「関西では勝てなかったから、東京に飛び込んだ」 丸尾丸一郎さんが、『Vol.M』大阪・和歌山公演に込めるもの。


東京ではバイトをしたくないから、週6で路上パフォーマンスをするって決めてたんです。

ここから丸尾さんご自身のお話も聞かせてください。『劇団鹿殺し』は2000年の結成ですが、お芝居を始めようと思ったきっかけは?

高校時代に文化祭で、ピーターパンを新喜劇風にするっていうお芝居をやったんです。高校生にありがちなふざけた舞台ですけど、でもそれがすごく楽しかったんですよ。で、大学生になってバスケ部に入ろうとするんですけど、とても通用しなさそうな感じで。そのときにふっと思い浮かんだのが演劇だったんです。だから、高校時代の楽しかった思い出で、演劇サークルのドアをたたきました。

演劇少年だったというわけではないんですね。そこから、劇団を旗揚げするまでになったんですか?

サークルの1年後輩だった、菜月チョビに声を掛けられたんです。僕はすごく削ぎ落とされて美しい作品が好きだったんですけど、チョビの演出する作品は賑やかでガチャガチャしてて。でもお客さんはすごい盛り上がるんです。で、チョビから、「私にないものを丸尾さんは持ってる、だから一緒に劇団を作ったらすごいと思うんです」って言われて。JTBの内定をもらってたんですけど、チョビとならやってみようかなと思ったんです。でも親に「頼むから食わず嫌いやと思って働いてみて」って言われて(笑)。JTBに入社して働きながら劇団をやって、1年経ってやめました。

2000年の就職氷河期にJTBに就職して、1年でやめてしまうなんて……

でも楽しかったです。サラリーマンの金曜日の楽しさも経験できたし。すごく自分の身になってます。営業をやっててわりと成績も良かったんですけど、2年目から活躍するには旅行に対する情熱が僕はなさすぎるなと思って。だから、いいタイミングだったと思います。

退職されてからは、劇団一本で。先ほど「関西では勝てなくて、東京に飛び出した」と仰っていましたが、関西時代はあんまりだったんですか?

全然でした。本当にお客さんが少なくて。旗揚げ公演はつかこうへいさんの作品を関学と神戸大学の学内でやって、1,000人くらい集客できたんですけど、いざ外の劇場に出たら100人。チケット代500円ですよ?それで100人って。僕がオリジナル作品を書き始めてからもずっと200人とかの状態が続きました。

転機になったのは、唐十郎さんの『津波』という作品で。神戸駅近くの公園で観たんですけど、客席が老若男女いろんな人が笑ってるんですよ。そしてパッとテントが開いたら、唐さんがバーッと自転車に乗って来た。その姿がかっこよくて。あ、劇場でなくてもいいのかって。路上パフォーマンスやろう、と思ったんです。

路上パフォーマンスを?

学生の頃から、集客のためにパンツ一丁で歌いながら自転車に乗ったりしてたんで。実際に路上パフォーマンスをやり始めたら、どんどん客層が変わって、自分たちの知らないお客さんが増えてきたんです。
初めて東京公演をするときも、3週間前に東京に入って、メディア周り、劇場周り、大学周りにチームをわけてパフォーマンスをやりました。そしたら、すごい人脈が広がって。もうこれは東京に行こうと思いました。

それが東京行きのきっかけになったんですね。

最初は僕一人かなと思ったんですけど、チョビも当時の劇団員も行くっていうので、じゃあみんなでってことになって。全員でなんとか100万円をかき集めて、50万円でハイエースを買って、50万円で東京の一軒家を借りて、7人で上京しました。

劇団ごと東京に拠点を移したと。東京ではどんな活動を?

東京ではバイトをしたくないから、週6で路上パフォーマンスをするって決めてたんです。何をしてたかって、いちばん近いのは、一世風靡セピアみたいな。めちゃくちゃ踊れるわけじゃないけど、がんばればキレは出せるんですよ。あとは、音楽がかかってパッと見たら、マルイのビルのエレベーターをフレディ・マーキュリーが降りてるとか。五差路の真ん中とか、街のいろんなところにフレディ・マーキュリーを出現させたりして、警察にも何回も怒られました。

(笑)。その結果、集客にもつながりました?

2年間やってるうちに、東京ではどんどん増えました。しかもその頃に、古田新太さんがライブハウスに作品を観に来てくださったりとか。関西で演劇やってる間は、古田さんのような役者になれる道筋が見つからなかったんですよ。でも東京に来たら見えたんです。だから僕は、これはもう続けていこうと思いました。

ダメで止めるのではなくて、こうすればいいんじゃない?って広げていかないと、表現の幅がどんどん狭くなって、どれも同じになってしまう。
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Profile

丸尾 丸一郎

大阪府出身。作家、演出家、俳優。2000年、劇団鹿殺しを旗揚げ。家族や仲間・夢と現実といった普遍的なテーマを、等身大の言葉と叙情的な歌詞を用いて、独特の世界観で描き出す。代表作である「スーパースター」は第55回岸田國士戯曲賞最終候補に選出された。作・演出として、OFFICE SHIKA×Cocco「ジルゼの事情」、秋元康プロデュース劇団4ドル50セント「新しき國」「ピエロになりたい」などを手がける。脚本家としては「下北沢ダイハード」(テレビ東京)、「マジムリ学園」(日本テレビ)、「福岡美人がゆく!」(NHK福岡)、などが挙げられる。また、脚本を手がけた映画「Gメン」(監督 瑠東東一郎/主演 岸優太)が、2023年 第97回キネマ旬報ベスト・テン 読者選出日本映画賞で1位に選ばれる。

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