遊ぶ・住む・働くを結集させ、味園ビルと共に過ごした24年の月日。COSMIC LABがこの場所から生み出した空間表現は、これからも拡張していく。
COSMIC LABを法人化した時の登記も味園ビルだったし、ここには僕らのいろんなものが詰まっている。

味園ビルにあったクラブ『MACAO』の立ち上げにも関わっているとのことでしたが、どんな経緯があったんでしょうか?
C.O.L.O:VJとして活発に動いてた時期があったんですが、その時に友人が「味園ビルがヤバイ感じになろうとしてるから紹介したい」と言われて、支配人の竹原さんとお会いしたんです。
高良:僕はC.O.L.Oとは大学の同級生で、卒業後はヨーロッパを放浪して、いろんなカルチャーと出会う旅をしてました。彼の活動を手伝ったりもしてたので、そのタイミングで僕も一緒に行ったんですよ。
C.O.L.O:これから『MACAO』になるスペースを見せてもらい、「ここをクラブにできたらいいねんけどなぁ」と竹原さんに言われて、これは絶対におもしろくなると直感しました。VJとしていろんなクラブを見てきたし、アメリカのバーニングマンにも毎年行ってたので、商業的に作られた既存のものではなく、ゼロからクリエイションすることで生まれるものがあるなと感じたんです。竹原さん自身も同じ感覚でしたし、「大阪はもちろん、日本にもこんな場所はないから、クラブにしたいねん!」という言葉に、僕らも乗っからせてもらいました。2001年11月に初めて内見して、翌年の1月26日に『MACAO』はオープン。DIYで一気に作り上げ、サウンドシステムもイベントごとに全て持ち込みというのが『MACAO』の特長でした。だからこそ、イベントやオーガナイザーごとにこだわりが出せて、何もないからこそ作り上げられる空間が完成したんです。味園ビルに注目してる人が少ない頃だったし、そんな時に出会えたのが大きかったなと。
高良:例えばブロックパーティーなど、海外では何もない場所にいろんなものを持ち込んで空間を作っていく文化があるんです。そんなことが大阪のど真ん中でもできるんだと思うと、もう興味しかなかった。だから、先ほども少し話しましたが、気づいたら住むようになってたんです。

住んでたのは、上階のホテルの部分にですか?
C.O.L.O:そうですね。特別許可をもらい、ホテルの一室に住まわせてもらってました。もちろん家賃は払ってましたが、当時はかなり格安で。
高良:僕らが入った時は、バックパッカーの外国の方が2~3組くらい住んでましたね。
C.O.L.O:多分、味園ビルと繋がりがある人やったんでしょうね。海外のゲストハウスとかに集まりそうな、ちょっと変わった感じの人が住んでしました。

『MACAO』の立ち上げを手伝い、そこで自身のイベントもして、電気部でバイトもしながら住んでいる。先ほども言ってましたが、2人にとっては本当にこの場所が日常だったんですね。活動の進化や成長も、まさに味園ビルとともにって感じで。
C.O.L.O:味園ビルの社長から「アートギャラリーもすればいいのに!」と言われて、自分も興味があったので『Galaxy Gallery』を2階(後に1階)で始めたりもしました。家賃も売上に応じた形で配慮してもらえたから、チャレンジしやすかったんですよ。当時はまだ個人でしたが、2006年頃からCOSMIC LABという屋号でライブのDVD制作と販売を手がけるレーベル的な活動もしてて、2013年に法人化した際の登記もこの場所でした。
当時はレーベル的な活動もしてたとのことですが、現在のオーディオヴィジュアル表現へと活動がシフトしていくのには、どんなきっかけがあったんですか?
C.O.L.O:BetaLandというVJユニットの名義で年間100本くらいのVJを10年ほど続けていたので、自分の中でのオーディオヴィジュアルの原体験はそこにあるんです。その次のフェーズに『MACAO』があり、2007年に閉店するんですが、今回の味園ユニバースと同じように「どうやって終わらすか」が僕らの想いでした。ラストイベントは僕らの『FLOWER OF LIFE』で、最後の1ヶ月間は毎日『MACAO』に通って装飾もしてて、その時にイベントオーガナイズをやり尽くした感じがあったんです。クラブイベントなどのフォーマットから少し外れたところに目を向けたいこともあり、活動の軸が『Galaxy Gallery』へとシフトしていきました。ギャラリーを通じていろんなアーティストとの出会いも多く、僕自身で言えば、メディアアートやプロジェクションマッピングなど、ツールを自分たちで開発するカルチャーがあることを知れたのが大きかったですね。どんどん情報をインプットし、自分の活動の中に取り入れることで、COSMIC LABとしての活動もオーディオヴィジュアル表現へとシフトしていきました。

