仮面も割れば、アマビエも回す……
異端のネイルアーティストは、極小キャンバスに何を描く?
鉄仮面が左右に割れ、アマビエが回る……そんなネイル、見たことあります?モテ指南では「派手なネイルはNG」とされることも多い中、そんな戯言を一蹴するド派手ネイルを生み出すネイルアーティストが、『キコノネイル』オーナーのKanamaru Maikoさん。お寿司、歯、目玉、クラゲ、虫など独特すぎるモチーフを手描きし、さらに3Dで立体に仕上げ、挙句に回ったり光ったりするギミックも加えたネイルは、比喩でもなんでもなくまさに 「アート」。なにゆえ、いわゆるモテとは無縁のオリジナリティあふれるアートを作り上げるのか。「ネイルに不可能はない!」と言い切る異端のネイルアーティストに、インタビューしてみました。
爪から水を出せと言われたら、出せる方法を考えます。
モチーフもデザインも、あきらかに一般のネイルとは違いますよね。
違いますね(笑)。ネイルサロンは癒しの空間みたいに言われますけど、うちはどちらかというと工房。リラクゼーションとは無縁の世界です。そのかわり、ネイルに不可能はないと思ってますし、どんな要望にも全力で応えて、誰より目立つ爪を作ります。
ネイルに不可能はない…んですか!?
爪に水族館を作りたいと言われれば作りますし、爪から水を出せと言われれば出せる方法を考えます。ネイルでお面作ってみてよって冗談で言われて、スケバン刑事Ⅱの鉄仮面が割れるネイルも作りました。ネイルの駆け込み寺というか、ネイルでやりたいことがあれば叶えたいと思いますね。
そういうテクニックは、ネイルスクールでは教えないですよね?
私、ネイルの学校には行ってないんですよ。個人的に、自分や友達の爪に絵を描いてはいたんですけど。そもそも、ネイリストになりたいわけでもなかったので。
では、どんな経緯でネイルの仕事を?
直接のきっかけは、離婚です(笑)。子どもの頃から絵を描くのが大好きで、ずっと絵描きになりたかったんですよ。でも絵で食べていくのは大変かなと思って、専門学校時代に服飾の勉強をするために渡仏しました。帰国後に子どもができて結婚して、そこからは専業主婦。でも離婚することになって、自分の持っているスキルの中で直接収入に結びつくのはネイルだなと思って、母の幼馴染のネイリストさんに弟子入りしたんです。そこで、プロとしての技術を教えてもらいました。
絵のスキルを活かしながら、収入が得られると。
趣味でネイルをしている時から、仕事にしたらいいのにってお誘いをいただいていたのもあったし、自分だったら他の人にはできないネイルデザインができるだろうなっていう気持ちもありました。
ネイルが仕事になったきっかけも、かなり特殊ですね。
だからネイルをやっているというより、作品を作ってる感覚なんです。絵を描く延長線上にあるというか、表現するものが紙の上か爪の上か、というだけで。絵や服飾など、今まで学んできたことが全部生かせるんですよね。
作るのが好きで、「仕事」っていう感覚がないのかも。
ネイルや絵のモチーフは、どんなところから着想を?
ゲーム、フィギュア、虫……全部、自分の好きなものですね。何かを参考にするとかはなくて、作りたいものを順番にカタチにしている感じです。特に虫は昔から好きで、よく描いています。農業をしているので虫を目にする機会が多くて、「あ、描きたい」と思うシーンによく出合うんです。
ネイルアーティストと農業……。意外な気がします。
祖父が大分の田舎に住んでいて、夏休みによく行ってたんですよ。山を走り回っておなかが空いたらトマトをもいで、牛の出産を間近で見て……そんな環境で大きくなったので、自分では自然なことというか。なんなら、猟師の友達がくれる鹿や猪もさばきますし、自分で猟銃免許も取ろうかと考えてます(笑)。
振り幅が広すぎますね(笑)。Maikoさんにいちばん影響を与えたものってなんですか?
