Interview & Writing
前出 明弘
Photo
依藤 寛人

天満の『ラムのラヴソング』、北浜の『MAKE ONE TWO』と言えば、酒呑みラバーな人なら必ず知ってる&行ったことがある人気店。でも、いわゆる立ち呑み屋さんなのに、何かが普通とは違う。もちろん、ラムやエスニックを軸にしたスタイルはセンセーショナルな登場だったし、大前提でおいしいけど、オープンから数年経ってもお客さんが集まり続けてるのには、そこ以外にも相乗させてる何かがあるなと。しかも、お店に立ってるメンツもみんな個性的で、キャラ立ちしてる。今年の7月には新店の『BLACK SHEEP』もオープンしたということで、代表の高橋裕基さんとその愉快な仲間たちに集まってもらい、色々聞いてきました。飲食業にかける想い、仲間のこと、コロナ禍での解散宣言…、そしてこれからのこと、なんかバンドみたいなメンバーが勢揃いしたこのチーム、アツくてすごくおもしろいです。

ボクシングは好きで始めたし、やめるにしても結果を残してやめないと成功癖はつかない。だから、プロになって1勝したらやめようと決めてました。

ちょっと色々と遡りながら聞いていきたいんですが、学生時代の高橋さんはどんな感じだったんですか?

何の変哲もない普通の学生と言うか、どっちかと言えばアホな感じで(笑)。勉強も苦手だったし、高校も地区最下位レベルで、勉強も運動もダメな方向に行ってましたね。

何かに没頭してたことなどは?例えば音楽とか。

学生時代はパンクブームだったのでその辺りはかなり聴き漁ってましたけど、その程度ですね。でも、高校を卒業して特にやりたいこともなかったから、とりあえずボクシングが好きだったんでジムに通い始めたんですよ。一応、プロのライセンスも取りました。

すごい!そんな経歴もあったんですね。そこからどういう流れで飲食業界に?

ボクシング始めた当時はまだフラフラしてたんですが、自分の仕事や将来のことを考えた時に、このままやったら大した仕事もできないだろうし、何かしらスキルを身につけて商売したいなって19歳くらいから思ってたんです。ただ、ボクシングは好きで始めたし、やめるにしても結果を残してやめないと成功癖はつかない。だから、プロになって1勝したらやめようと決めてました。ボクシングしながら飲食店でバイトしてたんですけど、その時に感じたのが、飲食店はお金の流れも分かりやすいし、自分のしたことへのレスポンスも早いということ。自分の将来もイメージしやすかったというのもあり、飲食業界で独立したいなと思うようになったんです。

ってことは、プロでも1勝してるってことですよね?

プロライセンスを取って、デビュー戦に勝利してスパッとやめました(笑)

ジム側からすると手塩にかけて育てた選手がいきなりやめるって、めちゃ反対されなかったんですか?

井岡ジムに通ってて、実は井岡一翔君とデビュー戦が一緒やったんです。一翔君がメインで僕が前座を務め、一翔君のお父さんも目をかけてくれてたのでやめることに対してはけっこう怒られましたね。でも、プロになっても食べていくのが難しいし、世界チャンピオンにならないと成功できない世界。僕は近視が強かったし、左腕を怪我して筋繊維が何本か切れてしまってパンチ力も下がってたから、どの道プロではやっていけないと思ってたんです。心の中では飲食業での独立も考えてたし。でも、自分の決めたことは貫き通したかったので、怪我を隠してプロになり、1勝できたことでケジメはつけれたかなと。

結果を残してやめるのは自分で決めたこととは言え、怪我を隠し通すってフィジカル的にもそうですが、メンタルを保つのも大変だと思います。

小中高と背が小さくて、学生時代は特にコンプレックスも強かったんですよ。両親も離婚してて母方に僕はつくんですが、親父は開業医でけっこう稼いでるから、学生時代に揶揄されることもあった。そんな悔しい想いもしてたので、反骨精神は養われてたのかなと。

なるほど。そこから飲食業界に本腰を入れていくわけですね。

当時勤めてた箕面の居酒屋で社員になり、店長を任されて1年経った頃に自分の至らない部分とかをすごく感じるようになって、このままだとダメやなと思ったんです。街に出て、もっと実力のある人たちが切磋琢磨してる環境に行くべきやなと。それで、北新地のイタリアンで勤め始めたのが、25歳の頃。4年間みっちり働いて29歳の時に退職し、そこから1年間は街の酒場を転々としながら働いてました。で、30歳の時に独立したんです。

それが最初に作ったお店、『BANQUET』ですね。そもそも天満界隈に出店しようと思ってたんですか?

