【私的録-MY PRIVATE SIDE】 十三は大阪のブルックリン。アートの街に変貌するポテンシャルを秘めた十三を、ミューラルアーティスト・BAKIBAKIさんと歩く。
昭和な老舗の角打ちと、新進気鋭の羊スタンドで一杯。

ふたたび十三駅前通商店街に戻り、イマナカ酒店へ。地元で長く愛されている、老舗の酒屋の角打ちです。


のれんをくぐると、まだ外は明るい時間にも関わらずお客さんでいっぱい。BAKIBAKIさんはこちらのお店に、壁画を描くために来たアーティストや、淀壁めぐりに来た人を連れて来ることも多いそう。年季の入った店内ではテレビで野球が流れ、下町情緒たっぷり。

出身は吹田市、大学は京都、20代後半からは東京で活動していたBAKIBAKIさん。10年前に大阪へ戻り、祖父の工場がある十三を拠点に据えました。東京にいた当時は、夢を求めている人たちが集まって、切磋琢磨すること心地よかったといいます。「ライバルが多いから、自分を高められる。同じテーブルにいろんな絵描きがいて仕事をとっていくという環境の中で、研ぎ澄まされて洗練されていく感覚はありましたね」。
東京でも面白い出会いや魅力的なコミュニティはあったといいつつも、「東京のために何かしようという気持ちは生まれなかったです。郷土愛みたいなものはやっぱり関西にあって、ある程度東京で仕事も確立できたタイミングで大阪に戻りました」。

大阪に戻った当初は、東京の仕事のスピード感と大阪の空気の違いに戸惑い、なかなかチューニングが合わなかったそう。「大阪の人のアートに対する価値観も掴めなくて、これ、やっていけるんかなって思いました」。
それから10年。「今ではすっかり大阪が好きです。いや、大阪というより十三が好きですね」。外からの目で見ると、十三には大きな可能性があると言います。「十三にはすごいポテンシャルを感じるんです。でも大阪の人にとっては“ああ、十三ね”で終わってしまうことも多い。もったいないなと思うんです。そういう外の目線を持っている自分も含め、中の人と手を取りながら発展させていくのがベストかな、と考えています」


絵が得意で子どもの頃はドラゴンボールのキャラを描きまくり、大学時代はアカデミックすぎる環境から反動でアンダーグラウンドへ――。そんなエピソードで盛り上がりつつ、舞台は次のお店へ。十三めぐりはまだまだ続きます。

阪急の高架下を通って、十三駅の西側へ。こちらにももちろん淀壁があり、シャッターに描かれたこの作品は、オーストリア出身でロサンゼルスを拠点に世界中で活躍する壁画界の巨匠“Nychos”によるもの。

そこを通り過ぎて謎の路地を入り、奥へ進んだ先にあるのがスタンド メリーサンノソバージュ。

初見でたどり着くにはかなり難易度が高いこちらのお店は、古民家を改装した十割蕎麦と羊肉のスタンド呑み屋。3年ほど前にオープンしたそうで、淀壁の打ち上げで訪れたのをきっかけに、大切なお客さんを案内するようになったそう。
「やっぱり入ったときに、おってなるじゃないですか」。たしかに、いわゆる十三のイメージとはちょっと違うおしゃれな雰囲気。十三もここ数年で新しいお店が増えているそうですが、BAKIBAKIさん曰く「残るのはかなり少ない。でも残るお店は、ここは残るやろうなって感じがあります」。

羊の串をアテに飲みつつ、話題は家族のことへ。BAKIBAKIさんは2020年のコロナ禍とお子さんの誕生で、生活が一変したといいます。「それまでは海外もバンバン行ってたのがコロナで行けなくなって。それもあって、自分の拠点である十三で何かできないかと考えたのが淀壁です。」
今は双子の娘さんのお父さん業も忙しく、「クラブで遊んだり、ライブペイントやったり、深夜の活動ができなくなりましたね。保育園に送って行ってるんで、夜型だったのが完全に朝型です」とライフスタイルも激変。
電動自転車に娘さんたちを乗せて淀川区を走っていると「あ、ナイチンゲール!」「アレックスのだ!」と淀壁を指さすこともあるそうで、街の中に壁画があることでアートを身近に感じているようだと話します。


BAKIBAKIさんにとって身近なアートといえば、吹田に住んでいた子どもの頃にずっと見ていた太陽の塔。「小さい頃は怖かったですよ、ライトアップなんかされたら特に。でも怖いという感覚も、子どもにとっては大切なことで。なぜ怖いのかを考えることが、発見につながったりするんです」。1970年の万博で生まれた太陽の塔に影響を受けたBAKIBAKIさんが、2025年の万博で活躍していることを思うと、幼少期に触れるアートの存在の大きさを実感させられます。



BAKIBAKI
1978年大阪生まれ。2001年、京都市立芸術大学在学中にライブペイントデュオ「DOPPEL」として活動をスタート。日本のサブカルチャーから着想を得て、伝統文様を現代的にアップデートした“BAKI柄”を展開し、21世紀を代表する和柄を志している。クラブやフェスなど音楽シーンでのライブペインティングをルーツに持ちながら、現在は建物の外壁やパブリックアートに注力し、国内外で活動の場を広げている。
主な作品に、大阪国際空港壁画(2018)、ポーランド貿易庁壁画(2024)、大阪・関西万博壁画(2025) などが挙げられ、 POW!WOW!TAIWAN(2015)、Varanasi Art Project/インド(2019)、DUK Festival/セルビア(2023)、 TANGI Street Art Fes/インドネシア(2025) など、海外の壁画フェスティバルにも招聘されている。2021年には大阪・十三を拠点に壁画プロジェクト「淀壁」を立ち上げ、2025年の大阪・関西万博をひとつの節目としながら、地域の活性化と国際的な文化交流に取り組んでいる。