【私的録-MY PRIVATE SIDE】 十三は大阪のブルックリン。アートの街に変貌するポテンシャルを秘めた十三を、ミューラルアーティスト・BAKIBAKIさんと歩く。
街づくりのフェーズを視野に、淀壁がアフター万博の先陣を切っていきたい。

最後にお届けするのは、淀壁めぐりの前にお聞きしたインタビュー。レトロなステンドグラスが印象的な喫茶レストラン淀でアイスカフェオレを飲みながら、この4年間について伺いました。

前回の取材で「2025年の大阪・関西万博をひとつの目標に」と話されていた淀壁が、いよいよ第一章のフィナーレを迎えます。この4年を振り返っていかがでしたか?
淀壁はいま25作まで増えました。描いてると「うちでも描いていいよ」と声をかけてもらったり、ローカルで飲み歩いているときに、あと一カ所だけ壁が見つからないんですよって話したら、隣のおっちゃんが「うちの壁使ってええよ」と言ってくれたりとか。そういう人のつながりが生きてるというか、そういう街なんです。声を掛けてくれる人がアートに興味があるかは置いといて、街がおもろなっていくんやったらええやんみたいな。
これだけ増えると、淀壁もBAKIBAKIさんの認知度も高まっているのでは?
声をかけてもらったりとかはありますね。壁も、描き終えて半年ぐらいでようやく街になじみ始めるんです。そういう意味では5年やって、これだけ数も増えて、やっと“やってる感”が出てきたのかなと。
淀壁のさまざまな作品が受け入れられてきたのも、この街だからこそでしょうか?
そうですね、まだ遊びというか、表現の自由度が残されている街だと思いますね。十三駅の西側にはドクロの作品もありますが、あれも十三だからこそギリギリ成立するのかなと。
ただ、パブリックに描くっていう行為自体、どこかおこがましいなって思う部分もあります。日本人の「公共」の概念は海外とはちょっと違うので。だからこそ、好みは別として、クオリティは一定以上にできるように意識してます。

以前のインタビューでも、日本の「公共」は“みんなのもの=触れにくいもの”という認識に対し、海外では“みんなが自由に使える場”という捉え方だと話されていました。
でもこの5年で、日本の公共の概念も大阪から少しずつ変わってきてる実感がすごいあるんです。淀壁はもちろん、此花エリアでも壁画が増えて、万博でも展示されてますよね。いままで日本は壁画を描けない場所だったのが、大阪だったら描けるっていう感じになってきてて。海外の有名アーティストにとっても、日本で作品を残すことがステータスになってるんですよ。日本の浮世絵とか、アニメや漫画に影響を受けたアーティストも多いので、その土地に自分の作品を残すのが夢みたいな感じですね。
海外から見ると、いまそんな感じになってるんですか!?
淀壁でも、海外アーティスト限定で一枠だけオープンコールで募集したんですけど、一週間で400件ぐらい応募があって。それくらい、いま壁画界の中では日本はちょっと優位な状況です。あまりにも反響があったので、最初は1枠の予定だったのを2枠に増やしました。

すごい、めちゃくちゃ注目を集めてるんですね。それも淀壁を続けてきたからこその功績かなと思うんですけど、10月5日(日)から淀壁2025として5つの壁画制作が始まるんですよね?
スペイン、プエルトリコ、ジャカルタ、バリ、京都から5組のアーティストを呼んでいます。あと、大阪で活動する6組のグラフィティの大御所アーティストに、ひとつの大きな壁を描いてもらう予定です。それが自分の中ではけっこう重要で。これまで淀壁はミューラルアートとして絵描きやペインターを中心に集めてたんですけど、もともとの壁画ってストリートのグラフィティから文脈的には始まっていて。海外ではそこの文化は混じり合ってるんですけど、日本では別モノとして進化してきたんですね。だから今回ここ十三で、グラフィティのアーティストが壁画を描くっていうのは、これからのカルチャーにとってすごく意味のあることだと思っています。

