ファサードには枯山水!メイドインジャパンのモノづくりを愛する『DENCHU』田中宏章さんが魅了される、モノと人、そしてそこにある物語。


お店の数を増やしたいとかは思ってなくて、メイドインジャパンのお店をやる上で、いろんな作り手さんやお客さんと、つながりができたらいいなっていうのはありますね。

田中さんのセンスみたいなものって、どういうところで培われてきたんですか?

洋服はずっと好きだったんですよ。中学高校の頃から好きで、高校生になったら部活もせずにバイトして、ほぼ洋服に使ってました。洋服から入って、それに派生するカルチャー的なものを学んでいくみたいな感じだったんですけど。

高校生の頃は何を着てました?

めちゃめちゃB-BOYでした(笑)

そうなんですね!

その頃流行ってたんで。当時のB-BOYって、NBAのユニフォーム着て帽子かぶるみたいな感じだったと思うんですけど、あれが嫌だったんですよ(笑)。あのゴリゴリな感じがすごい嫌やって、ポロとかそういうスポーツカジュアルみたいなのを着てました。あえて王道を外したい人で。エアフォースワンをみんな履いてたから絶対履かへんとか。

王道は行きすぎない。

めっちゃあまのじゃくなんですよ。高校生の時からそんな感じでしたね。

洋服が好きだったのがあって、アパレルに業界に?

アパレルで働いてましたね。高校を出て大学に行ったんですけど、一瞬でやめました。インテリアとかにも興味があったんで芸大の建築科にいったんですけど、まわりと比べてどう背伸びしても勝てんなと思って。じゃあ洋服の仕事をしようって感じで働き始めました。

アパレルのお仕事は、やっぱり合ってました?

接客も好きでしたし、好きな洋服を安く買えるし、願ったり叶ったりでした。

接客はもともとお好きだったんですね。

そうですね。アパレルに勤めてた最後の3~4年より、お店を始めてまだ1年も経ってないですけど、今のほうがいろんな人と会えるので、めちゃくちゃ面白いですね。お客さんだったり、作り手さんだったり、日々新しい人と出会えるんで面白いです。

ネットで何でも買えますけど、実際にものを見たり、話を聞いたりして買うのって、また全然違いますよね。

前情報なしで「これ何?」っていうドキドキみたいな。それがいちばん面白いじゃないですか。昔、僕が洋服を買ってた頃のセレクトショップって、その感じがけっこうあって。そういうことが起こるといいなって思いますね。セレクトショップっていう響きに、思い入れがある世代なので。

昔のセレクトショップっていうのは、本当にその人のセンスでセレクトしているっていう。

そうですそうです。そこの店員の兄ちゃんがいいって言ってるから、買いますわみたいな(笑)。そこまではいかないとしても、予期せぬものと出合うっていうのはあるかなと。

予期せぬものとの出合い、いいですね。ちなみに、プライベートで今ハマってらっしゃることとかありますか?

猫と遊ぶことですかね。奥さんが飼いたいっていうから飼い始めたんですけど、溺愛してます。

名前は何ていうんですか?

サミロウです。柚木沙弥郎さんという染色家の方がいらっしゃって、つい先日、101歳くらいで亡くなられたんですけど、京都のAce Hotelのロゴを作ったのがこの人なんです。あれ沙弥郎フォントっていうんですよ。

愛猫の名前の由来となった柚木沙弥郎さんにまつわる書籍。

その方が名前の由来なんですね。Ace Hotelのロゴ、すごく素敵ですよね。

あれくらいの感じがかっこいいなと思うんです。めちゃくちゃ和を出してるんじゃなくて、でも京都らしい雰囲気もあって。日本で創設するなら和の感じを入れよう、土地のものをちゃんと入れようみたいな。

田中さんのセレクトするアイテムも、メイドインジャパンではあるけれど、「いかにも和」みたいじゃないほうがお好きですか?

おっしゃる通りで。「実はこれ、メイドインジャパンなんや」って日本の人にも思ってほしいし、若い人にも知ってほしいなと思いますね。
あと、自分がいろいろなものを浅く広くやりたがるっていうのもあって。きちんとルールを固めておかないと、とっ散らかるなと。だから、ちゃんとメイドインジャパン縛りで。

これからのお店の展望って、どんなふうに考えておられます?

店舗を増やしたいとかは思ってなくて、いろんな作り手さんやお客さんとつながりができたらいいなっていうのはありますね。日本メイドでまだ埋もれているものを探し出したり、ものは作れるけどセールスはあんまりみたいなところとタッグを組んでオリジナルを作ったりとか。そういう展開ができたらいいなとは考えてます。

山形のお店の方が良くしてくださったように、ここを通じて出会いやつながりが生まれたりとか。

あると面白いですよね。お店をやってる意味があるかなって思います。

会社勤務のときは10年先の自分が見えてしまったとおっしゃっていましたが、いま新しいことを始められて、ご自身の将来のイメージってどんな感じですか?

ゆくゆくは都会じゃないところに行きたいですね。40代は都会にいて、50代は都会じゃないところに行きたいです。なんとなく。

お店は大阪市内にありつつ、お住まいはどこか郊外にみたいな?

いや、お店ごと持っていく感じですね。多分50代になったらやらないですね、ここでは。遠くに行きたいです(笑)。遠くでも面白いことできそうだなって。

それは、日本を一周していろんなところを見たからですか?

それもありますね。すごいなと思ったのは、山形に水田ホテルってあるんですよ。水を張った水田に、建物が反射して映り込むんです。ただ田んぼしかないところにホテルを建てただけと言えばだけなんですけど、これはすごいアイデアだなと思って。

写真を見ると、水田に浮かんでいるみたいに見えますね。

この土地の人にとっては日常の風景ですけど、こういう持って行き方をしたら、いわゆる映えるじゃないですか。これを見たとき、このアイデアはすごいなと思いました。

最後にお聞きしたいんですが、お店の名前は田中さんの音読みの「デンチュウ」からきてるんですか?

それはそうなんですけど、ちゃんとした意味は、電信柱の電柱って英語で「ユーティリティポール」って言うんです。ユーティリティって有益性とか有用性とか公益性みたいな意味があって、そういうのが集まる場所みたいな。だからロゴは、電信柱をイメージしています。

電信柱がモチーフだったとは!ネオンもすごくかわいいですよね。

ネオンかわいいですよね。あれは、ただ付けたかったってだけですね(笑)


<田中さんのお気に入りのお店>

玄道具店(大阪市北区池田町)
うつわ屋さんというか、個人作家の作品を取り扱ってる生活雑貨のお店で、うちで扱ってるカトラリーとかもこちらのお店で初めて知りました。女性のオーナーさんなんですけど、この方のセンスとかセレクトがすごく好きで。うちのお店づくりのヒントにもなった、とてもいいお店です。

pyroc(大阪市西区新町)
この前一緒にイベントをしたコーヒー屋さん。センスもいいし、コーヒーも美味しい。オーナーさんが20代なんですけど、すごく人間ができてるなって思って。前職では20代の人と絡む機会も少なかったので、印象深いです。ようできた子や~!って(笑)。

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Profile

田中 宏章

神戸市出身。岡山県の児島に本社を構えるアパレルメーカーに約16年勤務した後、「made in Japanがある暮らし」をコンセプトにしたライフスタイルショップ『DENCHU』を大阪・北堀江にオープン。カトラリーやグラスなどのテーブルウエアのほか、インテリア、日用品、食品など、自らがセレクトしたアイテムを取り扱う。コーヒーや国産ワインが楽しめるカフェも併設。

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