Interview & Writing
前出 明弘
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大村 優介

日本で一番若いえべっさんの曾根崎恵美寿神社があって、提灯が揺らめく蜆楽通り。北新地なのに北新地っぽくない異国情緒な雰囲気に魅せられて、「通りたくなる」欲をそそられた人も多いんじゃないでしょうか?そんな艶やかな蜆楽通りが見る影もない10年前、暗〜い路地裏だった時にオープンしたのが生搾りチューハイ専門店の『蜆楽檸檬(ケンラクレモン)』。チューハイと言えば、今でこそ市民権を獲得した大人気のお酒だけど、当時はまだまだ「チューハイ?それってジュースやん!やっぱ、とりあえず生ビールでしょ!」な時代。しかも、場所は北新地だから、やわなフロンティアスピリッツじゃ太刀打ちできない状態だったと思うんです。でも、何を言われてもマイウェイを突き進み、時代が追いついてきたかの如くチューハイ文化を根付かせ、オリジナル缶チューハイまで発売したのが、この『蜆楽檸檬』のマスター、植岡慶さん!オープン当時のことを振り返ってもらいつつ、歩んできた道、この街から発信したいことなどなど、聞いてきました。今夜飲みたい一杯は、きっと生搾りチューハイになるはずです。

北新地で立ち飲み。しかも、生搾りチューハイの専門店。「絶対やっていかれへんで!」って、その言葉で逆に燃えた。

『蜆楽檸檬』は2021年11月3日に10周年を迎えられましたが、まずはオープン当時のお話をいろいろ聞かせてください!北新地の蜆楽通りにオープンしようと思ったキッカケって何だったんですか?

いろいろ物件を見ている中で紹介してもらった一つが、この場所でした。当時は今みたいな提灯もないし、放置自転車だらけの暗い通りだったんです。北新地の人たちも避けるようなディープな通りで、「ションベン通り」と言われたくらい、立ちションする人も多かったみたいで。

その話を聞いてるだけでは、なかなか物件を決める決定打がないような気もするんですが…。

僕自身、路地裏が好きっていうのもありましたし、戦後すぐに建てられた長屋が並ぶ通りだったので、ディープだけど風情も感じたんです。この場所から文化を生み出していきたい、そう思えるような雰囲気でしたね。

ディープな路地裏で立ち飲み。しかも、『蜆楽檸檬』は生搾りチューハイの専門店。ある意味で北新地っぽくない要素が揃ってますが、オープンしてからの反応はどうでしたか?

北新地によく通われている方からは、「北新地で立ち飲み?ありえへん。絶対やっていかれへんで!」「流行らんやろなー」と言われてましたね。生搾りチューハイ専門店ってことにも、ビックリされましたし。後は、このディープな通りにガラス張りの明るい店が急にできたもんだから、「ホステスさんとイチャイチャできへんやんけ!」とか「ションベンできへんやろ!」とか、クレームいただいたこともありました(笑)

2016年の春に創建された曾根崎恵美寿神社。それを機に提灯が吊るされるようになり、道も石畳に。

逆ギレ状態ですが、この通りの利用者からすれば死活問題だったんでしょうね(笑)。でも、店ができたことで治安もよくなったかも。

かもしれませんね(笑)。当時は27歳でしたし、正直勢いだけで突っ走ってたので、いろいろマイナスなことを言われても全然気にしてませんでした。逆に「やってやる!」って気持ちの方が圧倒的に強かったですし、その分おもしろがって応援してくれる人たちもいたので。

北新地だと遊びの達人的な強者の先輩たちもたくさんいます。勢いのある若者には、手を差し伸べる方も多かったんじゃないですか?

僕自身、北新地のことは何も知らない状態でしたし、本当にたくさんのことを教えてもらいました。お客さんや他のお店を紹介してもらったり、いろいろ連れ回してもらったり(笑)。80代のお客さんもいらっしゃるので、この街の歴史についても深く学ばせてもらっていますね。

80代の方もいらっしゃるんですね。さすが北新地。みんな元気ですね。

この街で遊ぶ人はみんな北新地を愛してる人ばかりで、話を聞くだけでもすごくおもしろい。それに年齢に関係なくみんな紳士的だし、どこか品があるんですよ。10年以上この場所でやっててもトラブルなんかないですし、いい人ばっかですね。今では同伴前に来ていただける方、アフター使いしてくれる方も増えてきて、徐々にですがこの街にも馴染んできたのかなと思ってます。

宝酒造さんに「缶チューハイ作りたい!」と冗談半分で言い続けてたら、まさか実現するなんて。

北新地に出店したことを聞いてきましたが、ここからはお店のことについてもじっくり聞かせてもらえれば。そもそも、なぜチューハイの専門店にしようと思ったんですか?