何も考えてなかったですね(笑)。今は独立していきなり軌道に乗る子も多いし、「あの店で働いてた子が独立するみたい!」的な話もあるけど、当時はまだまだそんなこともなかったですから。僕とかは経営脳がアホな状態で始めてて、マーケティングも知らない、プランニングも知らない感じ。勢いだけで始めました。でも、体力だけはあったから、「売り上げが立たなかったら朝から深夜までやったらええやん!」的な考えでしたね。

勢いと体力も、不可欠ですけどね(笑)

天満界隈に出店したのも偶然で、当時入ってた別のテナントの方が譲渡先を探してて、不動産屋を経由して僕に話があったんです。それで、「じゃ、居抜きで入ります!」って感じで始まったのが『BANQUET』です。最初は友だちがいっぱい来てくれて売り上げもあったんですが、やっぱりそれだけじゃ長続きしない。飲食店の経営も勉強してるようでしてなかったから、鳴かず飛ばずの状態で5年くらいやってましたね。業態としてはイタリアンバルで、当時流行ってたバルスタイルの系統は取り入れつつ、洋食でも気軽に飲める居酒屋のようなお店でした。

コロナ禍の時は、社員みんな集めて解散宣言をしかけてました。「売り上げが全くないから、俺に遠慮せずに就活してくれていいよ」って。

『BANQUET』は鳴かず飛ばずの状態だったと言ってましたが、十分な人気店だったと思います。そこから2店舗目を北浜に出店することになりますが、どんな経緯で?

当時、2店舗目の出店場所を探してて、僕自身ももっといろんな所に知り合いを増やさないとアカンなと思ってたんです。柄にもなく経営者がたくさん集まる朝会とかにも行ってましたからね。

確かに、浮いてそう(笑)

でも、そこで知り合ったのが、生駒ビルヂングのオーナーさんでした。色々と話す中で、「うちのビルに入りませんか?」と声をかけていただけて。

生駒ビルヂングと言えば、北浜の超一等地ですし、歴史的建造物。そんな簡単に入れる場所でもない上、天満とはまた客層も人の流れも違います。

出店する1年前くらいから北浜でよく飲んでたんですよ。『ひらやま』さんとかに行ってて、北浜辺りの雰囲気もいいなと思ってました。その頃からだんだんと自分のやりたいことが明確になりつつあって、アジアカルチャーに傾倒してる時期だったので、ベトナムに社員旅行に行ったりもしてたんです。そういう背景もあった中で話をいただき、実際に内見した瞬間に、絶対にここでやろうと決めました。資金は国金で借り入れ枠全部使い切って借りて、ここに全てをかけようと。

確かに、その覚悟を持てる場所ですよね。オープンして瞬く間に人気店になりましたが、ラム串をはじめ、エスニック料理のスタンドスタイルっていうのも構想にあったんですか?

アジアカルチャーに傾倒してる話はしましたが、その時に『故郷』っていう中国人の方がしているお店にもよく行ってて、「ラム串でめちゃお酒飲めるやん!」と思ってたんです。これをアテにして、ラムを軸にした業態なら当たらんことはないやろうなと。ただ、ちょっと現地寄りすぎるから、もう少し僕らナイズしてしっかりとパッケージングしたらイケる。いい飲みのコンテンツになると考えてました。生駒ビルヂングという最高のロケーションも相まって、それで生まれたのが『MAKE ONE TWO』なんです。

見事にハマりましたよね。エスニック料理のお店は当時もありましたけど、ラム串とかがライトに味わえて、なおかつイケてる雰囲気の立ち呑みはなかったですし、オープンして3年以上経った今でも変わらず大人気。すごいなと思います。

でも、コロナの時はやっぱりめちゃくちゃ大変でした。

ですよね…。『BANQUET』を閉店したのも、確かその頃でしたよね?

