“おもんなおもろい”が僕の原点。<ツートライブ>周平魂に息づくカルチャーと、揺るぎないお笑い観。


真っ直ぐじゃない面白さが正義だった子ども時代。ブルーハーツのカッコ良さに衝撃を受けて、音楽ってすごいとのめり込むようになりました。

周平さんは、どんな子ども時代を過ごしてきたんですか?

ずっとちょけてきましたね。ただ3歳の時に幼稚園で撮った集合写真が残っていて。全員ちょけてる中で、端っこにいる僕だけがポケットに手を突っ込んでカメラを睨みつけているんです。だからたぶん恥ずかしがり屋ではあったと思うんですよ。オカンとオトンは、家でも友達とおる時も僕がワーワー言うてるから、学校行事でもはっちゃけてると思ってたやろうけど、学芸会の時とかは後ろの方で大人しくしている子どもでしたね。ウサギの役とかも恥ずかしがってちっちゃい動作でやるとか。どこかスカしてる部分があったんでしょうね。

子どもの頃からお笑い担当ではあったんですか?

みんなの前で漫才をやるような子どもでしたね。小3、小4くらいの頃は、学校の出し物でコントみたいなこともやりました。
僕は京都出身なんですが、京都人って捻くれてるイメージがあるじゃないですか。僕もそういう性質を持ち合わせているのか、小学1〜2年生の時点で、「ズコー」みたいな笑いの取り方を、ちょっとバカにしながらやっていました。僕らの地域に限ってかもしれないですけど、“おもんないをおもろい”としてやる文化がありましたね。小4の頃、友達3〜4人と4コマ漫画を描いて遊んでたんですが、それが3コマ目まで振って、おもんない4コマ目でオトすっていうやつだったんです。誰が1番おもんなくできるか勝負して、「おもんなー」って言いながらみんなで盛り上がっていました。

ド直球ではないというか、ちょっと捻くれた遊び方ですね(笑)

僕らは純粋にそれをやっていたんです。当時から、自分の中の面白いの基準が“おもんなおもろい”にだいぶ偏っていて。今でこそその概念が浸透してきましたけど、真っ直ぐな笑いの取り方じゃないから、芸人になった当初はかなり苦労しましたね。1番おもろいことを言わなあかん場面で、おもんないことを言った方がウケるような地元で育ってきたので。

舞台での周平さんを見ていると、今も変わらずその感覚を持ち合わせているように感じます。

めっちゃあります。“おもんなおもろい”の感覚は一生抜けないと思いますね。「ここでおもんないこと言ったろ」っていうスイッチが自分の中にでっかくあって、20年も芸人を続けていると、それをやることで場が白けてしまうのもわかってる。それでもやっぱりおもんないことを言いたい。それを言わへんことには、自分が芸人になった意味もないんかなって思いますしね。

小さい頃からその感覚が変わっていないんですね。

10年前に小学校の同窓会に行ったんですけど、とある女の子に「周ちゃんは芸人とかになると思ってた。笑ってる箇所が1人だけ意味わからんかった」って言われて。小3の頃、国語の教科書に載っていた「アナトール、工場に行く」っていう話がむっちゃ好きやったんです。それを男友達に音読してもらいながら、僕が後ろから抱きついて、「そこもっと強く読んで〜」とか言うのをずっとやっていて。男子は全員笑ってたんですけど、周りの女子はドン引きしてたらしいです。そんな真っ直ぐじゃない面白さが正義やった子ども時代でした。

音楽を好きになったのはいつからですか?

