日常と表現の間でもがきながら、それでも表現することをやめない主婦美術家・犬飼沙絵さんの葛藤。
自分で表現をしていると思ったことはあんまりないです。おこがましいかもしれないけど、表現をさせているみたいな。
日常生活を家族というユニットによるアート活動だと思えば、暮らしに対する気持ちの向き合い方が変わりそうですね。それは犬飼さんにとって救いになっている部分もありますか?
その通りで、最初は救いとして、ただやっていようと思ってたんですね。でも私はそれを、全世界のみんなに思ってほしくて。アートとか作品に触れるのがごく一部の人じゃなくて、すべての人々がすべての日常生活の中で、表現とか作品を自分がつくっている、触れているって思いながら生きていくことが、いちばん良い世界なんじゃないかなって漠然と思ってて。そういう世の中にするには、私は何をしたらいいのかなっていうことが、「戦争をしない」のかわりじゃないけど、めざしている部分。
私は何も考えずに生活していて、表現するということを意識したことがないのですが、犬飼さんにとって「表現する」というのはどういうことなのか、気になります。
表現をする…。なんだろう、自分で表現をしていると思ったことはあんまりないです。おこがましいかもしれないけど、表現をさせているみたいな。
表現をさせているというのは?
私はむしろ黒子的な感じというか。アーティストと名乗ってはいるけど、やっていることは相手に何かリアクションさせることだから。私の質問や行動で、相手に表現をさせている感じ。それが、私の表現をしてるってことかなと思います。
2023年3月に商店街で実施された「よそのうちのこと屋台」も、まわりの人を巻き込むかたちのアートパフォーマンスでしたよね。
家事って陰のもので外からは見えないじゃないですか。それをわざわざ屋台にして、他の家庭の人と、その人がその日作る予定だった夕飯を一緒に料理して、その場に吸い寄せられて来た人たちみんなで食べることは、陰を外に持ち出してる感じ。あと料理してくれた人にとっても、いつもは家事でも、その間はパフォーマンス。それを経て家に帰ったときに、日常に対するその方の意識に少しでも変化があったらうれしいなって思います。
犬飼さんの場合は、生きてることがそのままアートな感じがします。
そこが本当に、そろそろ区切らないといけないところで。この家みたいに、とりとめがなくなってくるから。でもジェンダーやフェミニズムを学び始めてわかったのは、女性のアーティストで名を残してる人は、長生きの人が多いんですよ。私も139歳まで、あと100年生きることを目標にもがいて、とにかくそのとき思うことを一生懸命やりたい。139歳まで生きられたら、私が思い描いていた世界がちらっと見られるかもしれないって思います。
これからやりたいことや、叶えたいことってありますか?
アートかどうかはわからないけど、家族ユニットを作ったときに、「千のおうちプロジェクト」というのをWEBで立ち上げたんですよ。千のおうちっていうのは、いろいろなおうちを覗き見するじゃないけど、家を外に見せるっていう場。自分たちだけじゃなくて、よそのおうちの拠点がたくさんあって、お互い住まいを替えたり子供を替えたりして住むとか、それくらい自由な感じ。子供がどこの家に帰ってもいいみたいな、そんな世の中になったらみんなにとっていいのにと思うんですよ。
家や生活をオープンにして、自由に行き来できるような。
そのための第一歩として、もっとみんなが映えないことをしてほしいというか。例えば、私は今でも子育てしていてすごく怒ってしまう日もあるんだけど、そういうときはそんな自分を抑えるために、スマホをガムテープで壁に貼ってインスタライブをするんです。ただ2時間くらいうちの食卓が映ってるんですけど、その時は子供も少しわがままじゃなくなるし、私もよそ行きの顔になる。でもだんだんよそ行きじゃなくなっていくんだけど、そこに社会の窓があるから冷静なんですよ。
わかる気がしますね、この状況を引きで見るカメラがあることで、ちょっと冷静になれる感じ。
こんなバカなことやってるの私くらいだし、恥ずかしいなあと思いながらも、自分のお守りのためにやってるんだけど、でもその後にけっこうな数の人から個人的なメッセージが来るんです。
インスタライブを見た人から?