完全にコロナがきっかけですね。売り上げが消えてしまって、人もばったりと来なくなって…。正直に話すと、売り上げが95%ダウンで完全に資金がショート。お金がなくなった状態でしたが、持続化給付金があったことで、『BANQUET』を閉めて『ラムのラヴソング』に業態変更でできたんです。

売り上げが大幅ダウンしてるコロナ禍での業態変更って、かなりのチャレンジかなと。

僕の中ではリブランディングをすごく重視してて、『BANQUET』は完全に終わりにしないとアカンと思ったんです。今だから言えますけど、お客さんが全部いなくなってもいいなと。『BANQUET』の常連さんに対しても、新しいお店ができたと感じてもらうくらいのセンセーショナルさが必要だったし、今までを何も引きずってないことをより強調したかった。2020年の5月頃に投稿したインスタでは、「お世話になりました。『BANQUET』は閉店いたします」という節目の挨拶を長文で書いて、その後にアカウントも消しましたからね。

潔く完全にリセットですね。

そこから『ラムのラヴソング』の立ち上げに着手したので、『BANQUET』は完全に終了してました。僕がやってるのをみんな知ってたけど、やっぱりイメージを引きずらないのが絶対に大事だと思うんですよ。

普通ならこれまでのお客さんを残したくなると思いますが、それよりもお店としての新たなブランド価値を重視したと。確かにただのリニューアルなら、これまでのイメージはどこかに付きまとうし、まっさらな状態で見ることができないですもんね。ちなみに、業態変更はせずに閉店し、『MAKE ONE TWO』だけに集中する選択肢はなかったんですか?

それはなかったですね。当然、『MAKE ONE TWO』もかなりダメージを受けてて、社員みんな集めて解散宣言をしかけてましたから。「売り上げが全くないから、俺に遠慮せずに就活してくれていいよ」って。でも、みんな残ってくれてるし、給料もしっかり払いたいから、自分としては絶対に引き下がれなかった。だから、『ラムのラヴソング』は最初から爆発させようって思ってましたね。普通に流行ってるだけじゃダメで、爆発させるお店にするって。

名前にも入ってる通り、『MAKE ONE TWO』に続いてラムで勝負をかけたと。

ラムを扱ってきた経験もあるし、ラムそのものにポテンシャルを感じてたので、あまり使われてない食材だからこそ自分たちの武器になるとは思ってました。でも、ラム串やラムそのものはメジャーじゃないし、イメージもそんなによくなかったので、ラムに対するブランディングはしっかりしないとアカンなと。

『ラムのラヴソング』って名前がキャッチーですし、すごく分かりやすい。ブランディングする上でのネーミングも、試行錯誤があったんですか?

立ち呑みにすることは決まってて、大衆感のある間口の広いお店にしようと思ってたので、それを前提にみんなでzoomして決めていったんです。1人20案ずつくらい出して、トータル80案くらいの中から決めた名前があったんですが、次の日の朝起きて、この名前は絶対にちゃうなと。これはスベるなと直感的に思ったから、LINEでみんなに「昨日決めたのはナシにする」って送りました。僕の独断やったから「ミーティングの意味あったんですか!?」とか、めちゃ怒られましたけどね(笑)。コロナ禍にチャレンジしてもし潰れるんやったら、俺のやりたいようにやるわと伝えたんですよ。それで、名付けたのが、『ラムのラヴソング』でした。

3店舗目の『BLACK SHEEP』を出店したのは、天満のごちゃごちゃエリア。ここがどんな場所かも知ってたけど、うちのスタッフはパワーがあるから、1個そのハードルがあった方がおもしろいかもしれへんなと。

『MAKE ONE TWO』、『ラムのラヴソング』と、ラムを軸にしたお店を作ってきた中で、今年の7月には3店舗目となる『BLACK SHEEP』もオープンしました。そこに込めた想いを聞かせてもらえれば!

