Interview & Writing
前出 明弘
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依藤 寛人

2018年4月、日本のクラフトビール業界に彗星の如く現れた『ディレイラブリューワークス』。西成の街にブルワリーが誕生したというトピックだけじゃなく、ビールを軸としたあらゆる表現がトリッキーで、あっという間に人気ブランドの一つとして数え上げられるようになっていました。まさに順風満帆なサクセスストーリーかと思いきや、実は全然そうではないんです。もちろん、何をするにも障壁は付きものですが、代表の山﨑さんの場合はちょっと濃いめというか、西成という特性もあってディープというか…。そんな話を包み隠さずに話してもらい、世界に向けた野望まで語っていただきました!まだまだ暑い日は続くから、『ディレイラブリューワークス』のビールをクイっと飲みながら読んでもらえると、うまさがさらに深まるかも…しれません。

僕らは、どっちに進むか迷った時は必ずおもしろそうな方に行く。道から外れていくことを良しとするんです。

これまでいろいろ話されてきたと思いますが、まずは『ディレイラブリューワークス』の立ち上げの経緯から教えてください!

いろんなメディアに取り上げていただきましたが、かなり美談にデフォルメされてて、それでもいいんですけど、とりあえずリアルな話をしますね。僕らの母体となる株式会社シクロは医療介護や就労支援にまつわる事業をしてて、その一環で西成のおっちゃんたちに働く場所を提供してるんです。でも、「モチベーションが上がらん」「単純作業はイヤ」といった不満が出てくる中で、西成のおっちゃんたちにとって何が一番刺さるのかをずっと考えてて、トライ&エラーを繰り返してる状態でした。しかも、みんな朝から飲んでるから、コーディネーターがヒアリングしてもそもそも話にすらならない。完全にできあがってるので、逆に詰め寄ってきたりするんです。

外から見たらお馴染みの光景って言えますが、おっちゃんたちを支える側にとっては大変でしかないですよね。

なんとかコーディネーターの子たちが仕事しやすい環境にしないとアカンなと。夜に飲むのは自由やけど、朝から飲むカルチャーを穏やかに変えていきたかったんです。モーニング食べながら飲んでるビールをエスプレッソに変えて、西成にスタバ的な店を作ろうと思ったのが始まりです。それで、飲んでるおっちゃんたちに「カフェやろうや!」と声をかけて、西成警察署の裏に40坪のカフェを作りました。

最初はカフェだったんですね。

いや、結局このカフェは1年で閉店しちゃんですよ。

現在の『ディレイラブリューワークス』の工場があるのも、西成の四角公園のすぐ近く。

何があったんですか!?

おっちゃんたちのモチベーションも上がり、どんどん酒が抜けていくようになって、30〜40人くらいの雇用も生まれました。平日でも100人以上のお客さんが来てましたからね。いいスタートが切れたと思ってたんですが、そこから嫌がらせが始まるんです。店の前で脱糞されてたり、ドアの前にその脱糞が並べられてたり、殺虫剤を撒かれたり…。

人気のカフェができて妬みがあったと…。

よく思わない人もいたやろうし、朝からやってる飲み屋とかはね。それと、おっちゃんたちにお金貸してる人とかも。おっちゃんたちは朝から飲んで博打して、散々搾り取られてまたお金を借りるという、ここならではのエコシステムが成り立ってましたから。でも、おっちゃんたちが真面目に働き出して博打しなくなり、収入も得てるからお金も借りなくなると、そっち側の人らの食いぶちがなくなるわけですよ。そりゃ、「あの店を潰したら客がまた戻ってくる!」的な感じで、閉店に追い込まれてしまったんです。

ディープですね…。

結局、ネジの袋詰めや封筒の手折りとかの単純作業にまた戻らざるをえない状況になりました。で、ある日おっちゃんたちと焼肉食べながら、これからどうするかいろいろ話してたんです。だんだん酔っ払ってきて「お前があそこで屈したからアカンのや!」「お前のせいや!」とか言われ出しまして…。僕からすると「おっちゃんたちもビビって出勤しなくなったんやん!」と思ってたんですけどね(笑)。そんな感じであーだこーだ喋ってる時に、「ワシらは暴動の時に酒を造ってたんや!ワシらに酒を造らしたらええねん!お前は金だけ出したら、ワシらは売るところまでやったる!」と、1人が言い出したんです。すると、「俺も造ってた!」ってみんな言い出して(笑)。全員が本当かは分からないですけど、どぶろくを造ってたみたいです。

