“いい香り”の向こうは、深すぎる世界! パフューマーsaeさんが調えるのは、心と体と、目に見えないもの。
ある香りをかいだ瞬間、そのときの記憶がよみがえる……なんて経験、ありませんか? 私はck-oneをかぐと、否応なしに大学時代にタイムスリップします。嗅覚は五感のなかで唯一、本能をつかさどる部分とつながっているもの。その香りの働きを活用し、オーダーメード調香で一人ひとりの魅力を輝かせるのが<ジャルダンアロマティーク>パフューマー・アロマデザイナーのsaeさん。心理学や西洋占星術を駆使して内面にアプローチする独自のスタイルを持つsaeさんに、“いい香り”について伺ったところ、そこには想像のはるか上をいく、奥深い世界が広がっていました。
祖母ゆずりの、生粋のフレグランスマニア。
saeさんはどんなきっかけで、香りに興味を持ったんですか?
物心つく前から……ですね。気が付いたらいつも、香りが身近にありました。私の祖母が、フレグランスをつける人だったんです。化粧台に香水の瓶が並んでいて、よくかいでいました。母の妹も香りをまとう人で、たばこを吸ったあとに、必ずフレグランスをつけるんです。たばことまじりあったその香りが、あたたかみがあってとても好きで。香りをまとっている人=素敵な大人というイメージがあって、自分もそんな大人になりたいな、と思いました。
小さい頃からずっと、香りにふれていたんですね。
そうですね。中学生の頃は父の海外出張のたび、「なんでもいいから、香りのするもの」をお土産にリクエストしてました(笑)。フレグランスとか、ボディクリームとか。そこから、自分で気に入った香りを個人輸入するようになりました。もうその当時から、香りは自分にはなくてならないものというか、あるのが当たり前という存在でした。
香りにまつわる仕事をしようと考えていたのも、昔から?
それは全く考えてなかったですね。香りは自分には絶対に必要なものだけど、それが仕事になるとは思っていませんでした。大学を卒業して、営業会社で秘書のような仕事をしていたのですが、みんな忙しくて疲れてるんですよ。そのときに、自分も癒されたいけど、自分の好きなことで周りにも喜んでもらえたらと思って、部署内でアロマデュフューザーを焚いたりしてたんです。そしたら、みんなの表情が和らいて、会話が増えて、雰囲気が良くなったのを実感して。その経験から、自分だけじゃなく、人のために香りを提供したいと思うようになりました。
香りを仕事にしようと思ったきっかけになったんですね。
そこからアロマセラピーのインストラクターになって、専門学校の講師や個人レッスンをしながら10年くらいフリーで活動しました。サロンを開いたのは2年ほど前。その際に、“アロマセラピーとフレグランスの融合”をコンセプトに、オーダーメードの調香サービスも始めました。
アロマセラピーとフレグランスって、別物なんですか?
アロマセラピーは芳香療法と言われるもの、フレグランスはいわゆる香水です。アロマセラピーは天然の精油を、フレグランスには人工の香料を使うのですが、天然の精油を使ってフレグランスのような香りを表現したいと思って。日本人は香りに敏感で、フレグランスの強い香りが苦手な人も多いんです。でもアロマセラピーの技術や知識を活用したフレグランスなら、日常的に使ってもらえるのでは、と思いました。
その人のアイデンティティを、香りで表現する
saeさんの調香は、カウンセリングから始まるんですよね?
一人ひとりの内面性を引き出すような香りを作りたいので、その人のアイデンティティを香りで表現するキーになるものを、カウンセングで探します。嗅覚と味覚はつながっているので食べ物の嗜好を聞いたり、自分が香りをまとった時にどういう気分でありたいかを聞いたり。あと、ホロスコープで内面のキャラクターを見て、ヒアリングの内容とすり合わせながら、その人が言葉で表現できない部分を探ったり。ほかには、タロットカードを使うこともあります。
香りを作るのに、ホロスコープやタロットまで。
内面にアプローチするツールとして使っています。もともと心理学とか哲学が好きで学んでいたんですけど、ユングやフロイトが深層心理を探るためにホロスコープやタロットを活用していたり、文献を読むほど、点が線になるようにつながってくるんです。ホロスコープやタロットも、占いというより、その人の潜在意識を表面化するためのひとつの手法。それを使ってヒアリングすることで、その人が抱えているものや心のバランスを探ります。
ただ“いい香り”じゃなくて、無意識のうちにその人が求めている香りを作るんですね。
嗅覚は五感の中で唯一の感覚器で、本能と直結しているんです。本人も気づいていない、無意識の部分とつながっているもの。だから、心や体の状態によって心地よく感じる香りも違いますし、ストレスがあると嗅覚が鈍ったりするので、状態に合わせて濃度も調整します。
なんとなく、メンタルケア的な要素もあるんですね。
香りにはもともとそういう作用がありますし、ゆっくり話を聞いて欲しいという感覚で来られる方もおられます。話をして楽になった気持ちと、その後に届く香りがセットになって、相乗効果で癒されるというか。カウンセリングのときは、あえて香りはかいでもらわないんです。伺った内容や話し方などトータルでみて、その人の魅力を引き立たせる香りを作る材料にしています。
自分でも思っていない香りを作ってもらえそうな気がします。
自分の本質に近いものとか、自分が本来持っているけどまだ気づいていない資質とか、香りを通じて自分自身に新しい発見をしてもらえたら嬉しいですね。「その人の人生が、より心地よいものになるように」と思って香りを作っています。香りをまとうことで、今よりも、その人らしく生活をしてもらえたら。
お客さまはどんな方が多いんですか?