『ラムのラヴソング』は特にラム料理をプッシュした業態でしたが、あの1店舗だけでは表現できない部分があったので、そこをさらに深掘りしたり、派生させるために作ったのが3店舗目の『BLACK SHEEP』なんです。それともう1つ理由があって、キャラが強くて個性的なメンバーが揃っているから、僕もみんなと働きたかった。プレイヤーとして現場に入るのが元々好きだし、スタッフから学ぶこともたくさんあるので、この時期を逃すのはすごくもったいないなと。シンプルに僕が現場に立てるお店を作りたかったんです。

なんか、そう思えるのって、めちゃ素敵ですね。

ラムでもっとおもしろいことしたかったし、プレイヤーとして楽しめる場所が欲しかったんですよ。

場所は、あえて天満を選んだんですか?

僕はギャップがあるのが好きで、『MAKE ONE TWO』は生駒ビルヂングでエスニック料理の立ち呑みだし、『BANQUET』は生まれ変わってラム串で飲むお店になった。結局、「えっ!?」と思われるのが好きなんですよね。『BLACK SHEEP』も最初は南森町、中崎町、肥後橋辺りで探してて、決まりかけてたけど決まらずで、最後に話があったのが今の場所なんです。

THE天満的な場所ですよね。

いわゆる天満のごちゃごちゃエリアでここがどんな場所かも知ってたけど、うちのスタッフはパワーがあるので、1個そのハードルがあった方がおもしろいかもしれへんなと。それが、この場所に決めた理由ですね。お店もいっぱいあるし、激戦区っぽいイメージですが、僕らの行きたいお店ってのは意外とない。逆に言えば、僕ら世代にとったらお店がないのと一緒やから、ブルーな場所だなって思うんですよね。

なるほど。お店が密集してるのは問題じゃななかったと。逆に『BLACK SHEEP』でやることが明確だからこそ、ブルーオーシャンに見えたんですね。でも、出店場所に紆余曲折はあったとは言え、また天満でお店を構えることになったわけですが、この街への思い入れって?

僕、天満で生まれて、小学校まではこの街で育ってるんですよ。僕がきっかけってわけじゃないですけど、いい感じの大人がフラッと飲みに来るお店ができたことで、そんな大人たちも増えて、ノリの近い人のお店もさらにできて、この街に新しい流れができてほしいなとは思ってます。今はまだ違いますけどね(笑)。でも、うちのお客さんに限って言えば、北浜かなって思うくらいのいい感じな大人の方が多いんです。まぁ、僕らは僕らのやりたいこと、できることを地道に続けていくだけなんですけどね。

新しい流れを生み出せるくらいのパワーはあるんじゃないですかね。働いてるメンバーのことにも触れてましたが、確かにみんなすごく個性的ですし。

そうですね、みんなキャラが立ってますからね。僕自身、会社は採用が一番大事だと思ってるんです。変なヤツを入れないのが、ある意味で最も重要なテーマ(笑)

めちゃ分かりやすい(笑)

商売を始めて9年になりますけど、スタッフの募集広告とかは出しことがないんです。知り合いからの紹介だったり、自分が好きと思った人にだけ声かけて今までやってきました。あとは、感覚的にこんな人と仕事したいなと思えるかどうかだったり、基本的に好きな人間だけと働きたいんですよね。乱暴な言い方にはなりますけど、僕の会社やし。みんなの幸せももちろん大事ですが、僕の幸せも大事ですから。好きな人間、価値観の近い人間と仕事したいという想いを持ち続けてきた結果、今のメンバーが揃ってるんですよね。

今考えたら、裕基さんはやってることが色々早すぎるんですよね。コロナ禍で朝ごはんするお店が増えましたけど、朝昼の需要がフィーチャーされる前からやってましたから。ラム串で立ち呑みするっていうのもそう。

ここからは男性メンバーにも集まってもらったので、高橋さんの印象などいろんなことを聞いていきたいなと。まずはメンバー紹介をお願いできればと。

高橋:なんかバンドの紹介みたいですね(笑)。『MAKE ONE TWO』からは、うちの最古参であるまっちゃん(松島)と、森君。『ラムのラヴソング』からは柴崎と、楓(安永)。『BLACK SHEEP』からはタカミー(高見)と、クマ(正子)です。

みんな揃うと、やっぱ濃いですよね。ではでは、それぞれが抱く高橋さんの印象やお店で働くきっかけなどを教えてもらえれば。最古参の松島さんからお願いします!