ベタですけど、ザ・ブルーハーツ、ザ・ハイロウズ、ザ・クロマニヨンズがずっと好きで。今でもクロマニヨンズさんがCD出したら走って帰るくらい大好きです。甲本ヒロトさんがゲスト参加した宇多田ヒカルさんのレコードももちろん買いました。自分の性分なのか、子どもの頃に好きになったものがずっと好きなんですよね。
5個上の兄ちゃんが小5の頃ブルーハーツにハマってて、幼稚園児だった僕に「好きな曲入れてあげるから」と専用のカセットテープを作ってくれたんです。当時の僕は、ブルーハーツってめっちゃ面白いと思ってて。「リンダリンダ」「少年の詩」「殺しのライセンス」、全部面白いものやと捉えて笑いながら聴いていました。小1までは手元にあったんですが、いつの間にか失くしてしまって。中1になった時、偶然ホコリまみれのテープが学習机の裏から出てきたんです。「あのおもろい曲がまた聴ける!」と思って改めて聴いてみたら、何やこれ、めっちゃカッコええ〜〜ってボロボロ泣けてきて。幼稚園や小1で聴いてたおもろいテープがこんなにカッコよかったんやと、思わず泣いてしまいました。それが音楽ってすごいなと衝撃を受けた瞬間でしたね。

思わず泣いてしまうほどの衝撃……、すごいですね。

あれ中1で聞いたらやばいでしょ。「リンダリンダ」「情熱の薔薇」「人にやさしく」とかも入ってたんちゃうかな。面白いと思ってたものが“カッコいい”に変換されたのがほんまに衝撃でした。
中学はお弁当やったんですけど、「弁当はいらんから食堂でご飯が食べられるように500円くれ」と親に言って、それを使わずに貯めてCDを買ってました。今考えるとヤバいやつかもしれないですけど、友達が食い終わったうどんの汁をもらって、50円で替え玉してそのうどんを食べるとかね。ブルーハーツだけに留まらず、ブラフマンにバックドロップボム、新しい音楽がブワーっと出てきて、そこに重なるようにヒップホップとかも好きになっていくわけですよ。もうなんぼあってもお金が足りひんかった。音楽に夢中になっていましたね。

集めても集めても際限がなさそうです。

高校生くらいからはレコードも集めるようになって。ヒップホップ系のレコード屋さんにお金を握りしめて行って、何十枚も聴かせてもらって1枚だけ買うとか。レコードはかなり厳選して買っていました。そんな感じでヒップホップを聴いていくと、サンプリング文化がわかってくるんです。この曲のこの部分はこの人の曲をサンプリングしてるんや、とか。ビースティ・ボーイズのスネアの音が洗濯叩きでソファを叩いた音やっていうのを知ると、どんな音なのか気になってレコードを探しに行くとか。知るほどにどんどんつながっていくのが楽しくて、ヒップホップは追求し始めると止まらない面白さがありますね。一方で、ヒロトとマーシーもめっちゃ好きやから、雑誌でヒロトが聴いてる音楽を知って、それを買いに行って聴いてみるとか。本当に幅広く音楽を聴いてきたと思います。
僕らのネタにも面白さのディテールが散りばめられているんですけど、一言突っ込むとするならば「やかましいわ!」になると思うんです。さっき言うてた、「スネアの音が実は洗濯叩きの音」って関係ない人にとったらやかましいじゃないですか。そういう“やかましい”ことを漫才の中でやっていきたい。別に知らんでも笑えるけど実はこうやねん、みたいな細かい面白さを盛り込んでいきたいです。

ファッションに関してはいかがですか?

自分流のこだわりは強い方かもしれないですね。中学生か高校生の時、たまたまジミヘン(ジミ・ヘンドリックス)のフェイス入りTシャツを着てショーウィンドウに写っている自分を見て、なんで自分の顔の下にもう1つ顔があんねんって急に気になってきて。家に帰ってすぐそういうTシャツを捨てましたもん。今はもう気にせず着られるようになったんですけどね。変なこだわりがあるから、“好き”って言うしかないんかもしれない。常に自分が納得のいくものを着たいとは思っています。

例えば、どんな服に惹かれるんですか?