そう。それも、みんな映えてる投稿をしているお母さんたちから。「見ながら泣きました」とか、「私も、見られたら友達全員いなくなるんじゃないかってくらいひどく怒っちゃうときがあります」とか。ええ、この人が?っていう人たちからメッセージが来て。みんな見せたくないじゃないですか。だから、ほとんどの人がそうなってるんだけど、ほとんどの人はそれを知らない。社会もそれを知らないし、子育てにかかわらない人はもっと知らない。でも本当はそういう見えない部分が社会を支えていて、すごく重要な役割を果たしている人たちだから、もうちょっとその現実を世に出してもいんじゃないかなって。ノウハウとかかっこいいのばっかりじゃなくて(笑)
たしかに!キラキラした部分ばっかりじゃなくて。
もうこれはアート活動ではないかもしれないけど、自分が見せたくない部分、シンクに溜まった食器の山とかをがんばって投稿してます。私でもこれだけ勇気がいるから、だからみんなよっぽどがんばっちゃってると思うんですよね。それをどうにかしたいなって思ってる。
映えない日常が広まって、みんなこんな感じだよ!っていうのが共通認識になったら、もっと楽になれるかもしれないですよね。ご自宅も改装しながら住まわれてますが、ゆくゆくはどんな場所に?
この家は「木とラ」ハウスという名前なんだけど、ファミリーでアーティストインレジデンスができる場所になったらいいなと思っていて。アーティストじゃなくてもいいかな、誰でもここにレジデンスしに来ていい場所。あとは土間ができたら、子育てとアートを切り分けずに、子供も大人も興味のあることを学べるアトリエみたいなものを作れたらいいなと思ってます。生駒のサグラダファミリアって自分で言ってて、何年かかるかわからないけど、ちょっとずつ。
最後に、もし主婦じゃない美術家だったらどうなってたと思います?
ねー。本当はずっとそれに憧れてたんですよ。もしあそこで子どもができてなかったら、あのままオランダにいて、アーティストビザを取得してたと思う。向こうでけっこう面白がってもらってたし、発表の機会もあったし、助成金も出してもらってたりしたので。でも今は、そうなってる自分がめちゃくちゃ怖い。
そうなんですね!
そうならなくて良かったって、最近やっと思えるようになりました。今の自分が世の中を見てるように見えないまま生きている自分を想像すると、恐ろしすぎますね。
<犬飼沙絵さんお気に入りのお店>
たこ焼き ゆき(大阪市東成区玉津1)
大阪にいた頃によく利用して、今も大好き。とにかくたこ焼きがおいしくて、こだわりがすごい。自分の理想のたこ焼き屋のために、たこ焼き屋でバイトしてたこ焼き屋をやってるんです。社会に飲み込まれない、その姿勢というか生き様も好きです。
Kininalu(生駒市本町2)
生駒市に引っ越してきて、つながりを作ってくれた大事なカフェ。お店の前で自転車がパンクして、ちょうど開いてたから入ったのがきっかけで、まちの活動をしている人とつながりました。生駒で何かしたい人は、ここに行くのがおすすめです。
キトラ文庫(生駒市本町6 ※閉業)
6月まであった古本屋さん。行くと何かしら「あ!」っていう本に出合える場所。店主さんご夫婦は本を売るためと言うよりサロン的な役割としてこのお店を続けるために、各地の古本市に出店して稼いだお金で家賃を払ってたと聞いて感動して。見習いたい場所のひとつです。
犬飼 沙絵
主婦現代美術家。1985年生まれ。愛知県出身、小学4年生から高校卒業までを東京都で過ごす。2005年からサラエヴォ国際文化交流(SICE)に参加。2010年にオランダ・ロッテルダムの王立ウィレム・デ・クーニングアカデミー ファインアート学科を首席で卒業。当時の主な作品は、IKEAに3日間住む「認識の創造」(パフォーマンス, 2008, オランダ)、ジョン・ケージ「4’33”」オマージュコンサートでスタッフに変装をし、観客に耳栓を配る「for John Cage」(パフォーマンス, 2010, ベルギー)など。2011年に日本で長男を出産、現在は3児の子育て中。2023年より奈良女子大学の山崎明子教授と出会い、ジェンダーやフェミニズムについて学ぶ。「よしおかさんち」という家族5人の表現ユニットで、「千のおうち」プロジェクトを進行中。