Interview & Writing
鈴木 直人
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大村 優介
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大村 優介

サプールに憧れて、自分がデザインしたスーツを着てもらうために、単身コンゴまで会いに行った青年、Jin Uehataさん。前編では彼がコンゴに行くまでの経緯を紐解くとともに、「コンゴに到着して30分でパスポートを失くす」という先行きが不安すぎる旅のスタートについてお聞きしました。

後編となる今回はコンゴ旅の続きについて、そしてJinさんが冒険の末に得た教訓について話してもらいました。

「なんかサプールが一人、ホテルに来てた」あまりにも急展開すぎるコンゴ旅

単身コンゴに飛んだJinさん。滞在2日目にして、サプールのサインをもらうことになる。

前編は失くしたパスポートが見つかったところで終わっていました。

その日は部屋に入って寝たんですが、翌朝ロビーに行くと、スタッフが慌てた様子で「おい、Jin!早くスーツ着てこい!」って言うんですよ。なんだろうと思ったら、なんかサプールが一人、ホテルに来てたんですよね。

サプールに会いにきた、という話はしていたんですか?

はい。スタッフの中にウィリアムっていうフランス人の男性がいて、彼にGoogle翻訳を使って旅の目的は伝えてあったんです。自分用のスーツと、サプールに渡す用のスーツを持ってきていることも伝えてありました。

そのウイリアムさんがサプールを呼んでくれた?

いや今だにその真相はわかってないんですよ(笑)。とにかくサプールがいると言われて慌てて部屋に戻り、大急ぎでスーツに着替えました。そしたらもう、滞在二日目の朝サプールとツーショットで写真をとるような状況になってしまって。

Jinさんの人生、いちいち展開が早い(笑)。

写真を撮るだけじゃなくて、色々と話もしてくれたんです。コンゴの人たちはフランス語がわかるので、Google翻訳を片手に必死にコミュニケーションをとりました。

しかもその方はたまたま、日本で開催されたサプールの展示会のチケットに写っていた人だったんです。

奇跡じゃないですか!

僕がその展示会のチケットを持って行っていたので、「これが俺だよ」とか言ってくれて。

そうしてしばらく話していると、ウィリアムがふと「Jinはサプールに会いたくてコンゴに来たんだよね?」と言ってきました。「そうだよ」と言うと、「もう会っちゃったけど、これからどうしたい?」と聞いてくれました。

なんて答えたんですか?

僕としてはもっとたくさんのサプールに会いたいし、自分のスーツを渡したいと思えるサプールにも会いたい、と伝えました。あと、2日後にはこのホテルを出るつもりでいる、ということも。

どういうプランがあったんですか?

最初のホテルはややグレードが高く、資金のことを考えて途中は安い宿に泊まる気でいたんです。でも到着早々パスポートを失くしているので、ウィリアムを始めホテルの人たちには僕がめちゃくちゃに抜けていることはすでにバレていました。

だからウィリアムには「それは危険すぎる。とりあえずこのホテルにいろ」と言われてしまって。

ぐうの音も出ない正論ですね(笑)。

はい(笑)。それと同時に「このホテルにいたら、僕がJinのマネージャーになってやる」と言ってくれたんです。確かにお金の問題はありましたが、安全にお金を惜しむべきではないと考えた僕は、ウィリアムの提案を受け入れることにしました。

加えて、ウィリアムは「Jinは何人のサプールに会いたいんだ?」と聞いてきました。具体的な数字を言えと言われたので、僕は「じゃあ5人」と答えました。するとウィリアムはそのサプールと何か話し合ったあと、「明日5人連れて来られるそうだ」と言ったんです。

またしても急展開!

これまだ2日目ですからね……。でもこれには落とし穴があったんです。当時コンゴではサプールがビジネスになりつつある時期で、この時の「明日5人連れてくる」は撮影依頼に5人のモデルを雇ったみたいなものだったんです。

当然お金もかかる。

ホテルの2週間の宿泊費と、5人に渡すお金を差し引くと、20万円あった資金が4万円になってしまう。ものすごく悩みましたが、「この機会を逃したら次はないかもしれない」と考え、お願いすることにしました。

でもその日の夜、また新しい展開があったんです。

もう目が回りそうです(笑)。

僕が部屋にいると、ロビーから「バーにサプールが来ている」という電話がかかってきました。バーに行ってみると、私服の男たちが静かに談笑しています。その人たちは昼間会ったサプールとは違う派閥のサプールだったんですけど、寡黙で知的で、とにかくカッコよかったんです。

その人たちとも話せたんですか?

はい。しかも昼間のサプールの話をすると、「値段はそのままになってしまうけれど、私たちから彼に話して、その5人とは別の日に私たちとの時間も作ってあげるよ」と言ってくれたんです。

とことんラッキボーイだ(笑)。

偶然に偶然が重なって、本当に順調な旅でした。

そこから先も?

