Interview & Writing
前出 明弘
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大村 優介

現代アーティスト。別に特別な資格が必要なわけでもないし、名乗ってしまえばその肩書きは自分のものになるけれど、名乗る覚悟が本当にあるのかどうかってこと。心を削りながら生み出す苦しみ、アートリテラシーがまだ海外には及ばないこの国で続ける難しさ、でも、表現することにずっと夢中。そんな若き現代アーティストが、松岡龍一。本格的に表現の道へ進み始めたのが25歳の頃で、現在は29歳と言うから、何年やってるからスゴイ!とかってわけじゃないんです。やる奴はやるし、やらない奴はやらないだけ。ってことで、抽象画から西陣織、パティーヌ(染色)、はたまた小説まで、表現の幅を広げ続ける松岡龍一に迫ります。

バスケの強豪校でドロップアウトして、遊び倒したけど、そんな自分に飽きちゃって。

いろんな表現活動をされてますけど、肩書きとしては?

現代アーティストでお願いします。

では、まずは現代アーティストになる前の話から。ずっと何かを表現したいという想いがあったんですか?

いえ、まったく(笑)。小学校ではアメフトしてて、中学校でバスケに転向したんですけど、運よく高校からスポーツ推薦のお声がかかって。

ガチのアスリートやったんですね。

はい、実は。でも、全国常連高だったし、親からも「スポーツ推薦やったらバスケ辞めたら大変やし、あんたは辞める可能性あるから受験しなさい」って言われて、一応普通科で入学したんです。

そんな強豪校から声かかるって相当なレベルですね。で、実際入ってどうでした?

エグかったです、マジで。レベルの高さは想像できてたんですが、いろいろ規律がすごくて、その部分に耐えれなくて。

バリバリのスポーツマンだった松岡さん。着用している服も、パティーヌ(染色)した自身の作品のひとつ。

で、親の予想通りの展開に?

ですね、退部しました(笑)。マジで一般入試で入ってて良かったです。

じゃ、バスケ辞めたその後は?

まぁ、そりゃ解放されたんで、遊びに走ることになりますよね。

スラダンの三井君状態ですね。

グレてはないですよ。男子高校生の健全な遊びの範囲内で。

健全ね〜。でも、そこからずっと遊び続けてる感じですか?

毎日遊び倒してたので、高校3年の時にふと思うことがあって。「なんか、遊ぶのに飽きたな」と。そんなタイミングで、偶然にもおじいちゃんからフィルムカメラを譲り受けたんです。それから何となく風景を撮ったりしてるうちに、「これ、楽しいかも!」となりまして。

いきなりの変化!でも、心のどこかで自分の現状に何かを感じてたのかもしれませんね。

バスケで挫折して、遊びにのめり込んでたけど、自分とちゃんと向き合ってなかったんやと思います。遊ぶことで気を紛らわせて、逃げてたんやなと。でも、知らん街に出かけて写真を撮ってるうちに「今、自分は何がしたいんやろ」と、素直に向き合えるようになり、何かを表現するおもしろさを知りました。

なるほど。表現としての入口は写真だったと。で、それからの進路は?

芸大とかではなく普通の大学に入ったんですが、ずっと写真は撮ってました。仲良くなった友だちが変なヤツらばかりで、そいつらを撮ってるとスゴイ写真が生まれてくるから満足はできてたんですけど、就活前に自分の表現を改めて見つめ直した時があって。いい写真、スゴイ写真はたくさんありましたが、どれも被写体がいて成立してるものばかり。これって、自分の表現じゃなくて、その一瞬を切り取ってるだけだなと思ったんです。

ゼロからイチを生み出してないと。

そうですね。だから、就職はせずに大学を卒業して写真の専門学校に行くことにしたんです。ただ、写真家を目指したのではなく、表現として写真で何ができるかを探求するための選択肢でした。

現像ムラが生んだ抽象的表現に惹かれて、25歳から本格的に絵を描きはじめた。

専門学校への進学は、表現としての写真を探究するためとのことですが、どんなことをしてたんですか?

