遊ぶ・住む・働くを結集させ、味園ビルと共に過ごした24年の月日。COSMIC LABがこの場所から生み出した空間表現は、これからも拡張していく。

大阪・ミナミを象徴する存在として、約70年異彩を放ち続けてきた味園ビル。昨年末には2階のテナント営業が終了し、「味園が本当に無くなる!」という事実にたくさんの人が悲しみました。そして去る7月5日(土)、日本最大のキャバレーからミュージックホールへと変わった味園ユニバースのフィナーレ公演を最後に、全館の営業が終了。その公演を託されたのが、COSMIC LABによる『FINALBY( )』でした。彼らが味園ビルと関わりを始めて24年、およそ四半世紀にも渡ってこの場所を拠点に活動してきた中で何を感じ、何を生み出してきたのか。COSMIC LABのC.O.L.Oさんと高良和泉さんに、フィナーレ公演をはじめ、味園ビルや味園ユニバースでの思い出、そしてこれからの活動について話を聞いてきました。取材の日は、ビルの解体に備えて味園ユニバースの撤去工事が始まった日。いろんな歴史と文化が詰まった場所で、想いを巡らせながら話す彼らの視点は、未来を見つめていました。

味園ビルとは付き合いも長いし、僕の中では擬人化されてるんです。「最後に何するねん?」みたいな問いかけを感じていましたし、試されてるような感覚でした。

『FINALBY( )』が味園ユニバースのフィナーレを飾る公演となりましたが、C.O.L.Oさんと高良さんはどんな想いを込めていたんでしょうか?

C.O.L.O6月29日に赤犬、6月30日に渋さ知らズオーケストラが客演として最後のイベントを行い、僕らが7月5日に『FINALBY( )』を行いました。支配人の竹原さんからは「どのイベントも本当に良かった!赤犬や渋さ知らズは祝祭やったし、『FINALBY( )』は未来だった!」と言ってくれたんです。自分たちのイベントを通じて、未来を見たと言ってもらえたのは本当にうれしかった。

味園ユニバースの楽屋にて。写真左がCOSMIC LAB代表のC.O.L.Oさん、右が高良さん。

C.O.L.Oさんたち自身も、未来を見せたかったと。

C.O.L.O:味園ビルに対して昭和のロマンとかを感じる人は多いですが、この場所はCOSMIC LABの拠点でもあるので、僕らにとっては日常なんですよ。だからこそ未来というか、感傷的になるよりもこれからの先を見せたかった。味園ビルに影響を受け、その魅力にずっとやられてきたので、今なら何ができるのか。先を見据えながら考えた公演でしたね。

高良:公演としては、7月2日から『味園大宇宙展』を始めて、最後の5日は『FINALBY( )』で締めるスケジュールでした。展示は後から決まったものですが、『FINALBY( )』はBOREDOMSの∈Y∋さんとの現在進行形プロジェクトで、常に新しい表現にチャレンジしたものを発表しています。それで締めくくるからこそ、懐古主義ではなく、一番最新を詰め込んだ新しい表現を届けたかったんです。

C.O.L.O:味園ビルとは付き合いも長いし、表現が難しいけど僕の中では擬人化されてるんですよ。約70年この街に根差して歴史や文化を見守り続けてきた存在だから、「最後に何するねん?」みたいな問いかけを感じていましたし、見られてる、試されてるような感覚もありました。

なるほど。それは背筋もピンと伸びるだろうし、C.O.L.Oさんたちだから感じる緊張感もありますよね。∈Y∋さんとも色々と試行錯誤して公演内容を決めていったんですか?

C.O.L.O:『FINALBY( )』の初公演は2021年のフジロックなんですが、当時はコロナ禍で味園ユニバースも通常稼働してなかったので、フロアでテストさせてもらったり、泊まり込んで作業させてもらってたんです。だから、『FAINALBY( )』の誕生にも由縁してるし、この場所の影響は少なからず受けています。∈Y∋さんをはじめ、メンバーそれぞれにいろんな伏線やストーリーがあるから、そういった部分も紡ぎ合わせながら公演内容は決めていきましたね。

その話を聞くと引き寄せというか、『FINALBY( )』とこの場所の巡り合いをすごく感じます。

C.O.L.O:それもありますね。でも、僕らと∈Y∋さんと味園ユニバースの関係で言うと、さらに遡った縁があるんです。2002年に味園ビルにオープンしたクラブ『MACAO』で、僕らは『FLOWER OF LIFE』というイベントを開催してて、そのレジデンツが∈Y∋さんでした。当時の味園ユニバースはまだキャバレー営業をしてたんですが、「こんなすごい空間でパーティできたらヤバいな」と思ってたら、大晦日と元旦だけなら使っていいよと言われて。それで2002年から2003年にかけるカウントダウンイベントを開催したんです。1000人限定のチケットはソールドアウトで、カウントダウンの指揮は∈Y∋さんにお願いしました。その頃の味園ビルは、2Fのテナントが2〜3軒しか営業してない状態で、『MACAO』の誕生が次のオルタナティブな文化への橋渡しとなり、新たな世代が集まり始めたんです。その扉を開いたきっかけの一つが味園ユニバースでのカウントダウンイベントというのが、僕の中ではあるんですよ。しかも∈Y∋さんと一緒にやったし、今回は扉を閉める儀式を∈Y∋さんとした。

7月5日(土)に行われた『FINALBY( )』の模様。終始圧倒される空間表現でした。

始まりと終わりの役目を担ったと。それはきっと、必然なんでしょうね。こんな話を聞くと感傷的にはならないと言いつつも、感慨深さなどはあったと思いますが、当日はこの空間をどう見て、どう感じてたんですか?