ミューラルアートとグラフィティを合体するみたいなことですか?
うーん、なかなか説明が難しいんですが、僕らみたいに合法でミューラルを描くのと、良い悪いは別にして、別軸でいわゆる落書きというか非合法で描く文化もあって。でもそれぞれが技を競ってクオリティを高めてっていう部分もあると思うので、今度の淀壁もひとつそういう場になればいいのかなと。
グラフィティの文化・文脈も融合して、集大成的な感じで形にしていくんですね。
十三だからできることとして、チャレンジしたいなと思ってます。僕が淀壁を始めた頃は、十三はミナミのようにグラフィティが多い土地ではなかったのでやりやすかったのもあったんです。でも続けていく中で、グラフィティをルーツにミューラルを描く人たちに描いてもらったこともあるし、ひとつの文化ではあると思っているので。横浜の桜木町のウォールアートじゃないけど、みんなが描けるような壁があってもいいかもしれないし、なにか発展の仕方はあるのかなと思ってます。

十三なら、それができるかもしれないと。
淀川とか十三が、アート特区みたいになったらいいなと思っていて。イメージとしては「十三ブルックリン計画」みたいな感じ。僕は梅田がマンハッタンで十三はブルックリンって、10年ぐらい前から言ってるんですけど、最近同じように言う人が増えてきたんですよ。
すごい面白いし、たしかにその可能性はある気がします。
ただ、いまの十三は世界レベルの壁画が増えてる一方で、街とアートの間が抜けてる状態というか。飲み屋さんとかはいっぱいあって街自体は活気があるけど、アートや音楽とかストリートカルチャー的な部分でいうと、スポッと抜けてはいるので。淀壁の区切りと共に、次のフェーズではそういう部分にも力を入れたいと思っています。壁も増やしたいですが、街づくりにももう少し関わっていきたいですね。
確かに、街のにぎわいとカルチャーがつながったらもっと面白くなりそうです。でもそういう意味では、「壁」というのは街づくりをする上でもすごく影響力が大きいように思います。
そうなんです。壁画はギャラリーみたいに「見に来てもらう」ものじゃなくて、いつでも誰でもタダで見られるものなので。しかも建物そのものと結びついているから、街に与えるインパクトがすごく大きいんですよ。だから僕も、この店はこういうオーナーさんやからこういう雰囲気の作品がいいなとか、シムシティじゃないですけど、街を俯瞰で見て景観をすごく意識してやってるつもりではありますね。

街の景観そのものに関わるから責任も大きいし、しかも街にずっと残るものでもありますよね。
だから、地域で壁画プロジェクトをやる以上は、地域に根差した人間が必要だと思うんですよ。いまけっこう壁画が流行してるんですけど、壁画プロジェクトを誘致して1年で終わって、壁画だけが街に残って……みたいなのはちょっとどうなのかなと思うし。描いて終わりじゃなくて、十三だったら僕ですけど、その後も街を見守って関わり続ける存在が必要なんじゃないかなと思います。
描いて終わりではなく、むしろそこからどう街づくりに生かしていくか、というところですね。
僕自身も、自分のキャリアの5年から10年をつぎ込んできて、やっと下地ができた気がしています。いまの淀壁がある風景を見て、ここで終わるのはないなと思いますし。やっとアートな街にしていくための打席に立てたのかなと。
活動のフェーズが変わると、また新たな挑戦になりそうですが。
そうですね。街づくりに関わると、時間も手間もかなりかかるのが実感です。でも、自分の子どもも含めた次の世代に、街中に壁画やアートがあふれていて、身近に触れられる環境を残したいなと。より良い社会というと大げさですけど、そういう環境が、自分の住んでる身近なエリアなら作れるんじゃないかなと思ってます。

BAKIBAKIさんが、淀川区の公式アンバサダーにもなっておられるのにもびっくりしました。
もともとはアンダーグラウンドのカルチャーが出自ですけど、でも淀壁を始めたことでテレビや新聞も取材も増えましたし、マインド的にはもうパブリックおじさんみたいな(笑)。淀壁やアートを世の中に広めるためやったら、全然ウェルカムですよって。
アンダーグラウンドからパブリックへの変化って、すごい振り幅ですよね(笑)。でも以前も、クローズドな環境で作品を発表していたものを、壁画というオープンな場所で公開するのはチャレンジだとお話されていましたよね。
壁画は不特定多数の人を相手にするので、そういう場で表現することはめちゃくちゃハードコアだなって思いますね。興味もなにもない人に、好き嫌いも含めてなにかちょっと感じてもらうっていうのは。パブリックとかオーバーグラウンドを軽く見ていた部分もありますが、やってみると本当に大変だなと実感します。