松島:職を失ってバーで飲んでる時に、たまたま裕基君と出会ったんです。とりあえず飲食店でバイトしよう思ってたから、最初は3ヶ月だけのつもりやったんですが、気づいたらもう7年。一番長くなってます(笑)

高橋:確かに3ヶ月って言ってたな(笑)

『MAKE ONE TWO』の松島さん(左)と、『BLACK SHEEP』の正子さん。

松島:改まって言うのもアレですけど、裕基君はめちゃくちゃ柔軟なんですよ。考え方とかの振り幅も広いし。

高橋:昨日考えてた言葉なんちゃう?

松島:ちゃうちゃう!じゃ、次はクマで。

正子:真っ直ぐな人間で、人に媚びない。自分の道を進んでるけど、すごく話も聞いてくれて、松島さんの言ってる柔軟さと真っ直ぐさを持ち合わせてると思います。自分の芯がすごいんですよ。僕は元々お客さんで飲みに行ってた立場ですが、入社したらいろんな話を聞く機会も増えて、オーナーでありながらも近い存在で話してくれる不思議な人やなと。

ベタ褒めですねー。もし高橋さんの何かを握ってるなら、話してもらってもOKですよ(笑)。では、次は柴崎さん!

高橋:みんな何か握ってるんで、そこはスルーで。

『ラムのラヴソング』の柴崎さん。

柴崎:ですね(笑)。裕基さんの印象は、スピード感がすごい。これと決めたらすぐに行動に移して進むので、振り落とされないようにいつも必死です。元々アパレルで働いてて、自分の中では飲食という選択肢はなかったし、できないと思ってたんですが声をかけてもらい、この会社は直感的におもしろいなと。ここなら自分の表現したいことをさらに広げられると思いました。たまたま飲食をしてただけで、もし違う業種だったとしても入社してましたね。

:印象としては、とにかくスピーディー。それに前向きと言うか、前しか見てないなって。僕は裕基君と同じ歳で、実は高校も隣やったんです。

高橋:地区最下位と中堅くらい。どっちも誇れんけど(笑)

:高校の時に知り合ってたら友だちになってないかも(笑)。だから、出会えてよかったなと。

森さんはどんな経緯で入ったんですか?

高橋:まっちゃんの推薦があったんです。僕は基本的にまっちゃんの提案は、全て受け入れるスタンスなんで。

『MAKE ONE TWO』の森さん。

:彼女が『MAKE ONE TWO』で働いてたから、よく飲みに行ってたんですよ。それで松島君とは音楽の話を色々してて、とりあえずお店の名前が僕の大好きなアーサー・ラッセルの曲名から取ってる時点で最高でした。その当時、エコータコス名義でタコスを作ったりもしてたので、『MAKE ONE TWO』のストリートフードのイベントでコラボしましょってことで…。

松島:イベントは1ヶ月くらいしてたんですけど、その間に吸収してしました(笑)

:そんな真剣に飲食をしてたわけじゃないのに、いきなりキッチンの核に据えるなんて、裕基君の判断もすごいなと。人気店やのに、大丈夫かなってずっと思ってましたね。

高橋:森さんのケツは全て拭いてくれとまっちゃんに言ってるので、大丈夫です!

森さんはneco眠るとしてのバンド活動も並行してやってますが、この前の『朝霧JAM』には、みんなが駆けつけたんですよね。

:めちゃくちゃうれしかったですね。ただ、ライブ中にチラッと見たら、みんなが前で踊ってたからかなりおもしろかったですけど(笑)

高見:飲食店で、土日に店を閉めてみんなでフェスに行くとか普通はないですからね。僕なんか、前職の時は「冠婚葬祭で地元に帰ります!」って嘘ついてフェスに行ってましたし(笑)。なんか、そんなスタイルもいいんですよ。

柴崎:しかも、裕基さんにずっと運転させてましたよね。

高橋:とりあえず早く到着したかったから、運転代わってられへんなと。

仕事も遊びも全力なのをみんなでやるって、ええチームですね。ちなみに高見さんから見た高橋さんの印象は?