やっぱり酒のことになると1段階ギアが上がる感じですね(笑)

そこまで言うなら、酒を造る方向で何かしようかなと。まぁ、さすがにどぶろくを造るつもりはなかったですが、日本酒は酒造免許の取得も難しいから現実的ではないし、そもそも西成の水で造った日本酒を誰が飲むねんって話で(笑)

それでビールになったと。

ビールは沸騰した水を使うので、そこまで名水にこだわらなくても大丈夫ですし、原料もほぼ輸入。日本のどこで造ってもスタートラインは同じだから、西成でやってもチャンスがあるなと思ったんです。アメリカの品評会でも都会の真ん中のローカルブルワリーが金賞を獲ったりしてますからね。それができるのもビールならではで、なおさら西成でやる意味があるなと。

とは言え、ビールの醸造も大変だと思いますが、どこかで修業したんですか?

開業準備を進めながら、堀江にある『MARCA』の神谷さんから技術指導を受けました。ノウハウも全部教えていただき、それがなければ開業すらできてなかったと思いますし、今まで続いてなかったはず…。神谷さんに言われるがままに機材を準備して、僕らのイメージするビールのレシピも書いていただき、本当に感謝しかありませんね。

造り方だけじゃなくなて、ノウハウまでってすごいですね。完成したビールを飲んだ時のことは覚えてますか?

最初の<西成ライオットエール>はアメリカンペールエールとして神谷さんのレシピで造ったんですが、いい意味で全然違って、うまさと懐かしさがある味わいでした。

おっちゃんたちも何か言ってましたか?

「あ、この味や!」とか「懐かしいわ!」とか、神谷さんの前で言い出しまして…。おっちゃんたちが造ってたのはどぶろくやのにね(笑)。頼むから神谷さんのいないところで言ってくれって思ってました。

おっちゃんたちはピュアですね。でも、発売直後からいろんなメディアに取り上げられたりして、大人気になりました。何か戦略を練ってたんですか?

まず、おっちゃんたちにも分かりやすいエピソードを作って売り出したいとは思ってました。ただ、どぶろくを密造してたなんて言えないので、ファンタジー的なストーリーを作ったんです。ポートランドから不登校の女子高生が来て、その子がおっちゃんたちにビール造りを教え、暴動の時に振る舞った…というウソと事実を混ぜたような感じで。

それなら、おっちゃんたちもピンとくるはずですね。

必要な要素をうまいこと繋げて、隠し切らないカタチで表現したのが、その世界観でした。僕の中ではそれで終わるつもりだったんですけど、<西成ライオットエール>を発売したら「西成でかつてビールが造られてた!」みたいな話がSNSで拡散されて、みんながどんどんポジティブに捉えて応援する流れが生まれたんです。

こちらが<西成ライオットエール>のパッケージやビジュアル。そこにはいろんな背景やストーリーが込められています。

ファンタジーなのに、理解されなかったと(笑)

マスコミの方々にも取材で本当のことは伝えてたんですが、見事に密造の部分をカットして「かつて酒を造ってたおっちゃんたちが新たな人生をやり直す!」みたいな、すごく美しいストーリーができあがってしまって…(笑)。もちろん間違ってはないんですが、ファンタジーであることを理解してもらわないといけないので、ストーリーがどんどん派生したり、オムニバスになったり、スピンオフが生まれたりと、すごく拡張して今に至るという感じです(笑)

引くに引けない状況でしたが、それがディレイラらしい感じもします。

おもしろがってくれる人は多くて、コラボする時はそのストーリーに入れてほしいという方も多いですね。本当はもっと真っ当な売り方ができれば良かったんですが、そこまで戦略的なことは考えてなかったのが本音。何かある度に修正を繰り返してたら、悪ノリの極みみたいになってしまいました(笑)