そうやって表現が進化していく中で、COSMIC LABとしての軸はどこに据えているんでしょうか?
C.O.L.O:COSMIC LABとしては、クリエイティブと技術開発がビジネスの軸になります。『FINALBY( )』もそうですが、「今こんなことができればおもろいやん!」とか、オーディオヴィジュアルやライブヴィジュアルを表現する時の「こんなものを形にしたい!」という、衝動を具現化することが一番大切なこと。それをビジネスにも展開していく感じです。僕らの表現が社会とコミットできることを実感できるにつれて、自分たちの作品表現だけではなく、クライアントワークも増えていきましたね。

なるほど。誰も真似できないような表現があるのも、その由縁ですね。ちなみに、これまで手がけてきた仕事の中で、特に印象に残っているものがあれば教えてほしいです。
高良:僕らは意識や感覚の拡張を空間表現として伝えていくんですが、高野山のプロジェクトは特に印象に残っています。高野山のシンボルの一つでもある根本大塔に向けて、3Dプロジェクションマッピングとレーザーの投影を行ったんです。20名以上の僧侶さんが神聖な儀式を行う中で、彼らの声と映像と光が共鳴しながら拡張していく演出に、全国各地から集まった多くの方々が手を合わせていました。その光景を見た時は、目には見えないものが結晶して特別な空間となり、あの世とこの世の境目がなくなったような感覚に。もう10年も前の仕事ですが、僕自身も忘れられない体験でしたね。
C.O.L.O:味園ビルに関連づけるとすれば、高野山のプロジェクトですね。実は、『MACAO』でやってた僕らのレギュラーイベント『FLOWER OF LIFE』をきっかけに仲良くなったデザイナーがいて、その子の友だちが高野山の僧侶だったんです。高野山御開創1200年を迎える2015年に特別な儀式がしたいということで話を聞かせてもらうことになり、実際に仕事として受けることになりました。『高野山1200年の光』というプロジェクト名も味園ビルで決めたし、リハーサルは『Galaxy Gallery』を使っていたから、すごい縁が繋がっているんですよ。
味園ビルと高野山は、繋がっていたということですね。なんか、すごいです。
C.O.L.O:1年くらい準備してましたが、ずっとドキドキしてましたね。ほんまに世界遺産にレーザーをぶっ放してもいいのか、高野山にめちゃくちゃ怒られるんじゃないのかって。でもね、僧侶の方から「高野山真言宗の哲学的な考えで言えば、どんな事も極めていくと真ん中の本質的な部分に辿り着く。人それぞれ個性もあるが、どんな角度から中心を見据えたとしても、行き着く先は真ん中の本質的な部分だ」みたいな話を聞いて、怒られることを考えるよりも、やりきることを大切にしようと思ったんです。やりきると、必ず伝わるだろうなって。ただ、プロジェクトリーダーの僧侶の方は、相当な覚悟だったと思います…。
高良:実際には反対されている方もいたようですが、最終的には「次世代のコミュニケーションの方法として、真言密教の世界、深淵普遍の宇宙観の片鱗をお伝えできたのでは」と、お墨付きも高野山からいただけましたし、最後はすごく喜んでくれました。
C.O.L.O:僧侶の方からは、「もし空海が1200年後に生きていたら、絶対にマッピングとかレーザーをやってるはずですよ」って言われました。プロジェクト中は、正解が何か分からなくなる時期もありましたが、ほんまチャレンジしてよかったなと思いますね。

COSMIC LAB
ダンスフロアから世界遺産までを舞台に、新しいオーディオヴィジュアル体験を通じて、意識や感覚の拡張を探求するミックスメディアプロダクション。革新的でアンダーグラウンドなクラブ、パーティーカルチャー、アートシーンに精通し、幅広く柔軟な発想をもとに活動を展開する。アメリカ・バーニングマン発、大阪・味園ビル経由のアートパーティー『FLOWER OF LIFE』が起源。代表のC.O.L.O(写真右)とプロデューサーの高良和泉(写真左)は大学の同級生。