万博に何か関わりたいと仰っていたのも、壁画作品の展示や、公式アンバサダーとしてライブペインティングという形で実現されて。
万博で得た僕自身の経験も十三にフィードバックしていきたいし、大阪も万博で注目を集めたことをきっかけに、パブリックアートに強い、街に絵を描くことへのキャパが広いってことを生かしていくべきだと思いますね。逆に東京とかはアートを売ったり買ったりっていう文化があると思うんですけど、大阪はそれがいちばん難しいと思うんですよ。
それはけっこうよく聞きますね。大阪はアートが売れないっていうのは。
安いことに価値を見い出すのが大阪人ですから。アートを売り買いする文化と真逆じゃないですか。だから、そこをムキになっても仕方ないんです。逆に大阪にしかできないことってパブリックアートかなと思うので、そこに特化して、それを見に来てもらえばいいんじゃないかなって思いますね。タダで面白いものは好きじゃないですか。

間違いないですね(笑)。これからはその一翼を、BAKIBAKIさんが担っていかれると。
そうですね。ただ課題としてずっとあるのは、カベとカネ問題。この2つがありますね。壁も限られたエリアの中でどう確保していくかっていうところと、壁画はそれこそ無料で見られるから入場料もとれないし、描くのに足場代やアーティストの招聘費とかでコストはかかるので。クラファンや持ち出しでまかなってきましたけど、継続していくために助成金を取れるように法人化していく必要もあるのかなとか。その辺の課題をクリアしていくことが、これからの活動の鍵になるのかなと思います。
10月13日(月・祝)のファイナルパーティーを経て、次のフェーズですね。
万博をきっかけに、もっとグローバルになったらいいなと思ってるので。だから万博はそういう意味では、ゼロ地点。終わってからが本番なのかなと思うし、そういう気持ちで万博最終日の10月13日を抑えたんで。十三が、アフター万博のスタートダッシュを切りたいなと。そういう意味でも、この日は特別な日になると思います。
<INFORMATION>
淀壁 YODOKABE 2025 Chapter1 FINAL PARTY & 上映会
日時: 10月13日(月・祝) 15:00 開演 / 22:00 閉演(上映会 16:00~)
会場: グランドサロン十三(大阪市淀川区十三本町1-16-20)
入場料: 2000円(1drink別)
※再入場可能です。会場周辺の壁画をぜひご観覧ください。
LIVE: CROSSBRED / 佐伯誠之助 / Dig.Dug
LIVE PAINT: DOPPEL(BAKIBAKI+MON)
DJ: ALTZ / KA4U / VERYONE / FOX-X / KEITA
MC: OKERAP
VFX: catchpulse
MOVIE & LIGHTING: VAKEMONO
FOOD: 食酒座kezakeza / ヤタラスパイス
BEER: Nomcraft
PA: SOCORE FACTORY


BAKIBAKI
1978年大阪生まれ。2001年、京都市立芸術大学在学中にライブペイントデュオ「DOPPEL」として活動をスタート。日本のサブカルチャーから着想を得て、伝統文様を現代的にアップデートした“BAKI柄”を展開し、21世紀を代表する和柄を志している。クラブやフェスなど音楽シーンでのライブペインティングをルーツに持ちながら、現在は建物の外壁やパブリックアートに注力し、国内外で活動の場を広げている。
主な作品に、大阪国際空港壁画(2018)、ポーランド貿易庁壁画(2024)、大阪・関西万博壁画(2025) などが挙げられ、 POW!WOW!TAIWAN(2015)、Varanasi Art Project/インド(2019)、DUK Festival/セルビア(2023)、 TANGI Street Art Fes/インドネシア(2025) など、海外の壁画フェスティバルにも招聘されている。2021年には大阪・十三を拠点に壁画プロジェクト「淀壁」を立ち上げ、2025年の大阪・関西万博をひとつの節目としながら、地域の活性化と国際的な文化交流に取り組んでいる。