フィルムカメラでモノクロ写真をずっと撮ってました。街の風景や人も撮ってましたがやっぱり誰かの模倣になるので、自分らしさを探してるうちにたどり着いたのが人形だったんです。

人形?

はい、フランス人形とかをモノクロで。自分的にはしっくりとハマった感じがして、モノクロ写真×人形のスタイルで撮り続けてました。

表現としては結構ディープな世界観ですよね。それから抽象画を描くようになった転機はいつ頃だったんですか?

自分のスタイルが確立できたこともあって、撮影→暗室→現像の日々でした。そして、タテ1m×ヨコ5mの作品を現像してる時に、大きいがゆえに現像ムラができたんです。黒い部分が白くなってなかったり、その逆もあったりで、偶然の産物だけどその表現にすごく惹かれて。「これだ!」って思いましたね。

それをキッカケに抽象画の世界へのめり込むようになったんですね。

絵は全然上手くないんですけど、表現としてのおもしろさにハマった感じです。それからは例えば水たまりの形状とか、目に見えるものすべてがおもしろく映るようになりましたね。

ライブペインティングで制作した作品がこちら。いくつもの色を重ねて黒を表現し、吸い込まれそうな感覚と儚さが共存している。

ファインダー越しの世界とはまた違う、新しい世界に出会ったと。

写真は現像するまでに時間を要しますけど、抽象画は感じたことや思ったことをすぐキャンバスに表現できるってのも、自分に合ってたんだと思います。だから、とにかく描きまくってましたね。

偶然の産物って言葉がありましたけど、抽象画を描く上で松岡さん自身のOKとNGの線引きはあるんですか?

全体のバランスは大切にしてますね。ずっと写真をしてたから構図を考える感覚は養われてると思うんです。だから、色やカタチの関係性と全体のバランスが取れていることが自分としての作品の基準で、そこを意識しながら描いてます。

松岡さんのアトリエ。日々の創作活動はこちらで行っている。

抽象画については、すべて独学なんですよね?

基本的にはそうですね。ただ、大阪港にあるギャラリー『CASO』で出会った服飾作家のgwai.さんという方からいろんなアドバイスをいただいてました。自分は芸大出身じゃないし、アート関係の知り合いもいなかったので、素材の使い方や仕上げの方法とか細かい技術を教えてもらえたことで、作品としてのクオリティも一段と上がっていったんだと思います。まぁ、当時は言われるがままに実践してたんですけど、今ようやく教えてもらってきたことの大切さを理解できるようにもなりましたね。

西陣織職人のおじいちゃんとコラボして、ミラノサローネに出展して、演劇にも出演して。

西陣織とのコラボ作品もあると聞きました。

実は、おじいちゃんが西陣織の職人なんですよ。昔は「織ってる音がうるさいなー」という印象しかなかったんですけどね。自分がアート表現をするようになり、おじいちゃんが「一緒にやろう」って言ってくれて。

まさかのおじいちゃんやったんですね。スゴイ!

自分が和紙に下絵を描いて、それを糸状(横糸)に裁断し、おじいちゃんが織り、生地を作るって感じで。そして、できあがった生地を服飾作家のgwai.さんが服へと仕上げた作品です。その作品をミラノサローネのコンペディションに出したんですが、幸いにも受賞でき、現地で出展することができました。

いきなり話がワールドワイドになりましたね。

ミラノサローネでは、作ったコートと生地を2会場で展示しました。

ミラノサローネに出展した作品の展示風景。伝統的な西陣織と抽象画の表現から生まれた作品には、多くの人が興味を惹いた。

現地での評価はどうでした?