そこがディレイラの魅力であり、「次は何するんやろ?」と興味を掻き立てるのかなと。

会社も同様で、最初から自分たちが掲げたゴールを目指して真っ直ぐ進むことはないですし、真っ直ぐ進んでも予想通りじゃないですか。もちろんネガティブに進むことはないけど、予想を超える結果に辿り着くこともない。それに、無理して予想以上の結果を出すことに対して無意識で修正してしまうこともあると思うんです。だから僕らは、どっちに進むか迷った時は必ずおもしろそうな方に行きますね。道から外れていくことを良しとするんです。その方が結果は自分の予想を超えるし、どんどんポジティブな方に物事が進んでいく気がしてます。

その都度、その都度、本気で向き合ってる証ですし、山﨑さん自身がおもしろさを欲してるんですね。

ディレイラもそうだし、母体のシクロもそうですね。僕ら自身は間違ってないと思ってるけど、他の人や企業から見たら行き当たりばったりに見えてるかもしれませんが(笑)。最初からしっかりと世界観を構築して、こんなプロダクトをこんなストーリーで展開していくという風にできればいいんですが、できないんです。トラブルを常に飲み込んで、走りながら考えるのが僕らのスタイルなんですよ。

大阪から締め出されて発注が来なくなったから、自分たちの直営店を持った。その方が誰のことも気にせず、造りたいビールが造れるから。

発売直後から大きな反響もあり、順風満帆なスタートでしたが、大変なことはなかったんですか?

最初の1年はニューカマーとしてチヤホヤされて、知名度も一気に上がりました。でも、いろいろやらかしてしまって…。一般的に僕らみたいないブルワリーは「THINK LOCAL」という考えのもと、地元から流通が広がっていくんですが、開業して1年後には大阪で扱ってる店はめちゃくちゃ少なくなってしまったんです。最近はようやく盛り返してきましたが、当時は東京と九州、京都が主で、すごくいびつな状態でしたね。

やらかしたのが原因っぽいですが、何があったんですか?

包み隠さず話しますが、まず1つは就労ビザの問題。開業当初は僕がブルワーとして造ってましたが、程なくしてアメリカ人のブルワーに手伝ってもらってたんです。ただ、ビールを造るためには専用のビザが必要で、彼が持っていたのは学校の先生としてのビザでした。通訳兼貿易事務スタッフとして雇用していたので、その流れでビール造りも手伝ってもらうならセーフゾーンだし、本人も了承してたんですが、自己顕示欲が勝ってSNSで「自分がヘッドブルワーだ」と発信するようになっていて…。開業して1年で一気に知名度が上がってる状況をよく思わない人もいて、入国管理局に通報されたんです。

けっこう大変な状況ですよね、それは。

本人にはSNSを閉じてほしいと相談したんですが応じてくれず、ビザの切り替えもできないし、通訳兼貿易事務スタッフとしての勤務もできないということで、お互いに納得した上で最終的には退社してもらうことになりました。でも、そこからが山場。大阪在住のアメリカ人コミュニティに「クビにされた」とか「名声と技術だけを盗まれた」とか、事実じゃないことを言ってたので、変な噂が飛び交うようになったんです。さすがにウソは困るから、SNSで事実はこうですって表明すると、さらに一悶着ありましてね。

事実を伝えただけなのに、何があったんですか?

ビザの問題はけっこうグレーゾーンだったので、僕が明るみに出したことで「何してくれんねん!」と、SNSでめちゃくちゃ叩かれたんです。Twitterで売られたケンカはしっかり買うタイプなので反論してたんですが、その相手の1人が業界の重鎮でした(笑)。今はちゃんと和解してますけど、大阪から締め出されることになって…。それまでは新作の発売日にすぐ発注がきてたのに、大阪だけ発注のない状況が1年くらいありましたね。業界をちょっと冷めた目で見てたんですが、それなら自分たちの直営店を持って取引先に左右されない販路を作ってやろうと思ったんです。その方が誰のことも気にせず、造りたいビールが造れますからね。

なるほど。その逆境のおかげで、さらにディレイラらしさが強まったと。

大阪以外ではトリックスター的なブルワリーとして認識されてましたし、母体の会社が安定してるから醸造予算もあることが知られるようにもなっていたので、経験はないけどセンスのある若い子たちが集まってくるようになったんです。今、ヘッドブルワーしてる伊藤も、横浜出身で東京農大を卒業して入ってくれましたからね。

ヘッドブルワーを務める伊藤さん。

母体の安定はもちろんですし、他とは一線を画すビールを造ってるCOOLさが、想いを持った若い子にはやっぱり刺さりますよね。直営店を持ったことで客層の広がりはありましたか?