実は物件を契約した時、まだどんなお店をするか決めてなかったんです(笑)。それくらい、まずはこの場所に惹かれてしまって…。

なるほど!でも、飲食業するには場所はかなり重要なポイントですからね。

それで何を始めるか考えてた時、たまたま阪神百貨店の地下にあるジューススタンドで生搾りジュースを飲んだんですが、「コレだ!ここにアルコールを入れよう!」とひらめいて。そこから生搾りチューハイの研究を始めたんです。

完全なゼロスタートですね。フルーツを搾ってお酒を入れて、混ぜるってだけじゃないでしょうし、すごく大変だったのでは?

最初から手探り状態でした。まずは、生搾りフルーツと合うベースのお酒を見つけることからスタート。いろんなメーカーさんのものを使いながら試作を繰り返し、自分の中で「コレだ!」と思えたのが宝酒造さんのものでした。ようやく生搾りフルーツに合うお酒を見つけたとは言え、一歩踏み出しただけの状態。フルーツそれぞれに特長がありますし、搾る力加減やどれくらい搾るかなど、フルーツに合わせたベストな搾り方にまで辿り着くのには、さらに時間がかかりましたね。

フルーツごとにサイズも硬さも違うし、当然味も違う。チューハイとしてベストな味に搾る難しさは、想像以上ですね。

まずは店名にも入ってるレモンから始めて、定番のオレンジ、グレープフルーツなどの搾り方を極めていきました。表皮や果肉部分にも皮があるため搾り過ぎると苦味が出るので、果肉の旨みを最大限に引き出せるポイントの見極めが大変でしたね。バナナは水分が少ないので商品化まで1年かかりましたし、キウイは果肉入りにするための搾り方にちょっとしたコツが必要でして…。それに、リンゴはとにかく硬い(笑)

フルーツに個性があるからこそ、搾り方もさまざまなんですね。ちなみに使ってるフルーツは、やはり国産のものを?

そうですね。国産で無農薬のものをできる限り揃えてます。後は、スポット的に季節ごとの旬のフルーツも登場させていて、岡山のマスカット、愛媛のデコポンとか、いろいろ楽しんでもらえるようにしてますね。

旬のフルーツも生搾りで楽しめるのは魅力的!植岡さんが直接仕入れに行くんですか?

定番メニューはいつもお世話になってる福島の『フルーツショップタマヤ』さんで仕入れてますが、旬のフルーツは生産者さんに直接会いに行って自分で目利きしてます。コロナ前の話になりますが、愛媛県とコラボイベントもしてたんです。産直フルーツで生搾りチューハイを作ったり、愛媛県のイメージアップキャラクター・みきゃんに登場してもらったり、生産者さんを招いたり。この場所と生搾りチューハイを通じて、フルーツのさらなる魅力に出会ってもらうためのイベントでした。本当は愛媛県を皮切りに、全都道府県とコラボするイベントをしたいと思ってたんですが、今は残念ながらコロナの影響もあってお休み中です。

おもしろいですね、それは!普通にカットしたフルーツを味わうんじゃなくて、生搾りチューハイだと意外な発見もありそうだし、お酒の力もあるからとにかく楽しそう。でも、そんな行政絡みのイベントって、どこから話が来るんですか?

お客さんと話す中で、「こんなことしたい!」「あんなことしたい!」っていつも言ってるんです。すると、僕の話を覚えてたお客さんが誰かを紹介してくれたり、話をつなげてくれたりして、いつの間にか目的が叶ってるような状態で。めっちゃ他力本願ですけど(笑)

言霊ですね。やっぱ想いを伝えるのは大事だけど、それが実現してるのは植岡さんの人柄だったり、『蜆楽檸檬』というお店が愛されてるからこそ。

いえいえ。お客さんに甘えてばっかりなだけですよ。

ひょっとして、1月18日に宝酒造さんから発売されたオリジナル缶チューハイ<スーパーレモンサワー>も、そのパターンですか?

はい(笑)。そのパターンです。宝酒造さんがお店に来る度に「缶チューハイを作りたい!」って言ってたら、実現しちゃいました。

こちらが宝酒造から発売された、『蜆楽檸檬』のオリジナル缶チューハイ<スーパーレモンサワー>。生搾りの旨みと風味を再現した味わいで、飲みごたえも十分です。パッケージには『蜆楽檸檬』のキャラクターであるレモン店長も登場!