高良:感傷的になるよりも、やりきった感が強かったですね。最後の儀式を全うできたという想いがありました。公演後も22時まではお客さんに残っていただき、それぞれで最後の味園ユニバースを楽しんでもらいましたし、関係者はアフターパーティ的な感じで結局朝まで残ってました。『MACAO』で昔やってたイベントのミックスCDをかけたりして、弔いではないですが、今までやってきたことが最終的にあの7月5日に回収されていく。そんなストーリーを感じた時間でした。

C.O.L.O:当日、会場にいた人は気づいたかもしれませんが、最後の最後に味園ユニバースの照明が『FINALBY( )』の演出の一部になっていました。僕ら自身も、味園ユニバースで見たことがない光景を最後に作りたかったんですよ。普通は許可が出ないんですが、電気部の方々に全面的に協力していただき、『FINALBY( )』のシステムと組み合わせて制御させてもらいました。ネオンをあれだけ高速で点滅させると飛んでしまう危険もあるし、営業ができなくなってしまいますが、現状復帰が条件ではないので最後にやらせてもらったんです。最後の最後まで、味園ユニバースが進化というか形を変えていくところをみんなと目撃できたし、人間で言う寿命みたいな最後の姿をみんなで見送ることができたかなと。そこに対しては、感慨深い部分もありましたね。

味園ユニバースの名物とも言えるネオンが、フィナーレ公演の日だけ高速で点滅するという演出も。

あんな高速で点滅するネオンは、今までの味園ユニバースで見たことがなかったです。

C.O.L.O:普通はあんな使い方しないですからね。

高良:僕らからしたら、逆にできるんや!って感じもありました。

味園ユニバースが鼓動してるというか、生きてることを実感した瞬間でもありました。

C.O.L.O:メンバーでもネオンの点滅が心電図に感じるような話もしてたし、何か生命現象としての電気と照明があり、そこに音も連動させてました。通常はL・Rのステレオだけですが、あの日はスピーカーを4台プラスしてたので、計6チャンネル使ってたんです。惑星の形をした照明が12個あり、それが光るとそこから音が鳴っているような感覚も感じてもらえたと思います。その取り組みも味園ユニバース初だったし、最後だけど照明や立体音響で初の試みをしてたんですよ。

お客さんたちも口々に「すごいものを見てしまった」と言ってました。最後だけど今まで見たことがない新しい味園ユニバースの姿を目撃できたことは、この場所としても、ひとりひとりの記憶としても、未来への系譜になっている気がします。その一方で、『味園大宇宙展』は、これまでの歴史を知れる体験でした。高良さんがナビゲートする楽屋ツアーでいろんな話を聞かせてもらいましたが、あの知識はどこで得たんですか?

高良:僕らが味園ビルと出会ったのは2001年でした。クラブ『MACAO』の立ち上げから関わり始め、改装の手伝いをする流れで味園ビルの電気部でバイトしたり、自分たちのイベントをしたり、そして住むようにもなったり(笑)。長い時間を過ごす中で、このビルにはどんな歴史があるのかどんどん気になっていったんです。

『味園大宇宙展』の楽屋ツアーでは、高良さんが当時のエピソードを語りながらナビゲート。

『味園大宇宙展』の楽屋ツアーでは、昔のポスターやチラシがいっぱい貼られていましたが、あれはきちんと保存されてたものなんですか?

高良:たまたま発見したんです。味園ビルの6Fに閉ざされた空間があったんですが、そこに顔を突っ込んで覗いてみたら、雪崩れ落ちたように床から30センチくらい資料が積もってて(笑)。電気部の上司からはいろんな歴史の話を聞いてましたが、その証拠や事実となる資料だったので、見つけた時はかなり興奮しましたね。味園グループはビルだけじゃなくて、昔はあべのプールを経営してたとか、創始者は『味楽』という食堂をしてたとか、戦後に起きたパラダイムシフトの10年後にこんな大きなキャバレーが完成してたとか。僕自身が味園ビルに対するクロニクル的な知識を持ちたかったから、どんどん調べていくうちに詳しくなったんです。

知らないことの方が圧倒的に多いですし、きちんと味園ビルの歴史を話せる人がいて、それを知れる機会があったのはとても有意義だと思いました。

高良:キャバレー時代を知ってたり、イベントで味園ユニバースに来たことがある人もいますが、そうでない人もたくさんいるので、ワンドリンクでこの場所を見に来れる機会を作りたかった。それが『味園大宇宙展』を企画した理由です。楽屋ツアーも全日完売しましたし、キャバレー時代のポスター、ミュージックホールへと変わってからのイベントのポスターなどを貼り付けた楽屋は、今までの流れがわかる格別な空間だったと思います。

COSMIC LABを法人化した時の登記も味園ビルだったし、ここには僕らのいろんなものが詰まっている。
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Profile

COSMIC LAB

ダンスフロアから世界遺産までを舞台に、新しいオーディオヴィジュアル体験を通じて、意識や感覚の拡張を探求するミックスメディアプロダクション。革新的でアンダーグラウンドなクラブ、パーティーカルチャー、アートシーンに精通し、幅広く柔軟な発想をもとに活動を展開する。アメリカ・バーニングマン発、大阪・味園ビル経由のアートパーティー『FLOWER OF LIFE』が起源。代表のC.O.L.O(写真右)とプロデューサーの高良和泉(写真左)は大学の同級生。

https://cosmiclab.jp/

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