Interview & Writing
鈴木 直人
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前出 明弘
JunAle
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前出 明弘

みなさんは“刺し子”って知っていますか?今の時代では布に糸で幾何学模様なんかの図柄を刺繍したものを言いますが、もとをたどれば保温、修繕などのために糸で布を補強したものを言いました。

こうやって聞くと単なる手芸の世界の話に聞こえるかもしれないのですが、実はこの刺し子、もっとずっと奥が深いんです。

今日はフリースタイル刺し子アーティストとして、スニーカーに刺し子を施した作品などをInstagramに発表しているJunAleさん(以下Junさん)に、そんな刺し子の深すぎる世界についてお話をお聞きしました。

スポーツウェアデザイン×フリースタイル刺し子、JunAleさんって何者?

まずはJunさんが何をしている人なのか教えてください。

生業はスポーツウェアのデザイナーです。服飾専門学校を卒業してから、留学を挟んで就職して、そのあと独立して現在に至ります。この仕事に携わるようになってから、もう14〜15年になりますね。

スポーツウェアデザイナーと刺し子っていうのがイマイチつながらないんですが……。

刺し子を始めるまでには大きく2つのきっかけがありました。一つは社会に出て4〜5年で「何か作りたい」っていう気持ちが急に高まってきたことでした。多分、服飾専門学校に行くような人はもともとそういう欲求を持っている人が多いと思うんですが、デザイナーとして仕事をするようになると、なかなか手を動かしてモノを作る機会がないんです。だから働くうちに、“作りたい欲”みたいなものが募っていったんです。

もう一つのきっかけというのは?

天然繊維に興味が出てきたからです。スポーツウェアって一部を除くとほぼ合成繊維なんですよ。合成繊維についてお客さんやメーカーさんと話す時って、「この素材は綿より優れていて……」みたいに言うんです。まるで天然繊維が合成繊維に劣っているような言い方をするわけです。でも「本当にそうなのか?」って思って。

1足あたりの製作期間は1〜6ヶ月!?JunAleさんがスニーカーに刺し子をし始めた理由。

最初からスニーカーに糸を刺し始めたんですか?

いえ、最初の頃は古い藍染の生地やボロを使って子供の半纏を作ったり、自分のカメラのストラップをリメイクしたり、というのが最初でした。妻の実家が藍染の産地なんですが、そこで譲ってもらった生地を使ったりして。

刺し子を始めたのはどのタイミングだったんですか?

自分のお気に入りのシャツに穴が空いてしまって、それを繕うところからですね。スニーカーに刺し子をし始めたのも、その流れです。当時自分がハマっていたスリッポンシューズを直したのが始まりです。

スニーカーが好きでたくさん持っていたんですが、スニーカーってちょっとダメージが目立つようになると、なんとなく履かなくなるんですよね。「今日はどれを履こうかな」って思った時に、つい選択肢から外してしまう。でも、刺し子を施したらなんだか新しく生まれ変わったみたいになって、また履くようになるんです。

Junさんがスニーカーに刺し子をするきっかけとなったスリッポンシューズたち。
一時期は「もうスリッポンさえあればいい」と思うほどのスリッポン教信者だったのだとか。

スニーカーと刺し子って、ほぼ対極にあるものですよね。

ですよね。そういうギャップも面白いなと思って、スニーカーを選びがちという面もありますね。

1足が完成するまでどれくらいかかるものですか?

バラバラですね。1ヶ月で完成したものもあれば、3ヶ月とか半年かかっているものもあります。僕はあまり一つに集中して、根を詰めてやるというよりは、他のものにも手を出しながら進めていくので、時間がかかっちゃうんですよね。

「針を刺していると“刺し子ズハイ”みたいなものが来るんです」

刺し子をしている時って、どんなことを考えているんですか?

何も考えていません。もちろん始める前はなんとなく「こんな感じにしようかな」くらいは考えているんですが、いざ手を動かし始めるとハイになって頭が真っ白になっていますね。

刺し子をしていて、ハイになる……?

そう、“刺し子ズハイ”みたいなものが来るんですよ。

つまりJunさんは、一発キメるために刺し子をしている、と?

いや、あの時間は本当にめちゃくちゃ気持ちいいんですよ(笑)。ちょっと“禅”みたいなところもあるかもしれません。

<ニューバランス>の名作996に刺し子を施した作品。くたびれているはずなのにとっても新鮮。

どういうことですか?

禅の中には今していることに集中して、その行為をしている自分がいるということさえ忘れてしまうほどに没頭することで悟りのヒントを得る、みたいな考え方があります。刺し子をしていると、そういう感覚になるときがしょっちゅうあるんですよね。

あとは自分の中のバランスを取るためにも、刺し子はとても役に立っていますね。

何のバランスですか?

なんて言ったらいいのかな……。機械を使った作業やITを使った作業は、自分がやったことが増幅されるじゃないですか。それが悪いとか良いという話ではないんですが、そればっかりだと自分の心身のバランスが崩れてきてしまうんです。一方で、刺し子って10目縫ったら10目以上も以下にもなりません。自分がやったことがそのまま反映される。それが自分にとって心地良くて、バランスを元に戻すのにちょうどいいというか。

「決めないこと、うまくならないこと」刺し子を楽しむための自分ルール。

Junさんにとっての、刺し子を楽しむためのルールがあれば教えてください。

大切にしているのは“決めないこと”ですね。僕の刺し子は基本的に柄物はやらなくて、ずっと真っ直ぐに刺していくだけなんです。というのも図面を作って、布にチャコペンできれいに写しとって、という作り方をすると、その図面に自分が縛られてしまって、楽しくなくなっちゃうんです。

ちょっとでもズレたりすると、「失敗した!」って思ってイヤになってしまうから、ということでしょうか?