京都の直営店は特にですね。昔ながらのビアギーク層には刺さらないけど、お酒が好きでクラフトビールを飲んだことがない層を取り込むための出店でもあったので、その層を刺しに行ったことで結果的に客層は広がってます。それが僕らのやるべきことだし、僕らが生きていく道なのかなと。大手と同じことしても意味ないし、大手のできないことを悪ノリしながらやる。業界の鼻つまみ的なポジションが僕らなんですよ。

でも、昔ながらのビアギーク層の存在はやっぱり大きいかなとも思いますが。

当然大きいですし、相手にしてないわけじゃないです。あくまでも認められてはおきたい存在かなと。技術があることはしっかり証明しておきたいから、「あなたたちに刺さるビールも造れますよ」という部分も見せつつ、トリッキーなビールを造ることを意識してますね。そこに僕らのアイデンティティーがあるし、ビアギーク層だけを見てビールを造っていないので。

ディレイラのビールは、技術があってこそだと。

そうですね。技術がないから逃げのスタイルでトリッキーなことをしてるんじゃないですよと。アメリカやオーストラリアの品評会にも毎年出品していて、この前はオーストラリアで銅賞をいただきました。日本ではちょくちょく金賞もいただいてるので、海外でも早く金賞を獲りたいですね。でも、やっぱりディレイラはトリッキーなビールを造ってる。そんな状況が理想かなと思ってます。

高校生の時は作家志望でライフプランを綿密に描き、大学生ではヒモをしてました。

『ディレイラブリューワークス』と言えば、これまでお話いただいたトリッキーなビールはもちろんですが、その世界観を飛躍させるストーリーやアートワークも真骨頂だと思います。その部分も山﨑さんが全て担ってるんですか?

まずビールの部分から先にお話すると、細かい技術やレシピはブルワーに任せてますが、「こんなものを造りたい!」というベースは無茶ぶりレベルで伝えてますね。例えば、阪神タイガースカラーのビールを出したいから、パイナップルとマンゴーでスムージーを作って、そこから小麦ベースで造ってほしいとか。めっちゃ雑に投げてるので、大変だとは思いますが(笑)。で、アートワークは自転車仲間にお願いしてて、僕が考えた商品タイトルとストーリーを伝えて制作してもらってます。

どんな感じの内容を伝えてるんですか?

この前造った<イチゴイチエ>で言えば、池田市さんから大量のイチゴをいただいたので、そのイチゴを使ったビールが造りたかったんです。でも、京都醸造さんが<一期一会>という名でイチゴのビールを造っているため、パクリと思われたくないから、イチゴとイチエという女子高生をキャラとして設定しました。その2人が卒業する前に文化祭で思い出を作るために漫才コンビを結成する…、そんなストーリーを考えたんです。それなら訴えられることもないかなと(笑)

ディレイラとはフランス語で「道を外す者=生き方を自分で選ぶ者」を意味する言葉。

悪ノリの範疇と言えばそうですが、ストーリーの背景が甘酸っぱくておもしろいですね。

伝える内容としてはすごく雑ですが、軸の部分だけはブレないようにしてます。最低限の情報を伝える方が余白もあるし、制作サイドも余白のある方が飛躍もさせやすい。そして、結果的には僕の想像する以上のものが生まれてくる。いつもそんな感じでキャッチボールして制作してもらってます。

でも、新作がどんどん発売される中で、ストーリーの背景を考えるのも大変そうですが、イマジネーションの発端はどこにあるんですか?