高見:そうですね、みんな言ってる通りですけど、とりあえず勢いがある。でも、社長という感じはなくて、裕基さん自身もそんな立ち振る舞いもないし、普段から僕らも思ってることが言える関係を作ってもらってます。僕も元々『BANQUET』のお客さんで、前職のお店の帰りによく飲んでました。その時から思ってたのが、なんか色気のあるお店やなって。他のお店にはない色とかオーラがあって、仲間に入れてくださいって言ったのもそんな理由があったからなんです。

高橋:僕からもタカミーにはちょこちょこ言うてたしね。「いつ来るん?」って。

『BALACK SHEEP』の高見さん。

高見:ですね。裕基さんの人柄だったり、こうちゃん(柴崎)も言ってましたが、これと決めたらダッシュで動く人なので、置いてかれないようにしたいなと常に思ってますね。

柴崎:あのー、楓がちょっと遅れててダッシュで向かってるので、置いてかないでください(笑)

全然大丈夫っすよ。高橋さんが自分の好きな人間と働きたいと言ってたことがすごく分かるし、それぞれが思い合って支え合ってる関係が素敵です。でも、それにしても漢って感じですね(笑)

高橋:男臭いですよねー。『ラムのラヴソング』なんか、部室みたいって言われてたこともありますし。

それも色気じゃないですかね。ちなみに正子さんはかなりの常連さんだったそうですが、お客さんで来てた時と実際に働いてからの時では、お店の見え方も変わりました?

正子:全然違いましたね。飲みに行ってる時は、あくまでも好きなお店として見てましたし、てっきりラフな感じでやってるのかなと思ってましたけど、みんな真面目だし、本気。そして、すごい熱量でスキルもある。これは、ガチやなと(笑)。その印象の差は、めちゃくちゃ感じました。グループ内で働いてますが好きなお店であることは変わりないので、今でも『ラムのラヴソング』には月2回くらいは行きますし、『MAKE ONE TWO』にもこの前行ってきましたね。

高見:『MAKE ONE TWO』は15時からやってるし、早めの時間帯にフラッと寄れるしね。

高橋:グループのお店だからわざわざ行く必要もないかもしれないけど、行かない理由もない。みんなそんな感じで、行き来してると思いますね。

会議的なものはよくしたりしてるんですか?

高橋:献身的にする必要はないと思ってたんですが、最近はやっぱり集まるのは大事だなと感じてます。特にテーマがなくても、集まることが重要かなと。でも、無意味な会議や生産性のないものはイヤ。何時間もやったり、喋らんやつがいたりとかね。ただ、課題は常に出てくるものなので、月1回はやるべきだなと思い始めてます。『MAKE ONE TWO』に関しては自浄能力が高くて、勝手に解決してくれる部分もありますが、『ラムのラヴソング』はまだまだ若手。先輩チームと話す機会を意識的に作るようにしてますね。

ってことは、現状のメンバーの各店の配置も意図的なんですね。

高橋:メンバーそれぞれが濃いから誰がトップを張ってもいいとは思ってますが、『ラムのラヴソング』に関しては柴崎がトップを張った方がいいんです。その方が、柴崎がしんどくなるから。柴崎を追い込むための配置ですね。

柴崎:はい、日々追い込まれながら突き進んでます。

追い込まれる環境があるのって、ありがたいですもんね。ちなみに『BLACK SHEEP』はオープンして3ヶ月が経ちましたが、どうですか?