そうですね。そういう「失敗した!」みたいな雑念が入ると、さっき話したみたいに没頭することができないんです。だから本当にざっくりとだけ決めて、あとは感覚的にやってみて、途中でズレたり、ちょっとおかしくなっていたりしても、そのまま淡々と刺していく。これはとても大切にしている姿勢ですね。

アトリエに無造作にかけられたボロやキャップにも刺し子が。

途中でズレたりしたら気にならないんですか?

「あ!」って思うときはありますよ(笑)。でもそれでも突き進んでいくと、あるとき「これはこれでアリやな」と思える瞬間が来るんです。「失敗した!」と思って諦めていたら残念な失敗作にしかならないんですが、やり続ければ復活するものなんですよ。だから気にしない。

あとは“うまくならないこと”も意識していますね。

うまくならないんですか?

確か岡本太郎さんの言葉だったと思うんですが「うまく作る必要なんかない。うまく出来た作品なんて、面白くもへったくれもない。かまわないから、どんどん下手にやりなさい」というものがあります。

刺し子も上手くなっていくと、機械で作るものに限りなく近づいていきます。当然、それはそれで素晴らしい技術です。しかし僕の場合、生業のスポーツウェアのデザインで機械による大量生産品を扱っていることもあり、どうせアナログな刺し子という営みをするのなら、上手にまとめた作品を作るより、未熟でも自分らしいものを作りたいと思っています。だからうまくなってこじんまりしないように注意しているんです。

「刺し子はモノの“価値”を教えてくれる」JunAleさんが刺し子を通じて伝えたいこと。

Junさんが刺し子を通じて伝えたいことはありますか?

「刺し子はモノの“価値”を教えてくれますよ」ということ、ですかね。僕はモノの価値って二階建てになっていると思っていて。

どういうことですか?

1階はいわゆる手間とか素材の価値です。例えば効率を重視しまくって作ったシャツと、1枚を1人の職人が細かい部分までこだわり抜いて作ったシャツとでは、かかっている手間が違います。あるいは希少価値の高い素材を使ったり、作るのが難しい素材を使ったりすれば、そのぶんモノの価値は高くなります。

2階部分の価値は?

2階はそれ以外の価値です。例えばアート作品って、手間とか素材だけでは価値を測れませんよね。美しさとか佇まいみたいな、はっきりしないものに価値があるものですから。でもこれはアート作品に限らず、世の中に価値を認められているモノの多くには、手間とか素材以外の価値が含まれているものなんです。

刺し子が施された<ナイキ>のスニーカー。よく見るとソールの模様とステッチの模様が同じ。

なるほど。でもそれがなぜ刺し子とつながるんですか?

例えば3万円のシャツについて「このシャツはこういう生地を使っていて、こういう工場で縫製をしているから3万円なんです」と言われると、なんとなくわかった気になりますよね。でもこれって、何もわかっていないのと同じだと思うんですよ。自分の手を動かして作ってみたわけじゃないから、肌感覚のレベルでは理解できていません。

一方で、さっきも話しましたが、刺し子は10目刺したら10目しか進みません。何かモノを作るという行為を、自分の手で体感できるんです。もちろんそれだけで全てのモノの価値が分かるわけではないですよ。でも、少なくとも1階部分の理解は深まりますよね。

すると全然手間がかかっていないのに、高い価値があるとされているモノに出会ったときに、1階部分と2階部分の価値を切り分けて考えられるようになるんです。

「手間や素材の部分は置いておいて、じゃあいったいどこに価値があるんだろう」みたいに考えられるということですか?

そうです。デザインの力なのか、“世界限定10個”みたいな希少性なのか、あるいは「超人気女優着用アイテム」といった誰かが使ったことによる価値なのか、みたいな。刺し子はこういう感覚を磨く手軽な営みだと思っています。

「ハイテク素材×刺し子」「MA-1で裂織り」JunAleさんの“作りたい欲”はまだまだ尽きない。

「今後こんな作品が作りたい」という計画はありますか?

今は警備員の方や、スポーツウェアに使うような光を反射する生地や、蓄光性のある糸などのハイテク素材を使って刺し子をしたらどうなるかなと思って、あれこれ試している最中です。

あとは裂織りという、古い布を細く割いて横糸にして、麻糸などを縦糸にして布を織る手法があるんですが、これをMA-1やアウトドアブランドの超ハイテク素材でできないかなと考えています。

どちらも現代の技術と古くからの技術が掛け合わせられているんですね。

そうなんです。どんなものができるか、今から楽しみですね。

現代の技術が詰まったスニーカーに施される、刺し子という昔ながらの手仕事。
Junさんの作品は、過去も今も肯定して、次代の価値観を切り拓こうとしているようにも見える。

最後に、このインタビューを読んでJunさんに直接会いたいと思った人はどうすればいいか教えてください。

今はいろいろと大変な時期ではありますが、コロナと向き合いながら世界に向けて作品を発信するための展示や販売などを考えているところです。もし興味を持っていただけたのなら、ホームページから問い合わせていただけたらと思います。

それは楽しみですね!今後のJunAleさんの活動に期待が高まります。本日はありがとうございました。

Profile

JunAle

フリーのデザイナーとして大手スポーツウェアメーカーのデザインを手がけるかたわら、スニーカーなどに刺し子を施した作品を制作するフリースタイル刺し子アーティストとしての顔も持つ。笑いジワが最高にキュートなナイスガイ。

https://www.junale.life

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