Interview & Writing
鈴木 直人
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大村 優介
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大村 優介

真っ赤なハットにピンクのスーツ、ぶっとい葉巻を加えて貧民街を闊歩するアフリカ・コンゴの男たち――サプールに憧れて、コンゴまで会いに行った青年がいる。しかも、自分がデザインしたスーツを着てもらうために。

そんな話を耳にしたMARZEL編集部は「なにそれオモロイ!」と即座にインタビューのアポをとり、グラフィックデザイナー/アーティストJin Uehataさんが活動の拠点にしている尼崎に向かいました。

尋常じゃない行動力を持つ彼は、果たして冒険の末にどんな教訓を得たのか。コンゴに行くことになった経緯も含めて、前後編に分けてたっぷり語ってもらいました。

「何者でもない自分が、何者かになるために」Jin Uehataが自作のスーツを作ったワケとは?

Jinさんはいつ頃サプールを知ったんですか?

最初に見たのは中学2〜3年くらいのとき。ものすごい衝撃を受けました。僕にとってのスーツは、日本人のサラリーマンのイメージが強くて、正直「あんな風になりたくはないな」という反発心の対象でした。

でもサプールが着ているカラフルなスーツはめちゃくちゃかっこよかった。初めてスーツをかっこいいと思った瞬間でした。

それがきっかけでコンゴにいつか会いに行こうと思った?

いえ、その時は「こんな人たちがいるんだ」程度でした。当時絵を描いていたわけでもなかったので。コンゴに行こうと思ったのは、それから何年も後の専門学校時代の話です。

Jinさんは京都の普通科高校を卒業後、大阪市立デザイン教育研究所に入学してますよね。

そうです。僕はもともと飽き性で、人に「君は何ができるの?」って聞かれた時に答えられるようなものが何もない人間でした。

そんな中で高校時代に見つけたのが絵を描くことで、当時所属していたサッカー部のカッコいい先輩に絵を褒められたのをきっかけに「よし、じゃあデザインの学校に行こう」って決めたんです。それが大阪市立デザイン教育研究所でした。でも僕、1年間通ったタイミングで休学するんです。

どうして休学しようと思ったんですか?

いったん立ち止まるためです。専門学校って入学して半年くらいで就職活動が始まるんですよ。就職を前提に入るような学校だったので当たり前だったんですが、普通科の高校を卒業してからようやくデザインの勉強を始めた僕には、そのスピード感はあまりにも速すぎて気持ちがついていけなかった。

「このまま二年生になってもダメだな」と思ってとりあえず休学をしました。

落ち着いて自分を探そう、みたいな。

何もしないわけにもいきませんから、アート活動をしてみようと思って、色々な人に紹介してもらって合同展示会なんかにも参加させてもらいました。

そこで他のアーティストさんの絵を目の当たりにして、僕は2つのことを感じたんです。一つは単純に「すごい絵を描くなあ」ということ。もう一つは「こんなにすごい絵を描いているのに、みんな経済的にキツそうだなあ」ということです。

Jin Uehataのアート作品。

確かに、儲かるか儲からないかで言ったら、たくさん稼げる仕事ではないですよね。

こんなすごい人たちでもキツいなら、自分なんかじゃ何もできないと思いました。何者でもない自分が何者かになるには、強烈にアピールするための“何か”が必要だった。そのとき思い出したのがサプールのスーツのことです。

貧民街を肩で風を切って歩くサプールの姿を思い出した僕はそこで、「あ、そうだ。自分の絵を使ってスーツを作ろう」と思いつくんです。

「ここまで来たら、コンゴ行くしかないやろ」夢が3ヶ月で叶えて思ったこと

「自分が何者かになるには、強烈にアピールするための“何か”が必要だ」と考えたJinさんがとった行動とは……。

スーツを作るとなると、生地屋さんとか仕立屋さんとか、色々大変そうですが……。

でも、この思いつきは結局たった3ヶ月で実現しちゃうんです。

ええ!?