高見:おもしろいですね。同じ天満でも、今までにはなかった流れもありますから。『ラムのラヴソング』は駅から離れた住宅街、『MAKE ONE TWO』はオフィス街で飲み屋ストリートでもないけど、ここは酒場のど真ん中。お客さんも含めてパワーを感じるから、僕らにもパワーがいるなと。その中でお客さんにも僕らのやりたいことを伝えながら、エゴも出していく必要があるし、かと言って出しすぎても難しい。絶妙なバランス感覚を持っておかないといけないですね。

高橋:来てよ来てよと言われると行きたくなくなるタイプなんで、その空気感も意識しつつお店は作りました。僕らの雰囲気を分かってる人は緊張感もないだろうけど、無理な人は無理でいい。OKな人はどうぞっていうスタンスですね。

だから、自然とノリや雰囲気の近いお客さんが集まってくるんでしょうね。松島さんは『BANQUET』時代からお店の展開を見てきたわけですが、『MAKE ONE TWO』をオープンした当時はどんな感じだったんですか?

松島:バタバタすぎてマジで記憶がないんですよ。とにかく怒涛だったし、朝8時から営業してましたからね。昼の15時くらいに冷蔵庫の中身を入れ替えて、そこから夜までぶっ通しのスタイル(笑)

高橋:僕は朝の営業に一回も顔出したことないんですが(笑)。まっちゃんたちが頑張ってくれました。

高見:今考えたら、やってることが色々早すぎるんですよね。コロナ禍で朝ごはんするお店が増えましたけど、朝昼の需要がフィーチャーされる前からやってましたから。ラム串で立ち呑みするっていうのもそう。

高橋:今いるメンバーの中では、まっちゃんとタカミーがコロナ禍での営業を経験してるしね。あの解散宣言が出かけた地獄のミーティングも。

高見:そうっすね(笑)

松島:裕基君は特殊清掃のバイトとか色々やろうとしてたし(笑)

高見:ちょうど『ラムのラヴソング』がオープンする直前の話ですよね。大変でしたけど、結果的にはバチっとうまくいった。

高橋:じゃ、5年後くらいにはこの界隈もさらにめちゃええ感じになってるかも。街の流れにもサイクルってのは絶対あるし、必ず僕らが描いてる感じにはなる気はしてるから。

高見:ですね。あっ、楓が来ました!(笑)

『ラムのラヴソング』の安永さん。

一同:おいおーい!!

安永:す、す、すみません!

今、みんな高橋さんの印象や働き始めた経緯を聞いてるとこでした。いきなりですが、安永さんはどうです?

安永:リーダーシップがあって、みんなを引っ張ってくれる人。はい、すごくいい人です。

高見:なんか軽いな(笑)

安永:えっ、そうですか(汗)

ちなみに働き始めたきっかけは?

安永:ずっとスノーボードをしてたんですが、やめて大阪に来てファミレスで働いてたんです。その時にスノボ関係の人を通じて知り合って、「ファミレスで働いてるなら、うちで働いた方がもっとおもしろいで!」と誘ってもらい、働き始めました。『ラムのラヴソング』にも全然行ったことなかったんですけどね(笑)。そんな感じです。

高橋:楓は男性メンバーの中では一番末っ子で、みんなに可愛がってもらってると思いますよ。

柴崎:でも、高見さんのことは怖がってます(笑)

高見:へー、怖がってるんやー(笑)

安永:はい、怖いです。

一同:なんでやねん!(笑)

僕がやりたいこともそうだし、スタッフのやりたいことを形にしてお店を出すのは、すごく健全。多分、その延長線上でちょっと振り向いた時に、成長してるなって思えるはず。

キャラ立ちした個性豊かなメンバーとのやりとりおもしろかったです。ここからはまた高橋さんに伺っていきたいんですが、飲食業をする上でここは譲れないとか、大切にしたいと思ってることって何ですか?

今まで自分が雇われてた会社はどこもパワー系やマウンティング系の会社でした。だから、正反対な部分を自分の会社経営に生かしていきたいなと思ってます。会社の成長のこととかもよく聞かれるんですが、店を増やし続けるとか、利益を増やし続けることって、絶対に苦しくなる。でも、そうじゃない形の会社経営も絶対にあるだろうなって何年も前から考えてて、最近はそれらを言語化できるようにもなりました。お客さんと働くメンバーが求めることをやり続けるのが、長続きできる要因なのかなと。店を増やしまくるのって、全然成果ではないなと思うんです。

