ヒロトとマーシーに導かれて、20歳で落語の道へ。レコードと古着を愛する桂九ノ一さんが夢中になる「古典落語」の魅力。


落語をあんまり知らんと弟子入りしたんで、落語おもろい!って気づいた時は膝から崩れ落ちましたね。

Photo:依藤寛人

修行中の生活はいかがでしたか?

しんどかったです。今まで生きてきた世界とはまるっきり違うし、怒られた経験もなかったので。

内弟子さんだったんですか?

そうです、最初は住み込みで。朝起きて師匠にご挨拶して家のお掃除をして、お稽古つけてもらって、師匠の仕事に鞄を持ってついて行くっていう日常。でも、ハードコアバンドでベースを弾いて、カンテグランテでチャイを淹れてた人間に務まるわけもなく。わりと早々に、ちょっと僕この世界向いてないと思うんでやめさせてくだいって言うたんです。

もう落語家になることを諦めようと?

でもそれがえらいもんで、師匠が「多分あなたはこの世界に向いてないことないし、どっちか言うたら向いてる。ほかの世界に行ってあなたが周りに迷惑かけるのは私も嫌やし、この世界におったらどうですか」って言うてくれはったんです。それがほんまに、すごい衝撃で。普通、去る者は追わずじゃないですか。師匠が止めてくれなかったら、僕は今ここにいないです。

幼稚園も小学校の文集も、将来の夢は“お笑い芸人”。「なりたいじゃなくて、なるもんやと思ってました」

すごく懐の深いお師匠さんですね…!では、そこからは住み込みではなく通いに?

はい。一般的に修業期間は3年ぐらいなんですけど、うちの師匠の場合はネタを20本覚えるという決まりやったんです。東京やったら20本ってそんなに多くないんですけど大阪は膝稽古で、師匠と膝を突き合わせてきっちり一から十まで教わるんで、それを20本覚えるっていうのはなかなか時間がかかりまして。僕はもう4年半ぐらい通ってました。

落語を知らない状態でのお稽古は、大変ではなかったですか?

落語がまだピンときてなかった時は大変でした。でもだんだん落語に魅了されて、途中から、ああ落語っておもろいやん!って気づいて。

落語家になってから気づいた?

そうです、落語おもろい!って気づいた時は膝から崩れ落ちましたね。ほんまに発見がいっぱいあって、プレイする時は頭めっちゃ使いますし、同じセリフも呼吸や言い方、音程ひとつで全然違う。それを毎日考えながら舞台に出す、舞台に出ながら考えるっていう感じです。

2022年夏に開催された「第8回 上方落語若手噺家グランプリ」予選会では、『正月丁稚』を披露(Photo:依藤寛人)

九ノ一さんは創作落語ではなく、古典落語をされるんですよね?どんなところに、古典落語の面白さを感じておられるんですか?

古典落語の笑いって、普遍的なものなんです。頭で考えるものじゃなくて、感情に訴えかけるというか。偉い人が失敗して面白いとか、アホな奴が賢い奴を困らせるのが面白いとか。江戸時代とかほんまに古い話もあるんですけど、残ってるってことは面白かったり、伝わりやすかったから残ってるんやと思うし、いま聞いても全然おもろいです。

お笑いマニアだった九ノ一さんから見ても、古典落語は面白いものだったんですね。

おもろいのがあるんですよ、これが。びっくりしましたね。おもんないのもありますけど。でもそれも、僕がやったらおもんないけど、違う人がやったらおもろいとか、落語にはそういうことがあるんです。

それこそ、若い人に落語をする時って、時代背景も言葉も違うし、なかなか伝わりにくいんじゃないかな…と思うんですが、その辺りはどう感じておられますか?