西陣織を活用してることの珍しさはもちろんですが、抽象画の部分ではバランスを褒められましたね。自分が大切にしてる部分だったので、そこに対して「このバランス感は君の才能だよ」って言ってもらって。めちゃくちゃうれしかったんですが、英語やイタリア語が全然話せないから、ちゃんと勉強しておいたら良かったなと(笑)。自分の言葉で細かい製法まで伝えられなかったことが、唯一の後悔ですね。

高い評価を得たことで、その後に何か繋がることはありました?

日本に帰国してからなんですが、親日家のエージェントと東京で再会し、ミラノでライブペインティングしてほしいというオファーをもらいました。

それはうれしい話ですね。

ただ、話を聞いてるうちに、「えっ?」って思うことがあって。

え、何ですかそれ?

聞けば、ミラノのシアターで行う演劇の最中にライブペインティングしてほしいと。しかも、セリフまであるって話で(笑)

現代アーティスト兼舞台役者ですか(笑)

まさかの展開でビックリですよ、マジで。公演は2日間なんですが、舞台稽古のために1ヶ月半くらいイタリアにいましたね。

その演劇自体はどうでした?

盛況でしたよ。自分の出演シーンは少しですが、ミラノでライブペインティングすることもそうですし、演劇の中で魅せる行為をすることはホント貴重な体験でした。コロナの影響でどうなるかまだ分かりませんが、追加公演が今年の6月にマレーシアであるんです。もし公演が実現できれば、また貴重な体験ができるのでワクワクしてますね。

2019年の暮れに行われたミラノでの演劇に出演した写真がこちら。
イタリアと日本の要素が盛り込まれた演劇で、松岡さんのライブペインティングが重要なシーンの一つに。

あら、次はマレーシアですか!?なんとか実現できるといいですね。アトリエを見てると抽象画以外にもいろいろありますが、表現の幅を広げてる感じですか?

ベースとしては抽象画ですが、その表現をいろんなカタチで展開してる感じですね。革製品をパティーヌ(染色)した作品は、絵と違って経年変化も楽しめるし、コロナのタイミングで“100(チェント)プロジェクト”という取り組みも始めました。これは、家にあるものを送ってもらい、アート作品にして送り返すプロジェクトです。家で過ごす時間が長くなる今だからこそ、身の回りにあるもので少しでも楽しんでもらえたらなと。

こちらが、100(チェント)プロジェクトの作品の一部。
身の回りにあったいつものものが、松岡さんの手によってアート作品へと生まれ変わる。

パティーヌもチェントプロジェクトもアプローチは違いますが、松岡さんらしい作品ですね。他には何かあります?

これは趣味の領域になるんですが、実は、小説も書いてます。自分の想いを伝える一つの方法だし、小説も表現の一つだと思ってるので。今はKindleで10作品ほどUPしてますね。

趣味というか、けっこうガチですね。でも、すぐに行動してやり続けているからこそ、現代アーティストとしての表現の幅が広がっていくんですね。

やっぱり挑戦できることは、何でもしたいんですよ。今はまだ自分の手の届く範囲のことしかできてないから、もっと海外にも出て行きたいし、彫刻や立体作品も作ってみたい。これからも挑戦することは、尽きないと思いますね。

これからのいろんな挑戦も楽しみにしてます!最後に質問です。松岡さんが現代アーティストとして、大切にしてることってなんですか?

うーん、自分の好きなことにどれだけ夢中になれるか、ってことですかね。だから突き詰めていけるのかなと。誰もやってないことを見つけて追い求めるより、やっぱり好きなことを追い求めたいですし。ニッチ狙って努力するなら、その時間や力を好きなことに充てたい。これがアートで、これはアートじゃないっていう境界線のない世界だからこそ、自分はこれからも好きなことを突き詰めていきたいと思ってますね。

Profile

松岡 龍一

京都府出身。現代アーティストとして、抽象画をはじめ西陣織を使った作品など、さまざまな表現手法を用いた作品を発表。出展したミラノサローネでは高い評価を受け、現地にて作品展も開催。コロナ禍の状況にもよるが、来年度から本格的に海外での活動も予定している。

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