Interview & Writing
六車 優花
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小林 俊史

80年代にリリースされた荻野目洋子のヒット曲『ダンシング•ヒーロー』に合わせて、ワンレン&ボディコンの女性たちがコミカルでキレのいいダンスをする「バブリーダンス」。皆さんも一度は見たことがあるのでは? 大阪府立登美丘高校によるこちらは、2017年にYouTubeに投稿されるや瞬く間に話題となり、数々のメディアに取り上げられました。このダンスを考えたのが、今回インタビューさせていただいた振付師のakaneさんです。現在は<アカネキカク>というダンスカンパニーを立ち上げ、CMやイベントなどの振付を担当するなど多忙な毎日を送る彼女。パワフルな人柄と強い気持ちで未来を切り拓いてきたakaneさんは、一体どんな人物なのでしょうか。その知られざる素顔と今後のビジョンに迫ります!

ダンスを始めたのは3歳の時。幼い頃から目立ちたがり屋で、キラキラの照明を浴びながらステージで踊るのが大好きでした。

まずはakaneさんがダンスを始めたキッカケを教えてください。

保育園のお遊戯会で私がすごく楽しそうにダンスをしていたみたいで、それを見た母親の計らいで3歳からダンススクールに通い始めました。母も私にダンスをさせたかったみたい。これまで習い事は色々してきたけど、こんなにハマって続けてきたのはほんとにダンスだけですね。小学生の頃キッズダンスブームのような時期があって、地元の岸和田には特にたくさんダンススタジオがあったんです。2年に一度、それらが集まって開催される大きな発表会があって。広いステージの上でキラキラの照明を浴びながら踊るのが楽しくて、注目される快感がヤミツキになっちゃいました。

なるほど。その頃から人前でダンスをするのがお好きだったんですね。

かなり負けず嫌いで目立ちたがり屋でした(笑)。もともと背が小さかったからできるだけ自分を大きく見せたくて、人より大きく踊ることがクセになっていたんです。やっぱり真ん中で踊る子が一番目立つので、「私は絶対真ん中で踊る!」という強い気持ちで練習していました。ダンスもそうだけど、小学校で走ったり九九を覚えたりする時も常に一番になりたいと思っていたし。小さい頃から勝負事になるとめちゃくちゃ燃えるんです。

2019年まで府立登美丘高校母校のダンス部を指導をしていたんですよね。それにはどういった経緯があったんですか?

中学校ではダンス部を創設して、高校は登美丘高校に進学してダンスを続けました。その頃から音楽、振付、演出、衣装などすべて私が担当していて。誰にも任せず自分でしたかったから、3年間それをやり抜いたんです。卒業後もダンスの道に進もうと東京の大学で舞踊学を学んでいたのですが、「部活を手伝ってほしい」という連絡を後輩からもらって、夏休みに帰省した際高校のダンス部を訪ねました。今まで全部私が担当していたから、後輩たちもどうすれば良いか本当に分からなかったみたいで。その時は振り付けを一週間で考えてダンスの指導をして、結果的にその代は全国大会まで進むことができました。自分も高校のダンス部では大切な仲間に出会えたし、すごく貴重な経験ができたから、後輩にもそんな体験をしてほしいなと。それを機に、母校のダンス部のコーチとして現場に携わるようになったんです。

時には弱音を吐いちゃうし、それが私。人間らしい姿を知っているからこそ、皆ついてきてくれるのかなと思います。

ご自身がダンサーになるという道も考えたと思うのですが、振付師という職業を選んだ理由を教えてください。

正直大学に入ったばかりの頃は、プロのダンサーになる未来しか想像していませんでした。単純にダンスにまつわる職業を知らなかったのもあるけど、ライブや歌番組の後ろで踊るバックダンサーは華やかでカッコイイし憧れもありました。そう思ってダンスについて学べる学部に進学したんですが、当たり前のことだけどバックダンサーはアーティストより目立ってはいけないんです。誰よりも目立ちたいという思いでダンスをしてきた私には、そのことが少しブレーキになっていました。149㎝という自分の身長も、ちょっとしたコンプレックスで。「だけど人前で踊りたいという気持ちもあるし、これから先どうしていけばいいんだろう」とジレンマを抱えていました。