いちばんは、フランスにいた4年間かな。通っていた服飾の専門学校の本校がパリにあったんですよ。そこにファッションを学ぶ世界中の若者が集まるんですけど、まあカルチャーショックを受けましたね。日本では成績も良かったし、ちょっと自信があったんですけど、向こうはもうレベルが違ってて。井の中の蛙だったと思い知らされました。日本人なのに日本のことを何も知らなくて、聞かれても答えられない。日本人としてのアイデンティティもすごく意識させられました。
とても大切な4年間だったんですね。
アパートで一人暮らしをしてたくましくなったし、料理も覚えたし、本当に今の自分を作っているのはあの4年間だと思います。あと、フランスにいる時に、大好きなデザイナーのWalter Van Beirendonckに会いにベルギーまで行ったのもいい思い出ですね。残念ながら本人はいなくて、パートナーのDirk Van Saeneとお話しして帰ったんですけど。
キコノネイル(Qui?co-no Nails)もフランス語?
フランス語っぽいけど、違うんです。うちの子供が小さい頃、キノコのことを「キコノ」って言い間違えていて、それが可愛くて。キにフランス語で「Who」の意味があるQui?を当てて、サロンの名前にしました。
今も、服飾のお仕事はしてるんですか?
ありがたいことに、絵や服の仕事もいただいてますね。ステージ衣装のお直しとか、ポールダンサーさんの衣装とか、友達の結婚式の衣装とかも作ります。これも、頼まれればなんでもやってしまうんです。紙でも布でも爪でも、作るのが好きなんでしょうね。
創作に行き詰ったりすることはないですか?
ありますけど、迷ったり悩んだりしたのを、そのまま出します。その状況も作品にしてしまうというか、着地さ せます、強引にでも。それが自分の意図しないところに落ち着いて、完成してみると「あれ、意外といいやん」みたいなこともあって(笑)。仕事としてやっている感覚が、あまりないからかもしれないですね。
「仕事」って感じではないんですね。
ないですね。「やらなくちゃいけない」のが苦手なので。以前、似顔絵のお仕事をしたことがあったんですが、これがもうしんどくて。似顔絵って、お客さまの要望を汲み取らないといけないから、自由に描けないじゃないですか。似せないといけないし、でも正直に似せてしまってもいけない。描いていてぜんぜん楽しくなくて、あ、これは向いてないな、と思いました。
自分の好きなものでないと、創作意欲がわかないと。
オリジナルなものを作るのが好きなんだと思います。ネイルもシールは一切使わないし、パーツもほぼ自作。ゲームも、RPGとシミュレーションしかやらないです。物語を作ったり、まちを作ったり、結局なんでも作るのが好きなんですよね(笑)。
私の帰る場所は、フランス。その日が来るまで死ねません。
これからの展開って、どんなふうに考えてます?
ネイルチップをもっと広めたいなと思っています。新型コロナの影響でサロンが開けられなくて困っていた時期に、友達に声をかけてもらって、イベントにチップを出品したんですよ。それが、意外と好評で。チップってまだあまり普及していないですが、ものすごく簡単なんです。全部着けるのに5分もかからないし、取れにくいし。ネイルチップが広まったら、もっと気軽に派手なネイルも楽しんでもらえるんじゃないかなと思っています。
どのネイルチップも、Maikoさんの世界観がさく裂してますね。
実は今度、フランスのネットショップでも販売してもらえることになったんです。日本のジャポニズムを紹介するショップで、ネイルチップを取り扱うのは初めてみたいなんですが、作品を見せたらぜひ!と言っていただいて。今はその準備に追われています。
最後に、Maikoさんが叶えたい夢ってなんですか?
フランスに帰りたいですね。もうね、行くんじゃないんです、帰りたい。フランスに住んだとき、なんて楽なんや!って思ったんですよ。日本特有の暗黙の了解とか、空気を読むとかが一切なくて、気疲れしないんです。男女差別がなくて、女性が本当に生きやすい。人種差別もあるにはあるんですけど、それを差し引いても楽ですね。うちの子供も、日本よりフランスのほうが合うんじゃないかな……。それに、向こうはアートやファッションの本場ですから、そこで勝負したいという想いはあります。ブティックやサロンを開くかして、ちゃんとフランスで仕事をしたいですね。それを叶えないことには死ねない!ぐらいの気持ちです。
Kanamaru Maiko
ネイルサロンQui?co-no Nailsオーナー。RUN Artworksでは絵やデザイン、服飾などの仕事も手掛ける。どんな無茶ぶりにも、ネイルの常識を超える創造性で応えるまさにネイル「アーティスト」。
兵庫県西宮市(プライベートサロンのため非公開)
予約はHPから
https://quicononails.jimdofree.com/