しながら作ってる感じ。無地だから流行りに左右されないし、今でも数年前のアイテムを着て、気づかされることもあるしね。ただ改めて思うのは、自分の好きなものって変わってないなと。

その軸があるから、時代とか流行を追わなくても大丈夫なんでしょうね。以前取材させてもらったのは5年前くらいで、その時はデニムのお話をいろいろとしていただきました。現在も育ててるデニムはあるんですか?

もう5年前かぁ。ヴィンテージデニムとかがまだブームになるちょっと前やね。今も2本ほど育ててる。週の半分はデニムを履いてるけど、まぁ時間もかかるから大変(笑)

特にデニムって、永い付き合いができますもんね。前に少しワッペンにハマってると聞きましたが、ちょっとその話も伺いたいです。不意に訪れたマイブームだったんですか?

昔からいろいろ集めてたんやけど、去年くらいから急につけたくなって(笑)。アメリカへPOP UPしに行った時にもたくさん買って、私服につけ始めたらどんどんおもしろくなったんですよ。無地のアイテムを着ることが多いから、自分の個性もそこに出せるかなと。

やっぱりファッションを楽しんでますよね。最近はマフラーをされてる姿もよく見かけますが。

そうそう、今はマフラーにもハマってるかな。どんなスタイルにもマフラーを巻いてるし、エエのを見つけたらすぐ買ってると思う。

さらっと巻いてる感じが、今日もシブかったです!ちなみに、ちょっと聞かせてもらいたいんですが、牧田さんから見た今の大阪のファッションシーンはどんな感じでしょう?

いやいや、そんなん俺が語るのもなぁ。

個人的にも聞いてみたくて。20代前半で独立してショップを持ってる人がいたり、独自路線で店舗展開やスタイルを発信してる人がいたり、時代の変化とともにシーンの幅は広がってるなと感じてます。

まぁ、そうやねぇ。ファッションのマーケットとしては東京が大きいけど、大阪は個性が強いし、人が色濃く出てるのは昔からそう。ただ、今はみんなが仲良すぎる部分もあって、そのせいでパンチ力が薄れてる気もするんですよ。やっぱりアンチの精神がないと。イキのいい若手のブランドがあれば大型店も囲いに行くし、それでムーブメントになったとしても一気に消費されてしまう。流行り廃りのサイクルも早くなってるのが、今の状況かも。まぁ、大阪だけの話ではないけどね。

なるほど。例えば、これからも若い子たちのブランドやショップがどんどん増えてくるとは思いますが、今の状況をどうサバイヴしていけばいいでしょう?

そもそもファッションとかストリートのシーンは、若い子が主軸やから。マジで、中指を立てながら尖っていけばエエと思いますよ。それがフレッシュだし、当たり前のこと。俺も24歳でブランドを始めたけど、いろんなところに中指立てながら息巻いてたからね(笑)

なんかその感じ、わかります(笑)

ファッション人口的には若い子よりも上の世代が多いのは仕方ないけど、もっと無茶苦茶やったらエエかなと(笑)。どんどん上の世代を利用するべきだし、焦らせるべき。バトンタッチや移り変わりがあって、そこに新しい光が生まれてきてこそ、シーンは醸成されていくもの。

それは、牧田さん自身の経験談でもありますしね。

だから、若い子たちのこれからも楽しみやけど、俺よりも上の世代の人たちの動きも実は楽しみにしててね。まぁ、すごい人たちがまだまだいるから、どんな動きするんかなぁって。

濃い方々が多いですもんね。世代を超えてもっと混ざり合ったら、また大阪のおもしろさもシーンも深まりそう。ちなみに、牧田さん自身は<THE UNION>も含めて今後はどんな動きを?

<THE UNION>は、これからも変わらず自分たちのやりたいこと、好きなことを表現するブランドとして続けていきたいと思ってますよ。服やモノづくりは今でもどんどん好きになってるので。

そのスタイル、これからも楽しみです。ってことは、牧田さん自身はまた何か新たな動きもある感じですか?

ここ数年で自分の意識も変わってきた部分があってね。50歳になってからの10年は、そのまた次の10年で好きなことをやり続けるための動きをしていこうと思ってるんです。今のファッションシーンにはいろんなブランドがあって、古着とかメルカリとかもあるし、その状況下で自分なら何ができるか。若い子に対してもそうで、ファッション業界に入ってきた子たちがどう楽しめるのか。そんなことを考えながら、自分は動いていきたい。

めっちゃ気になる話です、それ!

俺もファッション業界には30年いるから、自分のやり方を“正”の字にしたいところもあるんですよ。ただ、スタイルは変えずに自分たちのやり方で届けていきたい。まぁ、具体的なことはオフレコだけど、とにかく今年の動きに乞うご期待って感じで!!

いえ、期待しかないですよ。先ほどは若い子たちに向けた言葉もいただきましたが、ひょっとして牧田さん自身が今一番ギラギラしてたりして(笑)

とりあえずめちゃくちゃ楽しみだし、今を楽しんでる。デカい剣を振りかざして、このファッション業界をめっちゃ走り抜けようとしてる感覚。まぁ、とことん行き切るから、見とってください!!

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Profile

牧田 耕平

1975年大阪市生まれ。製菓専門学校を卒業後、パティシエとして働くものの、ファッション業界にシフト。デニムブランド<FULL COUNT>での企画・デザインを経て上京し、東京のアパレルメーカーに勤め、1999年に<MOTIVE>を立ち上げる。その後、2009年12月に大阪へ戻り、<THE UNION>を始動。ワークやアメカジをベースに、メイドインジャパンにこだわった永く愛せる日常着が人気を博している。

Instagram: @blueclass
Instagram: @the_union_official
https://theunion.jp/

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