大企業まで動いたと(笑)。それはマジでビックリです!開発期間はどれくらいかかったんですか?

1年くらいですね。『蜆楽檸檬』としては、監修という立場でプロジェクトに入らせていただきました。生搾りの旨みや風味を缶に閉じ込め、開けた時にその味をいかに忠実に再現できるか。何度も何度も試飲を繰り返して、みんなベロベロになりながら完成までこぎつけました。生搾り感を出すことはかなり難しいんですが、宝酒造の開発の方たちがすごくて、自分としても納得できる味になってると思いますね。

搾りたてのレモンの味が楽しめるってことですもんね!

はい!『蜆楽檸檬』のオリジナル缶チューハイ<スーパーレモンサワー>は、全国のスーパーやコンビニで発売されてるので、ぜひ味わってもらえればと思います!冗談半分で言ってたことが本当に実現したので、お店を10年続けてきてよかったなと。発売した時は、かなり感慨深かったです。

元々はHIP HOPダンサー。ヘルニアを患い、自分の踊りに満足できなくて引退を決意した。

『蜆楽檸檬』を始めてからのお話を伺ってきましたが、それ以前のことも聞きたいなと。植岡さんは、ずっと飲食業界に身を置いてたんですか?

いえ、元々はHIP HOPダンサーをしてて、そこから不動産会社で働き、飲食業での独立を目指してフレンチレストランやバーで働いてました。

えっ!?ダンサーだったんですか?

まぁ、一応は…(笑)。でも遥か昔の話ですし、もう踊れないので…。

いやいや、そこはじっくり掘り下げますよ。ずっと大阪でダンス活動をしてたんですか?

生まれは広島県なんです。MISIAのバックダンサーに憧れて、中学3年の終わり頃からダンスを始めました。当時はダンスやってる子なんかいなかったし、広島の田舎だったので情報もない。ずっとPVを見て独学で練習してたんですけど、東京から戻ってきた先輩が偶然にもダンサーだったから、すぐに弟子入りして教えてもらってました。

20年以上も前だから、広島ではまだまだダンスカルチャーが浸透してなかったんですね。

田舎だったのでなおさらですね。周りはスケーターばかりでしたし、僕以外にはほんの数人の仲間がいたくらい。でも、すごく夢中になって踊り続けてました。それから高校を卒業し、ダンスで成り上がるために東京に出たんです。東京では大きいクラブイベントにも出させてもらったり、マライヤ・キャリーが渋谷でPVを撮るってことでバックダンサーとして呼ばれたり。

10周年記念にお客さんがプレゼントしてくれたという植岡さんのフィギュア。レモン片手にクルクルと回ってます。

すごいじゃないですか!

でも、マライヤ・キャリーがドタキャンして、撮影はなくなったんですけどね(笑)。もし、真面目に来てくれてたら、また人生が変わってたかもしれませんが…。

超大スターですから!気分が乗らなかったんですかね。その後も東京で活動を?

東京でも活動してたんですが、やっぱり肌が合わないというか、街の空気感が自分には合ってないなと思うようになって。地元の友だちも大阪にたくさんいたので、ダンスの拠点を大阪に移すことにしたんです。それから変わらずダンスは続けてたけど、ヘルニアになってしまい、復帰するまでに半年間もかかってしまいました。

半年のブランクは、なかなか大変ですね。

なんとか治療を終え、復帰することはできました。でも、「さぁ、やるぞ!」って思いでメンバーと振り付けを合わせた時、自分だけ足の角度がうまく揃わなかったんです。無意識のうちに腰をかばって動いてるからだと思うんですが、「あ、もうダメだな」と。このまま続けても、メンバーに迷惑をかけてしまう。潔く引退した方がいいんじゃないかと思ってしまって。今考えると小さなこだわりかもしれないし、もっと続けられたんじゃないかと思うけど、当時はほんの少しのズレも許せなかったんです。すごくショックでしたが、自分はここまでだったのかなと。

ダンサーとしてのこだわりやプライドがあったからこそ、自分の動きにも人一倍厳しかったんでしょうね。中学3年から夢中で続けてきたことを手放すのは、相当な勇気と覚悟も必要だったと思います。

心も夢もポキッと折れた感じでしたね。そこからは、知り合いの方が経営する不動産会社で社会勉強も兼ねて働かせていただいた後、飲食業での独立を目指してフレンチレストランやバーで修業し、『蜆楽檸檬』をオープンするに至ります。

なるほど。気持ちの整理がつくまで大変だったかもしれませんが、次のステップに進んだからこそ『蜆楽檸檬』があるってことですね。でも、どうして飲食業だったんですか?