出てくる言葉は古くても中で語られてる物語は普遍的やから、そこはもう自分が面白いと思ってる話が伝わるように、一生懸命やるだけです。確かに、ザルはいかき、おでんは関東煮(かんとだき)、お尻はおいどとか、今は使わない言葉も出てくるんで、若いお客さんの時はちょっと付け加えます、「紙入れ、いわゆる財布ですね」みたいな感じで。それだけでもぜんぜん伝わり方が違うんで。

九ノ一さん自身が面白いと思っているからこそ、同世代の若い人にもそれが伝わるのかもしれないですね。

僕はいつも入門する前の、ボロボロの501を履いてた、あの当時の自分がわかるように落語をしたいなと思うんです。あの時の僕が面白がってくれるものをやりたいっていう気持ち。落語にそんな興味がなくて、むしろちょっと古いぐらいに思ってた自分に届けたいって思ってます。

夏フェスとか、コインランドリーとか居酒屋とか、立ち飲み屋のアイランドキッチンで落語やったこともあります。

MARZELの2周年イベントでは、心斎橋PARCO地下2階の『TANK酒場』で『牛ほめ』をやっていただきましたが、ああいう場所でやるのはどんな感じなんですか?

すごい燃えますね。パルコみたいに落語と接点のない場所でやると、僕は古典落語の面白さを届けるためにやってるんやなっていうのはすごく感じます。

MARZEL2周年イベントでは、心斎橋PARCO地下2階の『TANK酒場』に高座を設置。(Photo:依藤寛人)

あの場所で『牛ほめ』って、なかなかすごい組み合わせですよね。寄席とは違う場所は、やりにくくはないですか?

僕、「普通はこんなとこでは落語できへん」って言われるところでやるのワクワクするんです。これまでも夏フェスとか、コインランドリーとか居酒屋とか、立ち飲み屋のアイランドキッチンでやったこともあります。

アイランドキッチンで落語! ちゃんとしたホールとかじゃなくてもいいんですか?

いいんです、どんな場所でも、一回相談してください。どんだけざわざわしてて声が届きにくい場所でも、とりあえず行かせてもらいたいです。

どんな場所でもいいんですか?

ほんまにあかんかったら言いますんで(笑)。僕まだ若いしすべってもいいし、プライドもないし、ウケへんかったら泣きながら帰ったらええだけの話やから。家で寝ててもしゃあないし、体が空いてるなら、どこにでも行きたい。お客さんに落語を聞いててもらう機会というか、落語ってこんなおもろいねんで!っていうのを伝える機会が欲しいんです。

でも、落語に興味のない人の前でやるのって、すごく大変ですよね…。

もうね、一生懸命やるしかないんです、そういう場では。小手先の技術は通用しないし、意味をなさない。とにかく真剣に「届けーー!!」っちゅう想いでやることが会場に伝播して、なんとかこっちを向いてもらえる。だんだん聞いてくれはる。

そういう場で演じる時も、古典落語をされるんですか?

そういう場こそ、自分がおもろいと思ってる古典落語、自分にとってのストレートをしっかり投げたいという気持ちがあります。パルコのお客さんとかね、多分同世代やと思うんです。同じようなテレビを見て音楽を聴いて育ってきた人間が、古典落語をやって、いまこんな感じになってますっていうのを見てもらいたいですね。同世代が落語に触れる機会がないからこそ、僕が外へ出て行って、落語に興味を持ってもらえる機会を作りたい。

だから、「普通は落語できへん」と思われる場所にも行かれるんですね。

そういうとこで鍛えられるとね、寄席ですべることがまあなくなります。みなさん最初から、こっち向いて座ってくれてはりますから。パルコはビール片手に立ってる人しかいなかったですから(笑)

落語というものをフランクに楽しんでもらえたら。やってるこっちがこんな感じですから、何も気にしてもらわんでもいいんです。
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Profile

桂 九ノ一

1995年 11月7日生まれ。大阪府立箕面高校卒業後、2016年3月1日、桂九雀に入門。「上方落語若手噺家グランプリ」第6回・7回決勝進出。天満天神繁昌亭など寄席への出演のほか、自身のイベント「ラクゴ・ラモーン」を開催。

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