そうですね。その5人と会ってコンゴの街を一緒に歩いたり、ホテルのスタッフに連れて行ってもらってコンゴの観光をしたり、サプールが集まるイベントに参加したり……。途中ちょくちょくトラブルはありましたが、基本は順調でしたね。

ホテルの人たち、本当になんでもやってくれたんですね。

女性スタッフの赤ちゃんを抱くJinさん。

ウィリアム以外のスタッフも本当に良くしてくれました。中にはお母さんのように世話を焼いてくれる女性スタッフもいて、滞在中にその人の家へ行って、赤ちゃんを抱かせてもらったりもしましたよ。

某滞在記みたいなことになってる(笑)。

行く前は「町の人たちはもちろん、ホテルの人たちも信用しちゃいけない」くらいの気持ちだったんですが、今思えばバカだったなと思います。コンゴには本当にいい人しかいませんでした。

最高の形で叶った夢。「正直人生もういいやってなった」

出発の4日前の一場面。Jinさんが心から「自分のスーツを渡したい」と思えた二人と。

でもまだ肝心の「スーツを着てもらう」っていう目標は達成できてませんよね?

それも出発の4日前に叶いました。しかも最高の形で。

というのは?

滞在中、たくさんのサプールに会ったんですが、僕はスーツを渡しませんでした。なぜなら、一番印象に残っていたのは2日目の夜に会ったサプールの人たちだったからです。どうせスーツを渡すなら、彼らに渡したいと思いました。そのことはホテルのスタッフや同じ派閥の別のサプールに伝えていました。

まさか……。

そのまさかで、出発の4日前にケビンとフェロールという2人のサプールが会いに来てくれることになったんです。

当日夕方くらいにホテルに来た2人は、2〜3時間を僕とゆったり過ごしてくれました。用意していた手書きの手紙を渡すと、下手くそなGoogle翻訳のフランス語を一生懸命読んでくれて。本当に紳士な人たちだと思いました。

あまりにもカッコよくJinさんのスーツを着こなすFeroleさん。

肝心のスーツは渡せた?

はい。しかも奇跡的なことに、フェロールにサイズがぴったりだったんですよ!彼が僕のスーツのジャケットを羽織ったのを見たときは、あまりにもカッコよすぎて、わけがわかりませんでした。正直、人生もうここで終わってもいいやって思いましたね(笑)。

しかも別れ際に、彼らから「Jinが日本に発つ前日にも会いに行くよ」と言ってくれて、本当に会いに来てくれたんです。その夜は彼らにクラブに連れて行ってもらい、最高の夜を過ごしました。

翌日の最終日はホテルのスタッフが見送ってもらいながら、コンゴを発ちました。

近い将来、Feroleさんに渡すためのアナザーエディション。

その後もサプールと連絡を取ったりしているんですか?

インスタでつながっていて、たまに向こうからメッセージをくれたりします。実は「カラフルなのも素敵だけど、表地が白黒になっているのも作って欲しい」と言われていて、すでに作っているんです。コロナ騒動が収まったら渡しに行くつもりです。

「感動はどこでもできるんだなって思う」コンゴに行って得た教訓

コンゴでの大冒険を経験したJinさんが、その中で得た教訓とは?

コンゴに行って、自分の中で何か変わったなと思うところはありますか?

一つのことを成し遂げたっていう自信はできましたが、いわゆる「世界が変わった」とかはないんですよね。それよりも「感動はどこでもできるんだな」ということを痛感しましたね。

どういうことですか?

日本への飛行機でたまたま映画の『君の膵臓をたべたい』を観たんです。コンゴでの出来事は確かに感動的だったんですけど、それと同じくらいのレベルでこの映画に感動したんですよ。あまりにも感動して、3回くらい観た(笑)。

めっちゃ観てる(笑)

コンゴでの体験って、日本で暮らしている時の自分からすれば非日常です。一方で、『君の膵臓をたべたい』はめちゃくちゃ日常的な体験です。なのに、ほんとに同じくらい感動しちゃって。この時、大きなことをやると感動しがちだけど、身近にも強く感動できることはたくさんあるんだなって思ったんですよね。

だから昔はあった「有名になりたい」みたいなモチベーションがなくなっちゃって、どこで何をしてても自分らしくいようと思って、めちゃくちゃマイペースに生きてます。

では、今の野望は?

マイペースを貫いていくことかもしれませんね。サプールの人たちが僕のスーツを誇らしく思えるくらい有名になろうと思った時期もありましたが、今はマイペースを貫いた先にその目標が達成できたら理想的かなって考えてます。

【前編はこちら】

Profile

Jin Uehata

1996年生まれ、京都出身。普通科高校を卒業したのち、大阪市立デザイン教育研究所に入学。2年の休学を経て卒業後、フリーランスのグラフィックデザイナーとして生計を立てる傍ら、アート活動を行なっている。

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