自分に合う香りを見つけたいという方が多いですね。行動して何かを見つけようとしている時点で、前向きなんだと思います。20代から60代まで幅広い年代の方が来られますが、香りが好きな人に共通しているのは、目に見えない部分も大切にされているところ。特に、さまざまな香りをひと通り楽しんでこられた歳上の女性たちは、流行に左右されず、自分をきちんと持っている方が多いように感じます。
やっぱり「香りをまとう人=素敵な大人」なんですね。
上品で知的で、細部まで行き届いていて、お話をしていてもすごく楽しいんです。本能に直結している嗅覚を鍛えると、直感力も冴えると言われます。だから、空気が読めたり、人の気持ちがわかったりするのかもしれないですね。
歴史の登場人物は、みんな香りが好き。
<ジャルダンアロマティーク>の名前にはどんな意味が?
「いい匂いがする庭」という意味なんです。“箱庭療法”という言葉もあるように、心理学では庭は心の領域を表します。一人ひとりの心の庭、自分の世界を素敵にしましょう、という想いを込めてつけました。
イメージボードもすごく素敵です。
船が水面をわたる様子を描いています。私が香りを作る上で大切にしているのが、残り香。フレグランス用語で“シアージュ”というのですが、船の航跡という意味なんです。船は私自身で、香りをいろいろなところに届けたいという想いを表現しています。クレオパトラが船の帆にクローブなど香りがするものをつけて、自分が来たことを香りで知らせたと言うエピソードをモチーフにしました。月と女性性には深い関わりがあるので、空には月を掲げています。
残り香のことを、シアージュというんですね。
どんな香りも、その人の肌につけたら、もうその人の香りになります。体温やpHバランスの影響で、同じ香りにはならないんです。それが一番顕著に現れるのが、残り香。肌と混じり合った、柔らかく包み込むようなその人だけの香りです。
香りで来航を知らせるクレオパトラもすごい……
アレキサンダー大王が香りのために国を攻めたり、歴史の中に香りの話はいくつも出てきて、逸話には事欠かないんです。紀元前からずっと香りは人と共にあるもの。奥が深くてミステリアスで、知れば知るほどハマります。一生かけても、全てはカバーできないんじゃないかと思うくらい。でもあんまりこういう話をしすぎると、興味のない人には引かれるので(笑)。文化とか歴史的な側面は小出しにしてます。
紀元前から現代まで、香りの歴史は壮大ですね。
ヨーロッパは特に、古いものを今に残すことを大切にしているので、廃れていないんですよ。日本にも古くから香りの文化はありますが、ヨーロッパほどそれを残そうという感覚がない気がします。アロマセラピーとフレグランスの融合をコンセプトにしているのも、かつては自然の植物を原料に香りを作っていた原点に立ち返って、質が良いものを自分のために使う心地よさとか、古い知恵を守る大切さとか、そういうものを伝えたいという想いがあります。
現代人にこそ、香りは必要なツールのような気がします。
香りの重要性、必要性がもっと認知されてほしいという気持はあります。メイクやファッションももちろん大切だけど、内面を置き去りにすると、心と体が乖離してしまう。自分の内面や本質にアプローチできる香りを、お守りのようなツールにしてもらえたら、と思います。
sae
<ジャルダンアロマティーク>パフューマー・アロマデザイナー。オーダーメード調香や調香レッスンのほか、全国でのポップアップも展開。クライアントの“好みの香り”ではなく、心理学やタロットで内面にアプローチし、その人に“いま必要な香り”を作るスタイル。パフュームやハンドクリームなど、香りのプロダクトも手掛ける。