飲食店というハコじゃなくて、重要なのはやっぱりその中身であり、人であると。

僕がやりたいこともそうだし、スタッフからやりたいという提案を受けてお店を出すのは、すごく健全。出店に関しては、そんな形で今後も考えていきたいですね。お客さんから望まれる企画はもちろん、スタッフから出てきた企画もどんどん実現していくようなチームにしたいと思ってます。多分、その延長線上でちょっと振り向いた時に、成長してるなって思えるはず。それが理想的だし、会社としてもチームとしても健全だなと。誰も望んでない出店、無理矢理な成長っていうのは、やらない方がいいなと思ってます。それが、僕の会社経営で大切にしてることですかね。

メンバーの存在もそうですし、みんなが同じ方向を向いてるからこそできることですよね。さっきも森さんのライブにみんなで行ったと言ってましたが、やる時はやる、遊ぶ時は遊ぶっていう“ノリ”も共有できてるし、グルーヴ感がいいなと。

今までで言えば、ベトナムや北海道、東京にも2回行ってるし、山形や仙台にもみんなで行ってます。思い出作りじゃないですけど、お金があればみんなと楽しいことをいっぱいしたいんですよ。会社経営への想いはありますが、会社ありきじゃないんでね。ただ、楽しいことをやろうと思ったらお金も必要だし、売り上げも取っていかないといけない部分もある。そういう意味での会社としては、存在意義もあるかなという感じです。

あくまでも会社は受け皿的な存在なのかもしれませんね。ちなみに、会社名のスコンクワークスってどんな意味があるんですか?

僕が元々航空機マニアっていうのあるんですが、アメリカに変態的な航空機を設計するチームがあるんです。革新的でいつもブッ飛んだ飛行機を作ってるので、僕らも型にハマらずにブッ飛んでいきたいなと思って。その名前をいただいちゃいました。

ますますブッ飛んでいくのが僕らも楽しみです。ではでは最後に、チームとしての目標や高橋さんのビジョンとかあれば、聞かせてください!

現体制になってまだ2年くらいなので、まずは土台を固めつつ、さっき言ったみたいにお客さんとメンバーが求めることをやっていきたいです。それを続けることがこの先のポジティブな道と思ってるし、いろんな可能性も広がっていくと思ってます。出店もありだろうし、すごく大きい別の企画を立ち上げるのもありだし、僕としてはチャンネルをいっぱい持っておきたいんですよ。だからって、5年で20店舗出しますみたいな考えは全くない。こんな出店逆境の世の中で、採用リスクと資金リスクも抱えて難しい道を選び、難しい顔になる。そんなんしたくないですから(笑)。預金口座を見ながら、あーだこーだ考えるような経営って、全然クリエイティブじゃないし。まずは、僕が楽しいと思って続けること。それがこの先もずっと続く課題であり、ビジョンなのかって思いますね。


<高橋さんのお気に入りのアレコレ>

TELEPHONESのVibe Telemetry
最近買ったレコードのお気に入りです。他にも、Ghost Funk OrchestraのNight walker、MndsgnのRare Pleasureもおすすめ。仕込みの時や営業中の後半によくかけてます。

滋賀県のマキノ高原
ファミリーでよく行ってるキャンプ場です。兵庫県の若杉高原も、大阪から近くて星空もキレイなのでおすすめです。

黒羊羊肉串店BLACK SHEEP(大阪市北区池田町)
やっぱり自分のお店がお気に入りです(笑)。『ラムのラヴソング』や『MAKE ONE TWO』もぜひ!

Profile

高橋 裕基

天満の『ラムのラヴソング』、北浜の『MAKE ONE TWO』、そして今年の7月に新たなにオープンした『BALACK SHEEP』を運営するスコンクワークスの代表。ラムを軸にした立ち呑みスタイルの店舗展開で、各店ともにエリアを代表する大人気店としてたくさんのお客さんに愛されている。自身もプレイヤーとして『BLACK SHEEP』に立ち、接客からDJまで行いながら日々奮闘中。

ラムのラヴソング :Instagram(@ramusong)
MAKE ONE TWO :Instagram(@make_one_two)
黒羊羊肉串店 BLACK SHEEP :Instagram(@blk_sheep2)

share

TWITTER
FACEBOOK
LINE