『混ぜるな危険』 が仕掛ける<香る晩餐会>は、和食の禁忌に挑む秘密のたくらみ。
「香る前菜」は、鼻を使って料理を楽しむための準備運動ですね(米倉)
カトラリーは、香水の香りを試すムエットをモチーフにしています(岡江)
続いては、「香る前菜」を担当された、米倉さんと岡江さん。まず米倉さんに伺いますが、香る前菜とはどういうものだったんでしょうか?
米倉:これがコースのいちばん最初なんですけど、ふだんとは違う、鼻を使って料理を楽しむための準備運動ですね。具体的には、照明を落としたメディテーションルームでお客さまに4つの香りを順番に嗅いでいただいて、それぞれ思い浮かんだことを共有してもらいました。
同じ香りを嗅いで、どんなイメージを思い浮かべたのかを言っていくんですね。
米倉:そうです。例えば、わかりやすいのはヒノキの香り。旅館っぽいとか、温泉みたいとか、穏やかな人の感じとか、出てきたイメージを全員で共有します。お客さまはこのあと部屋を移動して食事をされるわけですが、美味しいという感覚を、なんの味でどんな香りがしてどう感じるか、口と鼻に集中力を持っていってもらうための作業ですね。
香りを味わうコースだから、嗅覚を研ぎ澄ませることが大切なんですね。お客さまは、前情報は一切なしで、ここで純粋に香りだけをまず嗅ぐんですか?
米倉:五感は遮られた部分を補おうとする傾向にあるので、嗅覚にフォーカスするために、なるべく他を遮るんです。だから当日は、照明も音もない空間で、香りだけを嗅いでもらいました。鼻って実は集中してないんですよ、常に何かをキャッチしてしまうので。だからこそ、しっかり集中してもらう必要がありました。
たしかに、自分の意志で鼻は閉じられないですね…。
米倉:それともうひとつ、料理との共通点も仕込みました。香りって、実家だったり、昔の恋人だったり、なにかを思い出させますよね。それをプルースト効果と言うんですけど、香る前菜には短期的なプルースト現象を起こすという役割もあるんです。
ここで嗅いだ香りを、料理で思い出させるということですか?
米倉:柚子調の香り、ヒノキがメインのウッディ調、洋酒とレザーの香り、スモーキーなウッディ調と、ここで嗅ぐ4つの香りには、これから出てくる料理とリンクしているものが入っているんです。気付く方は、ハッとされますね。
あれ?この香りどこかで…って思い出すんですね。米倉さんは、『混ぜるな危険』には最初から関わっておられるんですよね?
米倉:上村さんがお店に来て、こんなことを考えてるんですって話してくれてたんですけど、実は僕も、同じようなことを考えてたんです。僕は香りにまつわるものを販売していますが、フレグランス専門のブランドってそれぞれの世界観とかシナリオがあるんです。例えば、香りの前菜で3つ目に用意した洋酒とレザーの香りは、19世紀末オーストリアの上流階級の文化風習をテーマにしたブランドのもの。フランツ・フェルディナント大公が、インドを旅した回想からイメージした香りなんです。
4つ目に用意した燻製みたいな香りは、レボリューションという名前で、フランスで最も古いキャンドルメーカーが作っています。このレボリューションというのはフランス革命のことで、燃えている街や火薬のにおい、砂ぼこりなどが表現されているので、スモーキーな香りなんです。
フランス革命の香り…。そんなドラマチックな背景があったんですね。
米倉:こういう物語あるので、単純に香水を売るっていうよりも、何か他ジャンルの人とコラボして、面白いプレゼンテーションできたらと思ってたんです。だから、上村さんと同じようなことを、違う角度から考えてたっていう感じですね。
もともと香りはお好きだったんですか?
米倉:香水が好きなのもありますけど、嗅覚の世界が面白いなと思って。目に見えないけど、匂いがすると何かが働く。例えば、柚子の香りがする人と、洋酒とレザーの香りがする人って、全然違いますよね。同じ人でも、まとう香りが違うだけで、違う雰囲気が出せるんです。それを自分自身が体験したのもあって、香りのチカラってすごいな、面白いなって思いますね。
実体験というのはどんな?
米倉:高校生の時、母がプレゼントしてくれた香水がきっかけで、見た目、性格、中身は何も変わっていないのに、香りが変わるだけで周りの見る目が変わるみたいな体験をしたんです。髪型やファッションを変えたならともかく、そのまんまなのに、香りが変わるだけでこんなに違うのかって。それがすごく面白くて、この世界に惹かれました。
<香る晩餐会>については、いかがでしたか?
米倉:面白そうと思いましたね。でも単純に香りのいい料理を出すだけだったらつまらないですし、それは料理人でもない我々がやることではない。どういうふうに作り込んでテーマ設定するか、そこはしっかり差別化して我々らしいプレゼンテーションできるかっていうところは考えないといけないなと思ってました。
出来上がったコースをご覧になった時は?
米倉:想像以上に良かったですね。最初はどうなるのかなってやっぱり思ってましたけど、ブラッシュアップされるたびに良くなっていきました。今回は飲み物のペアリングとかができなかったので、次はそういうところまで行けたらもっと良いかなと思いますね。
では続いて、岡江さんのご担当を伺ってもいいでしょうか?
