『混ぜるな危険』 が仕掛ける<香る晩餐会>は、和食の禁忌に挑む秘密のたくらみ。
「和食のタブーを犯しませんか」って言うから、じゃあやってみましょうかって。(ひかる)
香りをつけるために、最初は本当に木の包丁を作ってたんです。(辰巳)
続いては、料理を担当されたひかるさんと、香る包丁を担当された辰巳さんですね。ひかるさんは、今回協力という形で参加されたと伺っていますが、<香る晩餐会>の話を聞いたときは、どんな感想を持たれました?
ひかる:いきなり「包丁が香るって面白いと思いませんか?」って聞かれてたんです。和食ってそもそも、香水とかにおいのキツいものはダメじゃないですか。お店によっては出入り禁止になる可能性もある中で、料理に香りをつける、むしろ香りをベースにするっていう話をされて。「和食のタブーを犯しませんか」って言うから、じゃあやってみましょうかって。
タブーを犯してしまうことに。
ひかる:面白そうだし、できるできないは別として、とりあえずやってみようと。
香る包丁ってそもそも絶対ダメですよね…。
ひかる:僕ら料理をするときに、食材を切るたび包丁を拭くんですよ、違う香りがつかないように。その逆をやろうとしてますからね。でも、もしそれが相乗効果で美味しくなるのであれば、面白いなとも思いました。
ひかるさんはずっと、和食の料理人をされてきたんですか?
ひかる:和食で修行してきて、12年ぐらいですね。懐石とか割烹の店にいて、今は出張料理をベースにしてます。
絶対に香りをつけてはいけない世界線の人だったんですね。今回の晩餐会のお料理は、ひかるさんが考案されたんですか?
ひかる:実際の料理に変換するのは僕ですけど、コロナ禍というテーマに対して感じたことを共有しながら、香りに置き換えて、最終的に料理という形にして…という流れでした。全員が違う職業なので、和食の献立ってどうやって考えるんですかって聞かれたり、逆に香水の構成ってどんなものなのか教えてもらったり、持ってる知識を出し合ってコースに生かしていくみたいな。料理ができたら試食をしてもらって、什器や盛り付け含めて試行錯誤しながらという感じです。
ふつうに懐石とかの献立を考えるのとは、全然違いますよね。
ひかる:そうですね、冬ならこの素材を使ってこういう料理にして…とか四季は意識しますけど、香りを最初に考えるというのは、やったことがなかったですね。和食という硬い世界にずっといて、そこまで柔軟な発想もできなかったので、無理かなと思った時期もあったんですけど、少しずつ糸口を見つけて、一品できたらまた次へ…っていう感じで少しずつ。
どんなところに苦労されました?
ひかる:僕はこういう企画に参加した経験がなかったので、いちばんはデザインの仕方というか、思いからものを作るということが難しかったですね。閉鎖的な感情といわれて、それってどんな感情?とか、そういうところから考える。食材から入るんじゃなくて思いから入る、そしてその思いがどんな料理になるかを考える。そんなふうに作ったことがなかったので、自分の中でしっくりくるまで落とし込むのが大変でした。
単純に美味しい料理を作るのとは、また違う大変さですよね。
ひかる:伝えないとだめ、料理の奥にこういう思いがあるというのが伝わらないとだめ、っていう考えで料理を作ったことがなかったので。でも、ものを作る上でそれはすごく大切なことだと思ったので、いい勉強になったなと思います。
ちなみに、ひかるさんご自身は、香りがお好きだったりは?
ひかる:むしろ、避けてきました(笑)。 料理には鼻も必要ですし、香水もつけないし、最も香りから遠い人生だったと思います。
では続いて、辰巳さんに伺います。辰巳さんは堺打刃物の柄を作る職人さんなんですね。
辰巳:僕で4代目になります。
辰巳さんは何がきっかけで、『混ぜるな危険』に参加されたんですか?