とりあえず、経費でいろんな本をたくさん買えるようになったのがデカイです。ビール事業を始める以前は、医療介護の会社なのにマンガを経費で落とせるわけないですからね(笑)。通勤中はマンガを読んでますし、映画も週2〜3回はレイトショーを観てます。そこから軽く一杯飲んで、ぼんやりと考えながら思いついたフレーズなどをメモするのが、僕の大切なルーティーンなんです。

昔からマンガや本が好きだったんですか?

昔から好きだったから、余計に拍車がかかった感じです。実は、高校生の頃は作家になりたいと思ってて、どうすればなれるかをずっと考えていたほど。とりあえず阪大文学部の国文学専攻に入学して国語の教員免許を取り、卒業後は高校の先生をしながら新人賞に応募し続けて、賞を取って作家になるというライフプランを綿密に描いてました。

けっこうガチですね(笑)

プロット書いてキャラ設定した資料を友だちに見せるというのが、僕の遊びと言えるくらいでしたから。その頃に描いてた夢を、20数年後にやってるような気もしてますね。ディレイラを始めてからいろんなタイトルやストーリーを考えてきたので、この前は調子に乗ってアートブックまで作ってしまいました。

しかも壮大なスケール(笑)。マンガや本が好きなのは分かりましたが、他にはどんなカルチャーに傾倒してたんですか?

今45歳なんですが、高校生や大学生の頃は日本のHIP HOPの黎明期で、あの頃の言語感覚にはかなり揺さぶられました。そして、今の若い子の言語感覚もすごくいいなと思ってて、フリースタイルでラップしてるのを文字に起こし、改めて韻の踏み方がキレイだなと感心したりしてます。同じ歌詞なのに、「てにをは」を変えると意味が違ったりする曲とかを聴くと、ワクワクが止まらないですし。難しい言葉を使うよりも、シンプルかつ簡単な言葉で表現する方が好きなんでしょうね。

文字起こしまでするって、相当ですよね。

でも、HIP HOPはめちゃ好きですが、僕自身はB-BOYじゃなかったですよ。当時はかなりデブで、ピーク時のMAXは120kgありましたから(笑)

今の姿を見てると、全く想像できないんですが(笑)

受かった大学を蹴って一浪したんですが、その時に記録した体重です。それでも大体100kg前後を推移してる状態で、高校で剣道してて痩せてる時でも80kgはありましたね。だから、100kgの自分が着こなせる服が僕の周りはなかったんです。38〜40インチのデニムを穿いても、デブなのでジャストサイズになりますし(笑)

話が脱線しますけど、ちょっと聞かせてください(笑)。今はめちゃスマートですが、どうやって痩せたんですか?

とりあえず大学デビューしたくて、いろいろやりましたよ。りんごダイエットやおでんしか食べないとか、一番痩せた時は60kg切ってましたから。

半分!テレビのダイエット番組に出れるレベルですね…。

それは大学を卒業する頃なんですが、卒業旅行でインドに行く前は65kgで、現地で体調崩してしっかり5kg以上落として帰国しましたね(笑)

まさにインドあるある!で、大学デビューはできたんですか?

そうですね、順調に体重を落としていって大学3年で無事に大学デビューできました。それまでは住之江の実家暮らしでしたが、彼女ができて同棲して、学生のくせにヒモをやらしてもらってました。

え、ヒモですか…(笑)

彼女がOLだったのでマンションに住ませてもらい、養ってもらってたんです(笑)

だいぶ華々しい大学デビューですね、それは…。さらに聞きたいんですが、ちょっとこの辺にしておきますね(笑)

おじいちゃんたちにうまいこと担がれて会社を立ち上げましたけど、良くも悪くも人生を変えてもらったなと。

高校生の頃は作家を目指し、大学生では減量とヒモ生活を送ってたわけですが、卒業後の進路は?

実は一浪したのは、障害者福祉の大学に行き直そうと思ったからなんです。阪神淡路大震災をきっかけに気持ちが変化して、こっちの道を目指したくなりましてね。だから、卒業後は障害者福祉の施設で働いてました。3年ほど働いてたんですが、リハビリテーションの先生が来た時に、カラダを触って痛みを緩和させる姿を見て、やっぱり手に職が必要だと思ったんです。それで退職して夜間の学校に行き、昼間は介護福祉の企業に転職しました。

大学の時点で福祉の道に進んでたんですね!脱線トークが気になってしまって、すみません。転職後の業務はどんな内容だったんですか?

