新しいカルチャーを確立したい。「泊まれる演劇」の発起人・花岡直弥さんに聞く、その魅力と楽しみ方、これからのこと。
大阪と京都に拠点を持つ「HOTEL SHE,(ホテルシー)」が手がけるプロジェクト「泊まれる演劇」ってご存知ですか?キャッチーなフレーズが耳に残るこちらは、ホテルを利用した宿泊型のイマーシブシアターです。「イマーシブ……?それって一体何なの?」とハテナを浮かべた方も多いかもしれませんが、イマーシブシアターとは“体験”を重視した演劇ジャンルの1つ。「HOTEL SHE, KYOTO」は、今年の6月3日から7月5日までの約1ヶ月間、ホテルのフロアや客室をすべて貸し切り、演劇の舞台として利用するという(かなり)攻めた試みを行っています。座って観る通常の演劇とは違ってキャストに付いて館内を回り、そこで起こる出来事を体験しつつ、時には役者と会話をすることもあるという異質すぎるコンテンツ。チケットは軒並み完売するなど、演劇好きの間でも話題となっているんです。「気になることが多すぎる!」と興味を持ったMARZEL編集部が、発起人の花岡直弥さんにインタビュー。「泊まれる演劇」の魅力やおすすめの楽しみ方、今後の展望について伺いました。新しいカルチャーってこうやって生まれるのかな……という考えがふと頭を掠める、そんな取材でした。ぜひ読んでみてください!
※本公演のチケットはすでに完売しています。
「泊まれる演劇」=宿泊型のイマーシブシアター。空間全体で世界観を味わえたり登場人物と実際に話したり、インタラクティブな演出が魅力。
今日はよろしくお願いします!まず、今回の取材のテーマでもある「泊まれる演劇」とは、一体どんなコンテンツなのでしょうか?
大阪と京都に拠点を構える「HOTEL SHE,(ホテルシー)」がプロデュースする宿泊型のイマーシブシアターです。イマーシブシアターとは、日本語で“没入型演劇”や“参加型演劇”と呼ばれる演劇の手法の1つ。客席と空間が分かれている通常の演劇とは異なり、空間全体を舞台として扱ったり、お客さんが登場人物の1人になったりする“参加型”や“体験型”というニュアンスが含まれます。ニューヨークやロンドンではすでにポピュラーになりつつありますが、日本ではまだまだマイナーなジャンルです。それを僕らならではの強みを生かして宿泊型に落とし込み、ホテルブランドのオリジナルプロジェクトとして取り組んでいます。
「泊まれる演劇」が抱えている劇団がいらっしゃるんですか?
毎回オーディションで役者をキャスティングをしていて、美術、音響、照明もフリーランスの方とチームを組んで進めています。基本的に固定のキャストはいないので、そこが普通の劇団とは少し違うのかもしれません。「泊まれる演劇」の正式メンバーは、2019年のスタート時から僕だけで、先日やっと新たなメンバーが加入して2人になりました。
直近では、6月3日から7月5日までの約1ヶ月間「HOTEL SHE, KYOTO」で上演されていましたね。今回の作品について教えてください。
ストーリーの大筋はミステリーです。ここ「HOTEL SHE, KYOTO」を架空のモーテルに見立てて、そこで展開するストーリーにしました。宿泊者となるお客さまが、モーテルの閉館パーティーにお呼ばれするという設定で。最後のパーティーを楽しむつもりでお客さまが足を運ぶと、どうやら閉館の理由が単なる老朽化などではなく、とある事件がきっかけらしいということがわかってきて。今日が最後の日だから、みんなで事件を解決しようというアクションが生まれるんです。お客さまそれぞれがヒントを探し出して探偵のもとを訪れ、手がかりを少しずつ集めていく。モーテルで起こった事件を、みんなで力を合わせて解決する物語です。
物語はどんな風にスタートするのでしょうか?
ホテルのエントランスにかかっている真紅のカーテンをくぐると、そこがモーテルのパーティー会場になっていて、お客さまの入場と同時に物語がスタートします。お客さまには役者に付いて館内を回りつつ、エキストラのような形で物語に参加してもらい、役者の様子を眺めたり実際に話したりしながら事件のヒントを集めていただきます。通常の演劇では、上演中にお客さま同士で会話することなんてほとんどないと思いますが、「泊まれる演劇」ではお客さまとキャスト、お客さま同士のコミュニケーションが必要不可欠。会話をしないことにはストーリーが展開しないので、より深い没入感を味わっていただけます。
単に“観る”だけではない体験ができるんですね。脚本などはどなたが考えているんでしょうか?
