出会ってから、人生が変わった。日本におけるFat Lava普及の第一人者、『kiis』の服部敬子さんが魅せられて飛び込んだ、歴史と人の想いが交錯するFat Lavaの世界。


まだまだ解明できていないことがあるFat Lava。だから、自分の視点で推測したり考察できるし、これからもいろんなストーリーが生まれてくるはず。

コロナ禍でたくさんのコレクターさんとオンラインで繋がることができましたが、実際に現地でも会ったりはしてるんですか?

コロナ禍が始まって2年目は条件付きで渡欧できるはずだったんですが、結局は飛行機が8回もキャンセルになって行けずじまいでした。でも2022年からは仕事の場合は渡欧できるようになり、ドイツ、ポーランド、オランダ、イギリスを巡り、コレクターさんの家に直接行くようになったんです。

コレクターさんの家に行けるって、めちゃワクワクしますね。生活の中に馴染んでいるリアルなFat Lavaを見れるわけですし。

そうなんですよ!暮らしの中にあって、リアルな使われ方をしてるFat Lavaを見るのは、すごく楽しい。私は英語もドイツ語も全然話せないけれど、好きなものが共通しているので、すぐに仲良くなれて信頼もしてもらえます。しかも、みんなオープンだから「家に泊まっていきなよ」って言ってくれる。そこはしっかり甘えさせてもらいますね。私の中での買い付けは、彼らと日常を共にすることが1セットなんです。ただ、自分からは言わないですよ(笑)。あくまでもコレクターさんからの、ご好意待ちのスタンスなので(笑)

コレクターさんを訪問して拝見させていただいた素敵なお宅の数々。皆さん人柄も最高にいいんです。

買い付け&宿泊が1セットって、すごい(笑)。僕はコレクターさんがどんな人か分かりませんが、Fat Lavaを愛してる人はみんな大らかで、心もあったかいんだろうなって感じます。色味は派手だったりしますけど、ぽってり感のあるフォルムとか、質感や表情の豊かさとかからの推測ですが。

みんな素敵な人ばかりですよ。ちなみに私は最初、男性だと思われることが多かったみたいで(笑)。下の名前が敬子なんですが、KEIKOはドイツ人男性の昔の古い名前に似ていて、多かったそうです。フェイスブックもインスタも顔写真ナシでやりとりしていたから、訪れた時に「女性やったんや!」って2〜3回言われました。でも、男性のコレクターだと思われたからこそ、変に気遣いをすることなく気軽に迎え入れてくれたんだと思います。でも、それ以来はちゃんと顔写真を出すようにしました(笑)

そんな出来事も、服部さんの存在を印象深くさせてるのかもしれませんね!買い付けはいつもどれくらい行くんですか?

1ヶ月くらいですね。ドイツ、ポーランド、オランダ、イギリスのコレクターさんのお宅を巡りながら、各地の蚤の市やマーケットでも探したりしてます。コレクターの皆さんは、掘り出し物を見つけるハンターでもあるから一緒に同行させてもらったりも。今はなかなか掘り出し物と出会える機会は少ないですが、マーケットや日用品などの買取ショップなどでもたまに出たりもするので、私も目を光らせてますね。

めっちゃ大変そうですが、Fat Lavaのことを話してる姿を見てるとやっぱり楽しそう。服部さんは、Mark Hill氏の著書『Fat Lava』の日本語訳版も出版されてますが、その経緯についても聞かせてもらえればと。

Markさんは私にとっては雲の上のような存在で、すごく憧れの人。Fat Lavaを世の中に広めるきっかけを作った人なんです。私自身も彼の著書のおかげで知識も深まり、おもしろい世界に引き込まれたので、そんな体験を多くの方にしてもらいたくて。オンラインショップを始めた頃にコンタクトを取って本を仕入れさせてもらいました。でも、英語だから読み進めるのはちょっとハードルが高いと思い、Markさんに「付録として和訳をつけるのはどうですか?」と質問したんです。すると「それをやることは止められないけど、せっかくなら日本語版を出版したら?」と言われました。その時はそこまでの勇気がなかったし、そもそも必要とされないかも…と思ったので、一旦はお断りさせていただいたんです。

付録のつもりが、いきなり出版の提案とは!願ってもないチャンスではありますけどね。

Fat Lavaを広めたい気持ちはありつつも、私自身の中にも不安があったのかもしれませんね。そんな心境からコロナ禍で需要がさらに高まり、お店を始めてたくさんのお客さんと出会うことで、「今ならいける!やっぱり作りたい!」と思い、もう一度Markさんに聞いてみると、「任せる!」と言ってくれて。書籍なんか作ったことのない素人ですが、簡単にできるだろうと思って制作に取りかかったんです。

こちらがMark Hillさんの著書、『Fat Lava Book』を服部さんが日本語訳して、自費出版したもの。写真右は、表紙に使われているFat Lavaの現物です。

服部さん、好きなことには猪突猛進タイプですね。しかも一任してもらえるって、すごく光栄なこと。

でも、書籍作りはそんなに甘くはなかったです。少しの手間でできると思ってましたが、やってる最中に「あれも必要!」「これも必要!」って感じで、どんどんやることが増えていきました。正直、和訳すればOKだと思ってたから…(笑)。英語から日本語に和訳するとテキスト量が1/3くらいになるのでレイアウトも変更しないといけないし、和訳しても校閲が必要だったりで、デザイナーさんや翻訳家さん、印刷会社さんなど周りにいるプロの方々にお願いしまくっていました。例えば、マニアという単語がネガティブワードだから使えないことも、プロに依頼して初めて知りました。

それでもやりきった!実際にはどれくらいの期間で作ったんですか?

