その人の思いを丸ごと帽子に込めて。大阪発の帽子ブランド<ブッチャー>の月田翔子さんが秘めたモノづくりへのひたむきなスタイル。
1人ひとりの思い出を丸ごと帽子にする「フクカラボウシ」が話題に。思いがけない化学反応が生まれる職人さんとのセッションに注目しています。
ブランドが広まるきっかけみたいなものはあったんですか?
もともと作るのが楽しくて好きやったから、それだけで満足してたところがあったんです。撮影がファッションショーみたいな感覚で、気合いを入れてカメラマンさんとモデルさんを選んで、作ったものを撮影し終えたら完了みたいな。だからその後に待ち受けている“売る”作業は結構気が重くて(笑)。だけど、それを続けていくうちにアパレル関係の友人がほしいって言って被ってくれるようになって、その周りにも口コミで結構広まって。そのおかげで色んな場所でポップアップができるようになりました。学校の講師と販売の仕事もしていたから、年に1~2回しかできなかったけど。
講師と販売の仕事はいつ頃まで続けていたんですか?
販売は去年までで、今でも講師の仕事は続けています。独立したのは、去年『WHY KNOT』のオーナーのノブさんの勧めがあったから。それこそ、今日もカメラマンとして来てくれている木村華子さんと『WHY KNOT』のノブさんとの出会いが、私にとってはすごく重要だったかも。
その2人が月田さんにとってのキーパーソンだと。木村さんはもともとお知り合いですか?
初めての撮影の時、Instagramを辿って偶然木村さんにカメラマンをお願いしたんです。撮影中、ふと私が「商品を売ったりPRをしたりするのがめっちゃ苦手なんです」という話をすると、「せっかくカッコいいもの作ってるんやから絶対ちゃんとPRした方がいいと思います」って言ってくださって。そこから制作から撮影までじゃなく、PRにもコミットするようになりました。その時のクオリティがめちゃくちゃ良かったことも、ブランドを続ける自信に繋がりました。木村さんには今でもよく撮影をお願いしています。
『WHY KNOT』のノブさんはいかがですか?
ノブさんには普段からアドバイスをもらうことが多くて、初めてポップアップをしたのも『WHY KNOT』でした。これは私の活動の1つ、大切に着ていた古着を帽子にアップサイクルする「フクカラボウシ」にも繋がる話なんですが、旦那さんがめっちゃ古着好きで詳しくて。彼の持ち物にボロボロのバッファローチェックのシャツがあって、私的にはもう捨てていいんちゃうかなって思ってたんです。それを旦那さんに伝えると、「ホンマにエエやつやから捨てんといて」って懇願されて、「着るのは無理やから帽子にできへんの?」って言われてハットを作ったんです。その出来事をノブさんに話したら、「イベントにしてみたら?」って言ってくれて、初めて予約制のイベントを『WHY KNOT』で実施しました。『WHY KNOT』はエコやエシカルの概念が落とし込まれたプロダクトを扱うお店なので、そのコンセプトにも合っていて。「フクカラボウシ」をきっかけに知ってもらえた方も多いので、ノブさんには感謝しかないですね。
「フクカラボウシ」の活動は、TVでも取り上げられていましたね。
そうなんです。朝日放送の番組「LIFE~夢のカタチ~」で活動が紹介されたことを機に、普段は関わらないような方からの依頼が増えて、その中の1つが、防護服の素材を作っている会社からの依頼でした。消防服って1度使うと廃棄しちゃうみたいで、それを再利用できないかという内容で。スタッフさん用で販売はしませんでしたが、素材を使ったキャップを数個制作させていただきました。もともと<FREITAG>のような循環するモノづくりを尊敬していたので、お話をいただいた時、これこそ私がやりたかったことだとピンときたんです。おこがましいかもしれませんが、<ブッチャー>が日本の<FREITAG>と呼ばれるところまでがんばれたら最高ですね。
同じような活動をしている方は他にいらっしゃるんですか?
古着をベースにした帽子を販売している方もいるのですが、私はその人が大切にしている思い出ごと帽子にしちゃうので、古着を集めて作るのとはちょっと違っているのかなと。私は基本、オーダーメイドでしか注文を受け付けていないんです。それこそTVに出演した後、めちゃくちゃ依頼が来ちゃったので、最近はオーダーを制限させてもらっています。1人ひとりの思い出を聞いて、一緒に形を決めて本人の前でカットして、大体の形をその場で作っちゃうから、かなり時間もかかるし大変なんです。「プリント部分をここに持ってきたい」「やっぱり形を変えたい」など、作りながらお客さんの要望に合わせて調整しています。
そんなに丁寧な工程を踏んで作っているんですね。
自分で世話をした野菜ってひときわおいしく感じるじゃないですか。それと同じような感覚で、デザインの過程に自分も参加するって大事やと思うんですよね。出来上がったモノはもちろん、出来るまでの過程も大切にして、そこからまた大事に使ってもらえたらいいなと考えています。
<ブッチャー>といえばこれ!というキャップはありますか?