最初はお年寄りの家に手すりを付けたりしてて、最終的にはケアマネージャーをまとめるスーパーバイザーをしてました。そこそこ稼ぎもありましたし、結婚もしてたので骨をうずめるつもりだったんですが、その会社が脱税で倒産…。これからどうするか考えないといけないけど、その前におじいちゃんやおばあちゃんたちを他の施設に引き継いでもらう準備をしてると、「勝手に引き継ぐな!」って言われたんです。

山﨑さんとしても放ってはいけないけど、おじいちゃんたちも不安になりますよね。

でも、引き継ぎは必要なことだったんですが、おじいちゃんたちが「お前が独立したらええねん!ワシらが患者でいる限りはお前を養っていけるから、とりあえず会社を立ち上げろ!そうなればワシらの生活も変わらんで済む!」と言われましてね。それで立ち上げたのが、株式会社シクロ。このおじいちゃんたちを最後まで面倒みようと思ったから、独立することを決心したんです。

めちゃいい話じゃないですか!

美談に聞こえるんですけどね…。独立して1年目で利益も出て、このまま進めば軌道に乗っていくなと思った時に、おじいちゃんたちから言われたんですよ。「ワシらがお前を儲けさしたから、売上の1割をバックしろ!」って(笑)。最初からそれが目的やったんかって思いましたね…。渡された手書きの紙にはひらがなで“こんきょ”と記されていて、1割もらう権利があるって書かれてました。多分、いろいろ調べたんでしょうね。本当にどうしよかなと思いましたもん。

おじいちゃんたちに働かされていたと(笑)。策士ですね…。それでどうしたんですか?

さすがに1割バックは法にも触れるので無理だから、ポケットマネーでおじいちゃんやおばあちゃん15人くらいを連れて温泉に行きました。僕が引き継いだ人たちが亡くなるまでの5年間は、バスをチャーターして毎年行ってましたね。

腑に落ちない部分はあるかもですが、聞いてる分にはハートフルな気がします。おじいちゃんやおばあちゃんたちはいい思い出もできたでしょうし。そのおかげで、今もあるわけですし…。

それはそうなんですけどね。会社が倒産してなかったら気楽に働けてたのになと…。おじいちゃんたちにうまいこと担がれたって、今でもそう思うことはありますね。創業時は奥さんが社長で、僕は現場を担当してたんですが、奥さんが体調とメンタル崩して結局は離婚することにもなりましたし。別に計画的に起業して社長になるつもりもなかったから、良くも悪くも人生を変えてもらったなと。

確かに、これまでのお話を総じて考えると人生も大きく変わってますし、その局面、その局面に向き合う強さが本当にあるんだなと実感します。

そんなに友だちが多い人生でもなかったので、頼まれたらOKするタイプやったんです。お前が断れる義理かと。せっかく声をかけてもらったなら、なんでもやるべきちゃうんかと。僕の根底にある部分は、今も変わってないかと思いますね。

世界で勝負もするし、宇宙でビール酵母も造ってるんです。これから5年は、さらにおもしろいことができるはず!

山﨑さん自身、この西成という街にどんな想いを持っていますか?

会社を創業したのは実家のある住之江でしたが、先ほど話したおじいちゃんたちは西成在住だったので、2年目に移転してそこからはずっとこの街に腰を据えてビジネスをしてきました。人生を狂わされた街ではありますけど、その分いろんな経験もさせてもらったなと。ディレイラの話で言えば、西成の街でビールを造ることが逆張り的にいいという打算がないわけじゃないですが、やっぱり思い入れは強いですよ。<西成ライオットエール>で賞を獲った時も「西成の水でうまいビールが造れるわけない!」って、大阪のビアバーでかなり言われましたから。だったら西成の水でうまいビール造り続けたるわって思ってますし、西成から離れるつもりはないですね。

この街で全てが始まってますもんね。

でもね、総務と経理だけは四ツ橋に事務所があるんです。その理由は、西成よりも四ツ橋で事務スタッフを募集した方が、10倍くらいの差で応募があるから(笑)。この差には驚きましたけど、やっぱり分かりやすいなと。

まぁ、それはそれでリアルですね。では最後に、これからもトリッキーなビールが生まれてくるとは思いますが、『ディレイラブリューワークス』としての野望を聞かせてください!

