「美しいパターンは光って見える」<MIHEY>デザイナー・楠本美佳、元パタンナーならではの服作り。
「パタンナーってどんな仕事?」みなさんはそう尋ねられて、答えられるでしょうか。そこそこのファッション好きを自負するMARZELライター鈴木ですが、せいぜい「洋服を作るためのパターンを描く人」くらいの認識しかありません。
アパレルブランド<MIHEY>の代表を務める楠本美佳さんは、元パタンナーという経歴を持ち、今はデザイナーをやりながらパターン、縫製まで全てを自分の手で行っています。今回はそんな美佳さんに、パタンナーの仕事って何なのか、元パタンナーがデザイナーをすると服作りはどう変わるのか……そのあたりの話を根掘り葉掘り聞いてきました。
「今やらないと後悔する」 32歳で選んだ<MIHEY>の道。
まずは簡単な自己紹介をお願いします。
女性服をメインとしている<MIHEY>の代表、楠本美佳と言います。ブランドではデザイン、パターン、縫製全てを自分でやっています。
どうして自分でブランドをやろうと思ったんですか?
もともと私は10年ほどパタンナーという仕事をしていたんですけど、基本的にアパレルブランドっていうとデザイナーの方に注目が集まるので、この仕事ってあまり知られてないんです。 でも私にとってはとても大切だし、面白い仕事だと思っていて。もっといろんな人にパタンナーの存在や魅力を知って欲しくて、<MIHEY>をやってます。
美佳さんが独立した経緯について教えてください。
専門学校を卒業してすぐ、パタンナーとして企業に就職しました。約10年間で2社を経験しつつ、パタンナー兼社内デザイナーとして働いて、そのあと独立したという流れです。
企業ではどんな仕事をしていたのですか?
いろいろです。ものすごくロープライスなブランドのパターン、デザインもやりましたし、東京コレクションに出るようなブランドの仕事も担当しました。
ずっと会社員として働いていたのに、どうして独立しようと思ったんですか?
自分のその後の人生を考えたときに、「今やらないと後悔するな」って思って。
自信はあった?
いえ、全く(笑)。
自信がなかったのに独立するなんて、なかなか大胆ですね(笑)。
今思えばなかなかデンジャラスな選択だったなと思います。でも「やりたい」が勝った。
そこまでしてやりたいと思ったのはなぜですか?
働きながらだと、限界があるなと思ったからです。いちおう独立する数年前から服作りを始めていて、作品作りみたいな感じで自分のための服や、友だちのための服を作るようになってはいました。友だちのツテで服屋さんに声をかけてもらって、服を置かせてもらっていたりもしていて。
その状況が何年か続いたときに、これ以上は兼業では無理だと思ったんです。
独立への不安はなかった?
ほぼ勢いでしたね。お金に困ったらバイトしようかな、くらいの軽い考えで(笑)。
パタンナーとして10年の経験があったからこそ思い切れたんでしょうか?
いや、正直5〜6年くらいのタイミングで独立してもよかったなって思ってます。ある程度勉強は必要だと思いますけど、別に10年も必要なかったかなって(笑)。何をやるにも早いほうがいいですから。
楠本 美佳
アパレルブランド<MIHEY>代表。専門学校卒業後、パタンナーとして約10年働いたのち独立。デザイン、パターン、縫製全てを一人で行う。