やっぱりジェットキャップかな。坊主か短髪の方が浅く被ってるようなキャップです。めっちゃ単純なんですが、ジェットキャップを被っている男性が私のタイプで(笑)。たぶんジェットキャップを手作りするってすごくニッチなんですよね。ハットやストローハットの帽子職人は多いけど、ジャットキャップをメインで作っている人はあんまりいないはず。
そもそもキャップって既存のボディがあって、そこに刺繍を施したりツバの色を変えたりするブランドが多いですもんね。
そうそう、形からこだわって作ってるブランドってあんまりないんですよ。私はボディから作れるから、1人ひとりのサイズに合わせられるし、そのぶん帽子のディティールにもとことんこだわりたくて。<ブッチャー>のジェットキャップには、ポケットを付けたりポーチを装着できるようにしたり、バッグのような感覚で使えるようになっています。ジェットキャップは初期の頃から作っていて、本当はこれしか作りたくなかったけど、合わせるのが難しいって言われることが多くて。せっかく興味を持ってくれるお客さんに申し訳ないから、今はシックスパネルのキャップやハットも作っています。その方が帽子職人としての幅も広がるし、だけど基本はこのジェットキャップがメインで、ジェットキャップの可能性がもっと広がればいいなと思いつつ活動しています。
帽子の作り方はすべてご自身で学ばれたんですか?
完全に独学ですね、迷いなく作れるようになるまで1年かかりました。帽子職人さんって作業スペースが平面の平ミシンじゃなく、立体的に縫製できる腕ミシンを使うことが多いんです。通常のミシンだと本当は縫いづらいけど、私は学生時代から使っている平ミシンを使っています。帽子作りをするうえで最初に感じたのが、「これで縫えるんかな」という不安でした。帽子ってツバの部分も硬いし、普通のミシンで大丈夫なのかなって。工夫して縫えるようにはなったけど、通常のキャップの作り方とは全然違うし、作業工程も多いと思います。本当は専用のミシンが欲しいけど、もう17年くらい使ってるから愛着もあるし、これで縫えるならいいかって思っちゃってますね(笑)。今は負担をかけすぎないよう、工程ごとに何台か使い分けています。
ステッカーがいっぱい貼ってあって、月田さんのカルチャーを体現しているように見えます。<ブッチャー>では、デザインから製造、販売まで月田さんが1人で担当されているそうですね。
自分のブランドに憧れていたのもあって、1人でやれる範囲で<ブッチャー>は展開していきたいなと。それが実現できるよう、このアトリエでデザインも刺繍もプリントもできるような環境に整えました。
縫製や刺繍を外注するブランドも多い中で、どうして1人で完結することにこだわるのでしょうか?
父が石川県出身の加賀友禅作家で、着物のデザインや色付けをしているんです。10代から70歳になるまでずっとモノづくりをしていた父の姿への憧れもありますし、やっぱりその血を継いでるんじゃないのかなと。本当は販売だけ他の方に任せて、ずっとアトリエで作っていたいけど、自分の作るモノに愛着があるからこそ手売りを大事にしています。今はポップアップでのみオリジナルを販売していて、少し抵抗はあったけど遠方の人の依頼も増えてきたのでオンラインショップも立ち上げました。企業や知り合いの飲食店から依頼を受けて、OEMのモノづくりも展開しています。
月田さんが好きなファションのテイストについても知りたいです。
高校生の頃は古着が好きで、『Zipper』が愛読書でした。専門学校に入りたての頃は、ロングヘアのカツラとパッツンの前髪ウィッグを着けて通学していて。徐々に『FRUiTS』とか『TUNE』、コレクション雑誌を読むようになって、その後は、ドメブラやハイブランドを好んで着ていました。
帽子の印象もあって、今はちょっとストリート寄りのイメージです。
そうですね。作る帽子や洋服はストリートっぽいけど、足元は外したいっていう思いがあって、メンズライクになりすぎないようドレスシューズやヒールを履くのが定番です。スケボーとかをするならスニーカーを履いてもいいけど、“楽ちんだから履く”のはあんまりカッコよくないんじゃないのかなって。<MIHARA YASUHIRO>で働いていた時に靴のことを色々学んだので、それも踏まえてこんな感じになりました。
定番のジェットキャップ以外でおすすめの帽子はありますか?
変わったアイテムだと、カンカン帽やジェットキャップと融合したオリジナルハットです。今被っているジェットキャップ風のハットは2~3年かけて完成したもの。昔、ハットに憧れてたけど、なかなか似合わなくて諦めたことがあって、気負わず被れるハットが作りたかったんです。頭の部分がキャップやとカジュアルな服装でも被りやすいんですよね。帽子のツバの部分は、他の帽子職人さんにお願いしています。
ハットのツバの部分をご自身で作るのは違うんですか?
作れるとは思うけど、時間がかかってしまうのと、もっと色んな人に帽子を見てもらいたいなって。そのためには、モノづくりへの熱意とこだわりを持つ職人さんとのコラボレーションが1番いいと思ったんです。1人だと化学反応が起きにくいけど、セッションすることで帽子の可能性も広がるかなと。
確かに、想像を超えるモノが生まれそうです。
私も誰かに誘われたらやりたいですし、自分の技術がどんな方向に作用するかワクワクします。音楽も同じく、ソロで活動するのも素晴らしいけど、バンドが入ると大きく重厚感が出ますよね。舞台でセッションするような感覚で、モノづくりの職人さんと一緒に何かを作り上げていきたい。もちろん、撮影をお願いするカメラマンさんやモデルさんにも同じ思いを感じています。
月田 翔子
大阪・富田林市出身。2016年にスタートした帽子ブランド<ブッチャー>のデザイナー。パターンや製法などはすべてオリジナルで、ポップアップを中心にネットでの販売も行う。最近は、思い入れのある洋服をその人にぴったりの帽子へとアップサイクルする「フクカラボウシ」の活動で注目を集める。ブランド名は、愛犬のフレンチブルドッグ“ブッチャー”から。