辰巳:新平さんの『ル シヤージュ』 で行われた<香る夜会>にお邪魔して、その時から何か一緒にしたいですねって話はさせてもらってたんですね。そしたら上村さんに「包丁に香水振ってみたいんやけど」って言われて(笑)。なに言うてるんですか!?ってところから始まって、そこからいろいろ話が膨らんだんです。ふだん技術やクオリティを完成形に向けて磨く修行中の身なので、それと全然違う感覚になったのが楽しくて、それで包丁作りを担当させてもらうことになりました。
包丁はどれぐらいで完成したんですか?
辰巳:一年半ぐらいですかね。いろいろ試して、いまの形にたどり着きました。裏すきと呼ばれる和包丁独特の手法があって、食材と接触する面を減らして切れ味をよくするために、わざと窪ませるんですね。その窪みの部分に、突板という薄い板を接着して、ここに香りをしみ込ませることで、食材に香りが移ってくれるという仕組みです。
なるほど、木は香りをつけるためのものなんですね。
辰巳:木がオイルを吸い込んでくれるんです。最終的に木の板を貼るというこの形になりましたが、最初は本当に木の包丁を作ってたんですよ。
木の包丁!?
辰巳:香りを吸いやすい隙間の多い木材と、食材が切れる硬い木材を組み合わせたり、黒檀とかヒバとかいろいろな木材を検討しました。イタリアからオリーブとかローズウッドとかも取り寄せて、向こうの技術で水が浸透しにくい仕上げにしてもらったりもしましたね。
すごいですね!木の包丁ってそれこそ前代未聞です。ひかるさん、木の包丁の使い心地はいかがだったんですか?
ひかる:正直、厳しかったですね(笑)。すごく尖らせてもらったんですけど、すぐ刃こぼれしてしまって。飾り包丁ぐらいならいけそうでしたけど、お刺身を切るには木の包丁だと厳しいですね。
それで、片面に木の板をつけて、そこに香りをつけるという形状になったんですね。
辰巳:切れ味の問題もそうですし、木の包丁だとこのイベントのためだけで終わってしまうので。この板は煮沸すると接着剤が取れて剥がせるので、普通の包丁として使えるんです。
香る包丁って、まだ世の中にないものじゃないですか。どうやって考案されたんですか?
辰巳:いろいろ調べてわかったんですけど、マグロのお刺身って、ステンレス包丁で切ると、和包丁で切ったときより味とか香りが薄いんですよ。和包丁は鉄と鋼を合わせた金属なので酸化鉄なんですけど、切るときにマグロの鉄分を酸化させて表面を香らせるんです。表面を擦ることで香りが変わるっていう仕組み。それを知って、包丁に突板を付けるという発想につながりました。
全く新しいモノのようで、実は昔から、この素材の包丁で切ったら香りが立つっていうのはあったんですね。
辰巳:あったんです。青物とかも切ってすぐ使うなら和包丁のほうが香りが豊かになるけど、置くと赤みが出るからステンレスで切るとか、料理人さんによって使い分けされるみたいですね。
伝統や歴史から学ぶところもあるんですね。職人の先輩であるお父さまやおじいさまは、香る包丁について何か仰ってましたか?
辰巳:完成したら使わせてな!って言ってました(笑)
包丁に香りを付けるなんて、怒られなかったですか?
辰巳:その発想はなかったわ~って感じで、面白がってくれましたね。わりとファンキーな一族なんで。まわりの包丁屋さんも、めっちゃおもろいやんって言ってくれました。材木屋さんもすごくおもしろがってくれて、香りに関する化学的な本を貸してくださったり。今回はヒノキでしたけど、突板を変えればまた違うものができるでしょうし。突き詰めれば、まだまだ香る包丁の可能性はあるかもしれないです。
混ぜるな危険
2019年に活動を開始。“「香り」で、世界の解像度はあがる”をコンセプトに掲げ、「香り」と接続してこなかった「何か」を繋げていくプロジェクトチーム。京都の『恵文社一乗寺店』にて開催された “匂いで選ぶ”ブックフェア<読香文庫(どっこうぶんこ)>をはじめ、香りとカクテルを掛け合わせた<香る夜会>などのイベントを実施。「香り」を媒体にして、これまで見えなかった価値や世界を、提案している。