そんななかで母校のダンス部でコーチをするようになって、初めて自分が作り上げた舞台を客席から観る経験をしたんです。そこで狙い通りの反響があった時、ステージ上で感じる熱気も良いけど客席からの景色も良いなと思って。こういうダンスとの関わり方もあるんだと気付きました。だけど振付師なんて仕事、どんな風にやっていけばいいのか分からないじゃないですか。大きな舞台に出ても、話題になるのは裏方じゃなくステージで踊るパフォーマーですから。そう思いながら指導をしていた矢先、振付師のためのストリートダンスコンテスト「Legend Tokyo」がその年にも開催されることになり。エンタメに通ずる著名な方に審査をしてもらえるし、注目してもらうにはこれで優勝するしかないと思いました。両親も本当にダンスで食べていけるのか私のことを心配していたので、まだ東京で挑戦したい気持ちもあったけど、指導者としての立場に集中するため大阪へ帰ることを決めました。

私が大阪の実家に戻った15年に母校も全国制覇を達成して。その勢いのまま横浜アリーナで開催された「Legend Tokyo」の本戦にも出場したんですが、これがあまり上手くいかなくて。自分自身が照明や舞台の根本的な仕組みを理解しておらず、とても悔しい思いをしました。その後、母校のダンス部の皆に協力してもらって出場した19年の「Legend Tokyo」大会で、念願の優勝を果たすことができたんです。これが振付師としての第一歩だと感じました。

これまでの話を聞いて、akaneさんには人を巻き込んで目標まで引き上げる力があるように感じました。何か意識していることはあるんですか?

何かを始める時、必ず目標を掲げるようにしています。チームのメンバーには、「無理なことは絶対ないからやろう」といつも声を掛けていましたね。鼓舞するために無理矢理言ってるワケじゃなくて、心からそれを信じているから。メディアに出演することも多いので厳しいイメージがあるかもしれないけど、本当の私は弱音も吐くしめちゃくちゃ周りに助けられています。大会直前に振付や音楽、衣装が全然決まってない時だって、皆が「大丈夫」と励ましてくれるんです。その分、ボケても無視されたりイジられたりすることも多いけど(笑)。弱音を吐いちゃう私の人間らしい姿を知っているからこそ、無茶を言って振り回してもついてきてくれるのかなと思います。

akaneさんが手がけるパフォーマンスは衣装も素敵ですが、インスピレーションの源は何ですか?

衣装は全部手作りしていて、好きな音楽や海外のファッションショー、そして本からインスピレーションを受けることが多いですね。なかでも音楽は、両親の影響で80年代の洋楽と60〜70年代の日本の歌謡曲を聴くのが好き。自分自身人と被らない個性的な服を選ぶことが多いから、衣装にもめちゃくちゃこだわっています。大会を観ていると、全員同じ衣装を纏って一体感を出しているチームも多いけど、私のチームは基本全員違う衣装を選ぶようにしていて。ステージ映えするようスパンコールを服全体に縫い付けるのに時間がかかるから、ダンス部の子たちは昼間は練習、夜は衣装作りに奮闘してました。

衣装を買わずに手作りしていたのは、予算を削減するため?

やっぱり全員違う衣装だとお金がかかるんですよね。だから予算の削減という意味もあるし、お金がない中でのやりくりを考えていると大阪人の血が騒ぐんです。「こんな可愛い衣装を安くゲットしたんですよ!」ってつい自慢したくなっちゃう(笑)。以前大阪のオバちゃんをテーマにした作品をつくったことがあって、その衣装選びも楽しかったなぁ。スーパーの端っこにあるブティックで衣装を選んでたら、オバちゃんの店員さんとかお客さんにめっちゃ声を掛けられて。「こんなんエエやん」とか勧めてもらいながら衣装を決めました。

さすが大阪人、バイテリティに満ち溢れていますね(笑)。akaneさんが振付を考える際大切にしていることはありますか?