岡江:香る前菜の空間演出と、デザートのわらび餅を食べるためのカトラリーをデザインしました。空間は、ここに来た人が香りに没入できるように、完全に照明を落としてテーブルの上に手もとを照らすライトだけを置いて、他の情報を削りに削って、嗅覚だけにフォーカスするっていう演出にさせてもらいました。カトラリーは、香水の香りを試すムエットをモチーフにデザインしています。
だから、紙でできているんですね。
岡江:縦長の紙に切れ込みを加えただけのシンプルなものなんですけど、片方はデザートを食べるスプーンで、もう片方には香りを付けます。そうすることで、口に運んだときに鼻から香りが入って、新しい味覚が体験できるというか、口と鼻の中で味と香りが混ざって完成することを目指して作りました。
食べるときに、香りを足すんですか?
岡江:3種類の香りを付けたムエットを用意して、お客さまにそこから2つを選んでいただいて、そのムエットを新平さんに渡してもらいます。新平さんがそこに再び香りをつけてお客さまにお返しするんです。今回はコロナ禍をテーマにしているので、試食とか気軽にものをピックアップする、選ぶということができなくなったことを反映して、選ぶ楽しさみたいなものを表現しています。
だから、あえて選ぶという行為をしてもらうんですね。カトラリーを形にする上で、苦労されたのはどんなところでしたか?
岡江:食べると香る、その機能を分けないといけないので、そこが大変でしたね。最初はすくう部分の三角形が小さすぎて座屈しちゃたりとか。食べる部分と香る部分を別々に、何回もスタディを繰り返しました。召し上がる時に香りの部分が鼻の方に向いてるので、口の中の味と鼻で感じる香りが一緒に入り込みやすいようにデザインさせてもらってます。
すごい、シンプルに見えて、実はすごく工夫されているんですね。
岡江:実は他にも、ひとつ仕掛けがありまして。まっすぐのままだと突っ張って、うまくスプーンが立ち上がらない形状になっているんです。でも新平さんが香りをつけて再度お客さまに渡す際に、テーブルに置いても取りやすいように、端を折り曲げるんですね。そうすると、突っ張る力がかからなくなって、スプーンの部分が形成しやすくなるんです。
最後に、「端を折る」という行為があって、スプーンがきれいに立ち上がるんですね。
岡江:これは実際に、新平さんがお店で接客されているのを見て思いついたんです。香りという目に見えないものだからこそ、ムエットを媒介にしてコミュニケーションをとっておられるんだなと思って。新平さんの接客があって初めて完成するっていうプロダクトになってます。
ただ、モノとして存在するのではなくて。
岡江:お客さまと新平さんの間を媒介するものとして、最後のひと工夫がないと立ち上がらないという余白を残せたのはよかったかなと思います。モノというより、出来事のコトに近い感じなんですけど、そういうところを目指していたので、ただのプロダクト以上のものになったのかなと個人的には思ってます。
このイベントでしか生まれなかったプロダクトですよね。岡江さんは、どのタイミングで参加を?
岡江:僕がいちばん最後で、この<香る晩餐会>の話が進んだあたりで入ったので、一年ちょっとぐらいですね。
『混ぜるな危険』の活動や、<香る晩餐会>のお話を聞いてどう思われました?
岡江:すごい面白いなと思いました。僕も建築出身で今も建築の仕事をしてるんですけど、身体性に興味があって。建築って目に見えるものしか扱えない、目に見えるものにしか落とし込めないんですけど、でも嗅覚だったり聴覚だったり目に見えないものを身体の一部としてどう扱うかをモヤモヤしていた時に、『混ぜるな危険』の存在を知って、すごく面白いなと。
身体性というのは、具体的にはどのような?
岡江:建物の設計って、中にいる人間の動きとかを想定して作るんですけど、居心地いいと思う感覚って人によって違いますよね。でも建築は、ある程度のところで平均化して空間にしないといけない。だけど、ファッションとか軽いものだとそのスケールの幅はもっと緩やかじゃないですか。建築にもそういう感覚がないと、建築がもっと遅れてしまうんじゃないかという危機感があるんです。そういう意味で、人の体を中心とする感覚的な領域のものを、身体性として捉えているという感じです。
建築と身体性ってどういうことなのかと思ってましたが、おぼろげながらわかった感じがします。
岡江:例えば、テニスのラケットを持つと、自分の動ける空間が広がりますよね。プロダクトも、人間が使うことのできない機能を拡張しているという捉え方をしてるんです。空間だけじゃなく、身体の延長としてプロダクトを捉えているので、今回もその延長でカトラリーのデザインを担当させていただきました。
混ぜるな危険
2019年に活動を開始。“「香り」で、世界の解像度はあがる”をコンセプトに掲げ、「香り」と接続してこなかった「何か」を繋げていくプロジェクトチーム。京都の『恵文社一乗寺店』にて開催された “匂いで選ぶ”ブックフェア<読香文庫(どっこうぶんこ)>をはじめ、香りとカクテルを掛け合わせた<香る夜会>などのイベントを実施。「香り」を媒体にして、これまで見えなかった価値や世界を、提案している。