お店の設立記念日が1月23日だったので、そこに向けて出版するためには半年くらいしかありませんでした。

わお!(笑)。それはまぁまぁのタイトスケジュールですよ。

そうみたいですね。素人だったので、大丈夫かなと思ってました(笑)

無事に出版できた時、Markさんは何か言ってましたか?

すごく喜んでくれてました。憧れの人の著書を翻訳して出版でき、ご本人にも喜んでもらえて、私もほんと幸せでしたね。もともとMarkさんの著書『Fat Lava Book』は、2006年にイギリスで開催された『Fat Lava展』の図録なんです。この展示をMarkさんと一緒に主催してたGrahamさんからも「おめでとう!今度は『Fat Lava展』を日本でやろう!」と言っていただけたので、私の次の目標も新たに生まれました。期待も込めて言っていただけたのはすごく嬉しいのですが、同じような規模で開催するにはもう少し時間がかかるかもしれませんね。

と言うと?

MarkさんとGrahamさんが2006年に開催した『Fat Lava展』は、世界中からコレクターさんが訪れたそうで、Fat Lavaという造語が最初に登場したのもこの時なんです。

Fat Lavaの数も希少度もすごそうですが、言葉自体が生まれるきっかけにもなってるんですね!それを聞くと、「はい、やりました」的な軽いノリではできない。そもそもFat Lavaという言葉も、昔からあるものではないんですね。

Fat Lavaとは、“肥えた溶岩”。直訳されるそのままに、溶岩のような深い赤色や、流れるようなディテール、そしてざらっとした溶岩石のようなテクチャーが特徴的な陶器を指し、そう名付けられました。生産されていた当時はその言葉ではなく、例えば火山を意味するボルケーノというシリーズ名だったり、1969年のアポロ13号による月面着陸から推測される名称では、ムーンクレーターと呼ばれるシリーズなどがあったんです。今、世界的にFat Lavaとして認知されている陶器は、その時代のドイツ陶器の中の一部のスタイルを表す言葉。特に1960〜1970年代に繁栄し、たくさんのメーカーがこのスタイルの花器を制作していました。しかし、時代の流れとともに1980年代以降には徐々に衰退し、多くのメーカーが廃業したり、生産の方向性を変えてタイルメーカーになったりしていったんです。

写真左は服部さんが所有するコレクションで、溶岩が冷えて固まって花崗岩のようなザラッとしたテクスチャーと、深い赤色が特徴的です。写真右もまさに溶岩のような色味が印象的。
写真左は、現存する陶器メーカー<Otto Keramik(オットーケラミック)>のもの。服部さんが取引の連絡を入れた際、「日本から問い合わせが来たのは40年ぶり!」と言われたそうです。写真右は、陶器の底に記されているメーカー名。ドイツ語で書かれてるのは国内向けに作られたもので、英語表記だと海外向けに作られたものの可能性が高いと教えてくれました。残された情報から当時を考察するのって、なんだかロマンもあります。

そんな歴史があったんですね。じゃぁ、当時の職人さんたちはFat Lavaとして作ってたわけではないと。あの溶岩のような深い赤色をはじめ、すごく明るい色味が多いのは釉薬の影響もありますが、どんな想いで作られていたんでしょうね。

あの頃は第二次世界大戦終戦後で、世界は高度経済成長期でした。人々のエネルギーがあふれてる時期だから、鮮やかな色や奇抜な色が多いのは、人々の想いも反映されていたのではないか。そう推測されてます。そして、ここからは私の推測ですが、コロナ禍の日本でFat Lavaが広まったのも、閉鎖的な毎日に明るさや元気が欲しかったからなのかなと。「あの時はよかった」的な懐古主義や、見たことのない景色に対する憧れ、または鮮やかなものや明るいものを見てハッピーをもらいたい。家の中にいても元気をもらいたい。そんな気持ちが、Fat Lavaに向けられていたのかもしれません。

わぁー、確かにそうかもです。ものとしてハッピー、元気をもらえるというのも魅力ですが、服部さんが言ったような考察をしたり、時代の背景にあるストーリーも深掘っていけるのも、Fat Lavaの醍醐味。それが、おもしろい世界という理由ですね。

日本でもFat Lavaは、興味の持ってる人にはある程度認知されてきました。今、自分視点の推測でFat Lavaのストーリーを追加しましたが、まだまだ解明できてないことも多いので、これからもいろんなストーリーが生まれ、続いていくと思います。だからこそ、おもしろい世界がここには広がっているんです。

協会を立ち上げてNFTにも取り組み、いつかは美術品として楽しむための『Fat Lava展』を日本で開催したい。やりたいこと、まだまだいっぱいあるんです。
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Profile

服部 敬子

大阪生まれ奈良育ち。『kiis』主宰。短大卒業後、アパレルショップの勤務を経て、金属工芸作家として活動。ヨーロッパの金属工芸に憧れてドイツに行った際、たまたまお土産で買ったものが後にFat Lavaと判明する。以来、その奥深い世界に興味を持ち、「Fat Lavaを日本で一番知っている存在になる」と心に決め、探求を続ける。コレクターとして収集する一方で、オンラインショップやSNSで情報を発信し、2020年1月23日にFat Lava & German Art Potteryという名前で専門店を南森町にオープン。2021年1月23日には、Fat Lavaを世界的に広めたMark Hillの著書『Fat Lava Book』の日本語版を自費で出版する。2025年にはFat Lava協会を設立予定で、日本における第一人者としてFat Lavaの普及と後世に残していくための活動に奔走中。お酒と酒場と人が大好き。

https://www.fatlava.net/

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