長くやっていると振付のパターンが定番化しがちなんですが、そうならないよう人生で一度もしたことのない動きを入れたいとはいつも思っています。分かりやすく言うと、今まで使ったことのない筋肉を使った非日常的なダンスです。参考にしている方は、映画監督もしているアメリカ人のボブ•フォッシーかな。斬新で前衛的な動きが素敵なんです。振付も衣装も人と被らない唯一無二なものをつくりたくて。「バブリーダンス」はロングヘアのウィッグ×タイトスカートという組み合わせだったんですが、大会に出場した際「ウィッグが邪魔で踊りにくそうだった」というコメントを審査員からもらって。それが悔しかったから、じゃあ鬱陶しく見えないように踊ればいいやんって思ったんです。それからは常にウィッグを付けて、本番の衣装に近い服を着て練習するようになりました。そういう“踊りにくさ”は努力をすればカバーできるし、それ以上に誰も見たことない新しいものをつくりたいという思いが強かったんです。

“人生で一度もしたことのない動き”を取り入れたダンスを踊ってくれたakaneさん。首ってこんなに曲がるんですね。

現在は9月の舞台に向けて絶賛準備中。ダンスを通して大阪万博を盛り上げることが目標です!

直近で控えている大会などはあるんですか?

直近では9月25日(土)、26日(日)に開催される「Legend Tokyo」の10周年記念公演に招待されていて、4年ぶりに新作を披露する予定です。今は登美ヶ丘ダンス部のOGやアカネキカクのメンバー、新しくオーディションで出演してくれる人を集めて作品づくりをしている途中。ウチのチームは全部で68人が参加します。ほとんど大阪のメンバーだけど東京から参加する子も多いから、オンライン上で意見や動画の交換をしながら日々頑張っています。コロナで大勢の前で発表する機会も減って、フラストレーションが溜まることも多かったので皆張り切ってますね。全員揃ってのリハーサルが直前までできないから心配な部分はあるけど、今は便利なツールもたくさんあるし、ポジティブに捉えるようにしています。

ご自身で立ち上げた<アカネキカク>としての活動はいかがですか?

最近は子供にまつわる企画に携わることが多くて。キャラクターに振付したり皆で楽しく踊れるダンスをつくったり、新しい挑戦って感じで楽しんでいます。朝の情報番組『スッキリ』とタッグを組んだ「ダンスONEプロジェクト」も今年で2年目を迎えました。これは、コロナの影響で思い通り部活動ができない全国の高校生のためのプロジェクトで。練習時間が取れないなか、プロ級の作品に仕上げてくれたり心からダンスを楽しんでくれたり、私も動画を見ると励みになるしパワーをもらえます。ダンス部以外の生徒や地域の方も協力してくれていて、それぞれの特色を見るのも楽しかったです。ダンスって言葉も道具もいらないし、老若男女関係なく楽しめるもの。ダンスの面白さをたくさんの人に知ってもらって、私自身もまだまだ多くの人を楽しませたいです!

最後に、akaneさんの今後のビジョンを教えてください。

2025年の大阪万博まであと3年。大好きな大阪で開催されるこのイベントには、<アカネキカク>も何らかの形で必ず携わりたいと考えています。だって府民をあげて参加できるビッグなお祭りですよ! そこにダンスを通して関わることで、イベントを盛り上げることが目標です。

Profile

akane

大阪•岸和田出身、CMや映像作品などマルチに活動する振付師。3歳の頃からダンススクールに通い、大学生の頃から府立登美丘高校ダンス部の指導にあたり全国優勝へと導く。2015年よりダンスカンパニー<アカネキカク>をスタートし、17年にYouTubeで配信した「バブリーダンス」が話題に。

https://akanekikaku.com/
アカネキカク Youtube

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