細かい台詞や演出はプロの脚本家さんと組み立てますが、「モーテルにしたい」「ナイトラウンジにしたい」「こういうストーリーラインにしたい」というコンセプトは僕が最初のアイデアを出しつつ、脚本家さんや美術家さんなどチームみんなで考えていきます。あまり前例がないというか、近いことをやっている方がいないので、試行錯誤をしながらチーム全員で作り上げている感じです。観客役の関係者さんを入れたテスト公演で調整することもあって、「ここ伝わりづらいから変えようか」とお客さま側の反応で決めることも多いですね。公演ごとにセリフも違っていたりアドリブが多かったり、キャストが館内を移動するルートが変わることもあって。かなり自由度が高い演目なぶん、その場その場で展開が変わる生き物のような一面があります。
「泊まれる演劇」の魅力はどういった部分なのでしょうか?
ホテルに対する僕ら自身の思い入れの強さもありますが、ホテルを舞台にしているところは魅力の1つですね。一泊二日と滞在時間も長く、飲食が絡んでいたり客室を舞台として使えたりするので、一般的な体験型イベントに比べて重厚的な演出ができるんです。
座っているだけで物語が展開する映画と違って、僕らが作っているものは、お客さんが入ることでようやく物語が進み始める。それも「泊まれる演劇」の魅力なのかもしれません。1公演20名のお客さまに対し、キャストが12名とかなり多めなので、必然的にインタラクティブな演出が多くなるんです。空間全体で世界観を感じられたり登場人物と実際に話したりできるので、たまたまホテルに来て事件に巻き込まれたような感覚になれると思います。まるでお客さま自身が演者になったような体験ができるのも、映画や舞台、演劇との違いなのかな。演技をするわけでもないし、セリフを覚えるわけでもないですが、気付いたら演技をしている状態になっている。自分も登場人物の1人に、エキストラになっているような感じですね。普通に過ごしていて、俳優のような体験をすることってあんまりないと思うんです。だけど「泊まれる演劇」の時間だけは、いつもと違う新しい自分になれる。それもおもしろいかなと思います。
お客さんが入り始めたら、花岡さんはどういったことをするのですか?
完全に裏方に回っています。運営をしている日もありますし、キュー出し(演者に対する指示)をすることもあります。LINEグループに「今こういう状況です」というのが流れてくるので、「この場所に行ってください」「こうしてください」と指示を出すこともあります。
LINEを使ってやりとりを!なんだか「泊まれる演劇」が一気に身近になりました(笑)
3つほどLINEグループがあるのですが、これが動き出したらみんな注目!っていうトラブルが起きた時専用のものもあります。キャストはもちろんホテルのスタッフもみんな入ってて、結構カオスな感じですね(笑)
この状況はヤバいぞ!みたいな時もあるんですか?
その日のお客さんによってストーリーの展開が変わるので、基本ヤバいことしかないですね。事件を解決するための証拠が集まらないのは全然ヤバくないレベルで、お客さんが美術を壊しちゃったり熱中しすぎてタイムラインをギリギリまで押しちゃったり……。ラストのシーンでお客さんが熱中しすぎて、「この事件は解き明かしちゃいけない!」と推理に割り込んできて、どうしようってなったこともありますし。トラブルがない日なんてほとんどないですね。
ちなみに今回の公演中に、何か大きなハプニングはありましたか?
大きな事件ではないけど、1人の役者にお客さんが集中しちゃうことはありました。役者さんはお客さまがいつ来てもいいように演技をしなきゃいけないんですが、お客さまがいないのに演技をしている状況が続くことがあって。客室に役者が控えているので、LINEで「今201号室暇です」とか連絡が来て、「201号室に向かうようお客さんに伝えてください」と指示することはありました。演技をしているのに人に観られないというのは、このイベントならではですね。
花岡 直弥
1993年生まれ、奈良県出身。大学進学を機に上京し、学生時代はテーマパークのアルバイトや学園祭の実行委員に打ち込む。卒業後は広告関係の会社に勤め、2019年6月に「SUISEI,inc」に入社。現在は「泊まれる演劇」のクリエイティブディレクター、プランナーを務める。