月並みな言葉ですが、やっぱり人が好きだし、常に変化を求めたいからですかね。『蜆楽檸檬』を立ち飲みスタイルにしたのも、人との距離が近いからですし、お客さん同士も仲良くなりやすい。そして、お客さん同士が仲良くなると、空間にまた新たな変化も生まれる。今、『蜆楽檸檬』という空間では、そんな思い描いてたことが現実に起きてるので、すごくハッピーですね。それに何の因果が分かりませんが、働いてくれるスタッフにはダンサーが多い。すごく不思議ですよね(笑)

「この路地裏に来ると何かが始まる!何かと出会える!」そんな風に思ってもらえる場所に、『蜆楽檸檬』をもっともっと育てていきたい。

ダンサーとしての挫折があり、いろんな経験があって生まれた『蜆楽檸檬』。10周年という大きな節目を経た今、植岡さんとして、お店として、これからの夢があれば教えてください!

僕個人としては、働いてくれているスタッフの夢をどんどん手助けしていきたいと思ってます。みんないろんな夢を持っていて、そこを目指しながら働いてくれているので、何とかしてそのキッカケをアシストできたり、羽ばたいていけるサポートをしたいなと。僕自身がこれまでいろんな人たちに支えられてきたので、そろそろ応援する立場にまわってもいいかなと。

めっちゃ素敵です。そんなマスターのいるお店で働けるなんて、スタッフさんも幸せだと思いますよ。

まだ37歳ですけど、元気なうちにそんなことができたらなとずっと考えてます。ヘルニアも患ったし、フルーツを搾り過ぎてヒジもヤッてしまいましたし。

ヒジですか?

今でこそスタッフにも搾ってもらってますが、オープンしてから5年くらいはずっと一人で搾ってたんです。かなりの力作業なんで、ヒジを壊してしまい、病院に行ったら「これは巨人の桑田真澄と一緒やで」って先生に言われて(笑)。ボールは投げてないのに、フルーツを搾って壊れました。もちろん今は治ってますが、まぁまぁ満身創痍なんで、カラダが元気なうちにって感じですね。

毎週日曜日に開催されているイベントの一幕より。DJブースを設置して、毎回いろんなテーマで行われているそう。冬場の赤提灯も風情があるけど、夏場の青提灯もクールです。(写真はコロナ禍前のもの)

人生をかけてフルーツを搾ってるってことですね。『蜆楽檸檬』で生搾りチューハイを飲まれる皆さん、そんな背景も思いながら味わってくださいよ!では、お店としての夢も聞かせてください!

蜆楽通りという路地裏から文化を発信したいという想いでお店を構え、10年やってきました。当時、チューハイと言えば女性が飲むイメージのお酒で、呑んべえの方からすると「チューハイなんて…」と思われていたかもしれません。でも、飲みごたえのある味と生搾りならではのおいしさを届けてきたことで、チューハイ文化を少しずつ根付かせることはできたかなと思ってます。

確かに!チューハイの印象はこの10年で大きく変わったと思いますし、『蜆楽檸檬』がその一端を担ってるなと。

ありがとうございます!また、オープンした11月3日は文化の日。路地裏から文化を発信したいからこその日付なので、その想いをこれからもカタチにしていきたいと思ってます。毎週日曜日には音楽といろんなカルチャーを絡めたイベントを開催してきましたし、「この路地裏に来ると何かが始まる!何かと出会える!」そんな風に思ってもらえる場所に、もっともっと育てていきたい。コロナで大変な時期はまだまだ続きそうですが、この想いを持ち続けて、この路地裏を、この街を盛り上げていきたいですね!

Profile

植岡 慶

北新地の蜆楽通りにある生搾りチューハイ専門店『蜆楽檸檬』のマスター。大阪屈指の歓楽街・北新地にありながら、北新地らしくない異国情緒ある路地裏を盛り上げ、街の文化創生に貢献中。紳士的な出立ちのその内には、元HIP HOPダンサーとしての熱い魂を宿らせている。

Shop Data

蜆楽檸檬

大阪府大阪市北区曽根崎新地1-6-24
TEL/06-6344-2828
営業時間/17:30〜深夜
定休日/不定休

※新型コロナウィルス感染拡大などにより、営業時間・定休日が異なる場合があります。事前にお店までお問い合わせください。

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