いろんな場所で、いろんな人に「こういう絵を描いてて、それを使ってスーツを作りたくて……」と話していたら、トントン拍子とまではいきませんでしたが、トントントントンくらいのつながりで、 Tailor WW(テーラーダブル)いう出張採寸でスーツを作っているオーダースーツ屋さんを紹介してもらったんです。

生地から作るのでそれなりにお金はかかったんですけど、3ヶ月くらいで形になっちゃった。

周りの反応はどうでしたか?

スーツのインパクトが強烈だったので、みんなシンプルに「スゴイね」って言ってくれました。それまで何をやっても自信を持てなかった僕にとって、ものすごく大きな出来事でした。

スーツをきっかけに「面白いやつがいるぞ」みたいな感じで、いわゆるセレブ層のパーティに呼ばれたりもしました。

すごい!一気に見える世界が変わったんですね。

でもあまりの環境の激変に、またついていけなくなったんです。なんだか怖くなってしまって。冷静になろう、と思って人と会うのをいったん控えるようになるんです。そこで思い至ったのが、またしてもサプールでした。

今の自分があるのはスーツのおかげで、スーツがあるのはサプールのおかげです。もちろんオーダースーツ屋さんなどの協力あってこそのものでしたが、それでもやっぱり原点はサプールにあります。だから「会いたいなあ」「感謝の気持ちを伝えたいなあ」と思ったんです。

原点を確認しに行こう、と。

はい。そこで思いついたのが「コンゴに行って、自分の作ったスーツをサプールに着てもらうこと」でした。日本人じゃこのスーツは似合わないし、モデルさんに着てもらうなら黒人さんに着てもらいたい。どうせ黒人さんに着てもらうなら、サプールに着てもらいたい。「ここまで来たら、コンゴ行くしかないやろ」って思ったんです。

「到着して30分でパスポートが失くなった」前途多難すぎるコンゴの旅

「ここまで来たら、コンゴ行くしかないやろ」で本当に行っちゃったJinさん
(ちなみにこのパスポート、もうすぐ失くします)。

でもコンゴってそんなに簡単に行けるものなんですか?

いえ全く(笑)。情報もほとんどないし、東京の大使館には日本語喋れる人はいないし、お金もけっこうかかります。僕の場合はサプール用のスーツを作るお金も要りましたし。

休学中の専門学校生にはけっこうキツイ。

でも1年くらいバイトしてお金貯めて、なんとか2週間のスケジュールでコンゴに行くことはできたんです。

え、でも情報がないと、サプールに会えないんじゃ……?

まあ、2週間行けばなんとかなるかなって(笑)。でも僕、空港着いて30分でパスポート失くすんですよね。タクシーでホテルに着いた時には、胸にかけてあったはずのパスポートがなかった。

前途多難にもほどがあるでしょ(笑)。

その時は命の次に大事なパスポートを30分で失くしたんだから、2週間いたら確実に死ぬなって思いましたね。僕はもちろん焦ってたんですが、むしろホテルの人たちの方が「こいつマジか」みたいに焦ってました(笑)。

ただ、よく考えればコンゴについてから、動いたのは空港・タクシー・ホテルの3カ所だけなので、ともかく空港に戻ることにしました。すると空港内にある、現地のWi-Fiを使うために必要なSIMカードの販売店のところで無事に見つかって。

どうしてそんなところに?

SIMカードを買うときにパスポートのコピーが必要だったんですが、店員さんにコピーしてもらったまま返してもらうのを忘れてたんです。見つかった時はほっとしてちょっと涙が出ました(笑)。

いやほんとにパスポートあってよかったです。のっけから暗雲立ち込めるコンゴ旅ですが、さてこの先どうなってしまうのか。後編に続きます!

Profile

Jin Uehata

1996年生まれ、京都出身。普通科高校を卒業したのち、大阪市立デザイン教育研究所に入学。2年の休学を経て卒業後、フリーランスのグラフィックデザイナーとして生計を立てる傍ら、アート活動を行なっている。

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