日常と表現の間でもがきながら、それでも表現することをやめない主婦美術家・犬飼沙絵さんの葛藤。
1人暮らしで毎日パンとチョコみたいな感じで、とにかく作品を作ることにしか興味がなかったのに、生活しかなくなっちゃって。
子育てで大変な中でも、作りたいもの、表現したいことはありました?
過去の自分の作品も全く興味なくなっちゃったし、今までずっと考えてたこととか面白いと思ってたこともつまらなくなっちゃって。全部が非現実的に見えたんですね。自分が大変すぎて、「こんなことを言える人たちは余裕があるんだ」とかって思っちゃった。今はまた面白いと思えるようになったけど、その時期は好きだったものが全部嫌いぐらいになってました。
これまでの感じを伺っていると、子育ても作品にできそうに思うのですが……。
私も今思えば、もっとうまくできたんじゃないかって思ったりするんだけど、その時は本当に毎日が流れていくインプットって感じで。インプットを留めることができない。赤ちゃんを育てるのは未知のことだし、今までとは違う感情があったり、いいこともいっぱいあったはずなのに、それをどう留めればいいのかを考える暇もなく。ビデオや写真もあるんだけど、これは赤ちゃんの記録なのか私の日常の記録なのかもわからない。落ち着いて考える時間をとることすら、思い浮かばないくらい。
作品に昇華しようと思う余裕すらもないような?
本当に、主婦たるもの、母親たるもの、みたいな刷り込みがすごかったので。赤ちゃんも泣かしちゃいけない、夫が帰るまでに夕飯を作って寝ないで待たなきゃいけないみたいな。私とは思えない、誰の思考!?(笑)。今は知識も経験もあるからそんなことはないけど、当時はお母さん像の刷り込みがすごく足を引っ張ってました。でも今ジェンダーとかフェミニズムを学んで、なぜそうなるのかが分かってきて。それは自分のせいだと思ってたけど、社会の問題だとやっと思えるようになりました。
出産当時、年齢も若かったんですよね?
25歳でした。それまで一人暮らしで、毎日パンとチョコ食べてるみたいな感じだったし、家のことに全く興味がなくて。とにかく作品を作ることにしか興味がなかったのに、生活しかなくなっちゃって。
その振り幅はすごいですよね。出産前は、産後も変わらず表現活動を続けていくつもりだったんですよね?
できるのかなって思ってました。だから、想像が全く足りてなかったというか、子育てのことを全然わかってなかった。こんな大変なことを、世の中のお母さんたちはみんな黙りこくって、文句は個人規模でしか言わずにやってるなんて。
それは本当にそうかもしれないですね。その大変さは家の中に閉じ込められてしまって。
最近育休を取る男性も増えてきて、半年や一年取る人もいますよね。でも、そういう人のパートナーの女性はフルタイム勤務なんですよ。パートナーが専業主婦でその長さの育休を取ってる人を私は知らなくて。育休を取るような意識の高い男性でも、女性に貨幣的な生産価値がないと、育休を半年一年取らないっていうのに全てが表れてると思う。
妻が専業主婦なら、そこまでサポートしなくてもいいと思っている感じが。
すごいケチな感じ(笑)。でも、それを言えるのが、私の価値なのかもしれないって思うようになって。ずっと主婦や母親から抜け出したいと思ってたんだけど、今はそれに飲み込まれたら、自分で飲み返そうとするみたいな。そういうのを全部吸収して経験してきたからこそ、言えることとやれることがあるんじゃないかなって思ってるんですけど。
「主婦美術家」っていう言葉が意味を成すというか。
そう、やっと!
犬飼 沙絵
主婦現代美術家。1985年生まれ。愛知県出身、小学4年生から高校卒業までを東京都で過ごす。2005年からサラエヴォ国際文化交流(SICE)に参加。2010年にオランダ・ロッテルダムの王立ウィレム・デ・クーニングアカデミー ファインアート学科を首席で卒業。当時の主な作品は、IKEAに3日間住む「認識の創造」(パフォーマンス, 2008, オランダ)、ジョン・ケージ「4’33”」オマージュコンサートでスタッフに変装をし、観客に耳栓を配る「for John Cage」(パフォーマンス, 2010, ベルギー)など。2011年に日本で長男を出産、現在は3児の子育て中。2023年より奈良女子大学の山崎明子教授と出会い、ジェンダーやフェミニズムについて学ぶ。「よしおかさんち」という家族5人の表現ユニットで、「千のおうち」プロジェクトを進行中。