日常と表現の間でもがきながら、それでも表現することをやめない主婦美術家・犬飼沙絵さんの葛藤。


箸袋の展示をして、そこで初めて、安心しました。普通に子育てして生活してても、作品って作れるかもしれないって。

主婦になってもがきながらも、少しずつ道を切り開いての今なのかなっていう感じがしたんですけど、しんどい時期を抜け出すきっかけになったのは?

沼から抜け出すきっかけになったのは、鬱になってたときに、大阪に一人だけもともとの知り合いがいることがわかったんですよ。山口明香さんって<日々譚>というかっぽう着を作ってる人なんですけど、その人もオランダで服とかテキスタイルを扱っていて、東京で一緒にグループ展をしたことがあったんです。そこで出会ったときに、すごく私が作ってるものとか考えてることを好いてくれて。大阪の家が近いことがわかって、彼女が開いていたスペース『傍房(ぼうぼう)』に行ったんですよ。そこは生活をベースにしていて、朝ごはんの会があったり、味噌づくりや包丁研ぎの会があったり、生活のことを基本にした空間。そこに出会ったことが、最初の救いの藁だったなと思います。

『傍房』さん、覚えてます。玉造にあった長屋のスペースでしたよね。

そうそう。明香ちゃんのところで、自然なお産ができる助産院という選択肢があることも知ったんですよ。すごくいいなと思って。長男は総合病院で産んだんですけど、赤ちゃんの健康は見てくれるけど妊婦生活へのアドバイスとかはほぼなかったし、分娩台もすごく産みにくかったんですね。それが後の子育てにも影響してたと思う。でも、助産院のことを知って、そんな産み方ができるんだ!って。長男が5歳の時に2人目を産んだんですけど、産めるっていうのはそれだけ回復してたってことだから、彼女との出会いはすごく大きかったですね。

<日々譚>のかっぽう着を着て、台所に立つ犬飼さん。「主婦モードに切り替えるときに、これを着るんです」

また産んでもいいなと思えるようになったというのは、本当に大切な出会いだったんですね。産後、表現活動ができるようになったと実感したのは、どれくらいのタイミングですか?

14年間で作品になったものは2つか3つかあって、でもどれも自分では作品だと思ってやってなかった行為なんです。例えば、箸袋。夫が激務だった当時、毎日お弁当を作ってた私は、弁当の箸袋に「お前の妻は、今日で20代が終わりだー!」とか「今日のヒント」とかいろいろ書いてたんですね。それを見た長男が、「僕のにも書いて」って。まだ幼稚園児で字が読めなかったから絵で描こうと思って、「ママとソファーで寝ちゃって落された!」みたいなのを朝の忙しい時間にバーッと書いてたんですよ。戻ってきた箸袋にはカリカリの米粒とかも付いちゃってるし、私はゴミだと思ってたんだけど、夫と子供が壁にペタペタ貼ってたんですね。それをたまたま遊びに来てたオランダ時代の友達が、「これ面白いね、展示しなよ!」って言ってくれて。ええ、こんなゴミが!?みたいな(笑)

(笑)

だから、表現しようっていう感じではなくて、勝手に日常からにじみでたものが傍から見たら面白いのかなって。子供の卒園に合わせて3日間だけ、お世話になってたゲストハウスのギャラリースペースで箸袋を展示させてもらったんですよ。そこで初めて、安心しました。出産してからそこまでずーっと焦ってたから。作品が作れる精神状態でもないし、時間もないしどうしようって思ってたのに、普通に子育てして生活してても、作品って作れるかもしれないって。

息子さんが卒園するときには250枚を超えていたという箸袋を、自宅にあった着物箪笥の引き出しと、木工職人が作った引き出し型ケースに額装して展示。

箸袋の作品は、3月に開催された個展『月のうらへようこそ Welcome to back of the moon』で見せてもらいましたけど、すごく良かったです。そこでやっと、作品を発表できるに至ったんですね。

そうなんです。でも今は教授に、作品を作っても作品ではないって教わってて。論評や批評家たちに文字で語られてなんぼみたいな。そこで初めて作品になるのよっていうことを思い知らされて。社会的に作品にするならそこまでのステップが必要だと。

発表して終わりじゃないんですね。

そんな仕組みなの!?とか思って。でも、そこをめざしたいのかよくわからないけど、なぜ自分が作品を作れない状況に陥ったかっていうのは、かなりジェンダーやフェミニズムの問題が関係してるなと思うから、そこを学んで武装してから、アート界にバーン!と出たいかなって(笑)

二次試験の面談でずらっと並んだ教授陣が、私のポートフォリオを見て最初に言ったのが、「君はここを慈善団体だと思ってるの?」
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Profile

犬飼 沙絵

主婦現代美術家。1985年生まれ。愛知県出身、小学4年生から高校卒業までを東京都で過ごす。2005年からサラエヴォ国際文化交流(SICE)に参加。2010年にオランダ・ロッテルダムの王立ウィレム・デ・クーニングアカデミー ファインアート学科を首席で卒業。当時の主な作品は、IKEAに3日間住む「認識の創造」(パフォーマンス, 2008, オランダ)、ジョン・ケージ「4’33”」オマージュコンサートでスタッフに変装をし、観客に耳栓を配る「for John Cage」(パフォーマンス, 2010, ベルギー)など。2011年に日本で長男を出産、現在は3児の子育て中。2023年より奈良女子大学の山崎明子教授と出会い、ジェンダーやフェミニズムについて学ぶ。「よしおかさんち」という家族5人の表現ユニットで、「千のおうち」プロジェクトを進行中。

https://s-e-n-n.jp/

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