やっぱり世界で勝負したいですね。業界ではファンもアンチもいるくらいに認知度はありますが、その中で評価を上げていくとか、少ないパイを奪い合っても微々たる差にしかならないので、そろそろ世界に出て行きます。

世界に進出する具体的な話があるんですか?

今動いてるのは、ベルギーのサッカークラブであるシントトロイデンのオリジナルビールを造ること。ベルギーの醸造所で僕らのレシピを使ってビールを造り、ベルギーで流通させて逆輸入的に日本へも持ってくる感じです。そのパターンで、香港版と台湾版も考えてます。かつて自前の醸造所を有してなかった『ミッケラー』が同じようなことをしてるので、僕らも実現させたいんですよ。これは今年か来年の目標です。

ここ数年の話かと思いましたが、一気に世界に出るんですね。

「また調子に乗ってる」とか「まだ日本ですることあるやろ!」とか言われそうですけどね。もちろん国内でも動くので、全てが同時展開なので何を言われても大丈夫です。もう気にもしてませんし。

さすがですね(笑)。他にも何かあるんですか!?

宇宙ステーションでビール酵母を培養させるプロジェクトがあって、今はそこにも参画してます。世界初の試みで3年後にはその酵母が帰ってくるので、その時は宇宙ビールを造りたいなと。僕らだけで独占するんじゃなく、国内のブルワリーみんなに酵母を配りたいとも思ってます。

そんなこともしてたんですね!しかも、オープンソースにするっていうのが素敵です。

僕も最近知ったんですが、秋田の新政酒造さんが造ってる<No.6>は、6号酵母という日本最古の清酒酵母なんだそうです。その酵母を誕生させたのはもちろん新政酒造さんで、国内メーカーが使えるように流通させたことで日本の吟醸酒製法の確立に大きな功績を残したと言われています。僕らもそんなカタチで酵母をシェアできれば、これから5年はおもしろいことができるはずだし、業界もさらに盛り上がるはず。国内で流通していろんなブルワリーが宇宙ビールを造れば、世界に誇れる日本のビールスタイルにもなるかもしれない。そんな果てしない野望をおぼろげに抱いてるので、思いっきり期待しておいてください!!


<山﨑さんのお気に入りのお店>

マルフク(大阪市西成区太子)
ホルモンの立ち飲み屋です。株式会社シクロを創業した時に、認知症のおじいちゃんを探しに行ったらマルフクで飲んでました(笑)。家にいてないという連絡が来たら「とりあえずマルフク見てきて!」と伝えてましたが、2回に1回の確率で発見できましたね。

横目(大阪市西区新町)
ディレイラでオリジナルビールを造ってる人気の立ち飲み屋で、新町の事務所に顔を出すついでにちょくちょく行ってます。1人でもフラッと入れるからお気に入りのお店ですね。

三本木商店(京都市上京区真町)
よく通っているナチュールワインのお店。秋鹿酒造の方もここが大好きで、実は10年寝かした秋鹿の古酒を三本木商店だけに卸しているんです。「山﨑さんのために仕入れておきましたよ」と言われるほど、僕はその古酒ばかり飲んでます。

バルカン(京都市上京区出水町)
餃子とスパイスのお店です。現在は京都に住んでいるんですが、ここに行くと大阪っぽい空気を感じられるので重宝させてもらってます。

Profile

山﨑 昌宣

大阪市出身。『ディレイラブリューワークス』の母体となる株式会社シクロの代表。介護支援専門員や相談支援専門員、理学療法士、社会福祉士の資格も持つ。自転車の実業団にも所属していた過去があり、現在はトレイルランに没頭している。

https://derailleurbrewworks.com/
https://cyclo-inc.jp/

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