<ラジャブルック>という大阪のブランドの展示会に初めて行った時、袖部分が取り外せて、それを入れる収納ポケットが後ろに付いた服があったんです。それを見てデザイナーさんに、「この服絶妙にダサいですね」って言うと、「そうなんですよ。それが良くって」と言われて。その考え方って、僕のベースでもある“おもんなおもろい“に通ずる部分があるなと思って、それでこのブランドがむっちゃ好きになりましたね。意味のないものに本気になってくれはる。ファッション業界にはこんな人もおるんやなって思いました。

服を買う時の周平さんなりのこだわりってありますか?

デニムは1年に1回買って、育てる感覚で穿き込んでいます。今日は、「決勝の景色を見せてやろう」という思いで、『THE SECOND』決勝の日に下ろしたデニムを穿いています。それで優勝できたので、このデニムにはすごい景色を見せられたんじゃないのかな。奥さんにはキレられるけど、まだ1回も洗ってなくて。今年の夏が終わって1回洗ったらええ感じに色落ちするんじゃないかと思うんですよ。このデニムにはあの日の空気が染み込んでいる。そう思うことで、自分がこの服をもっと好きになれるんです。

ちなみにこのシューズも<ラジャブルック>のものだそう。

ストーリーのあるものを選ぶだけじゃなく、そこに自分自身のストーリーを重ねていくと。

そうですね。もちろん<ラジャブルック>さんみたいなこだわりのあるものを買うのも1つです。海外の知らんおっちゃんを写真に撮って、それをプリントTにしてるのも面白いし。今日着けてるベルトも<ラジャブルック>なんですが、レザーを特殊な手法で編み込むことで、少し伸びる仕様になっていて。ベルトを外さずにズボンが脱げるから楽ちんなんです。こういうしょうもないことをやってくれるのが堪らないですね。古着屋やと、アメ村の「mecca」さんはよく行きます。オーナーのおっちゃんの買い付け話や古着の雑学を聞くのがむっちゃ好きなんです。「この前、アメリカのとある倉庫からコンバースが120足出てきてん」みたいな話があって、もちろんそれ自体も興味深いし、それに興奮してるおっちゃんもおもろい。そういう裏話込みで好きなのかもしれないですね。

音楽とかファッションとか、自分の好きなカルチャーがお笑いに影響してる部分ってあると思いますか?

さっきの話とも通じるんですけど、そういう聞かないとわからんようなことを本気でやってるわけじゃないですか。音楽を作っている人も、服を作っている人も、古着のバイヤーさんも。そういうところに惹かれますね。
僕らのネタで、「船のおっちゃん」というバカげたネタがあるんですけど、1くだりだけヒップホップみたいにサンプリングをしていて。植村花菜さんの「トイレの神様」の歌詞に、“入院しているおばあちゃんに会いに行ったら、そっけなくされた”という部分があるのですが、僕らのネタにも、船のおっちゃんに会いに行ったらそっけなくされるシーンがあるんですよ。そこが「トイレの神様」のサンプリングなんです。これは泣ける漫才を作ろうと思って作りました。森ノ宮のWWホールという1,000人規模の劇場で、「船のおっちゃん」のネタをやった時は2人泣いていましたね。芸人やアーティスト、ライターさんもそうかもしれませんが、自分だけのこだわりをこっそり盛り込む、みたいなのは作る側の楽しみでもあって。そこは音楽やファッションから学んでいるような気がします。

ちなみに、周平さんは音楽をやろうと思わなかったんですか?

ないですね。僕えぐいくらいリズム感がなくて、小学校低学年くらいから自分は歌が下手やと自覚していました。でもそれで良かったとも思うんですよ。もしあったらお笑いと音楽、どちらか選べんかったんちゃうかなと。中学生くらいから音楽の道は諦めていて、自分にはできないものとして好きでした。
それで思い出したんですけど、小学校の終わりの会で合唱の時間があったんです。僕、歌ってると泣きそうになるから、それがむっちゃ嫌やって。小1、小2くらいの時、「怪獣のバラード」っていう合唱曲があって、みんなで声を合わせて歌ったらなぜか泣きそうになってたんですよね。「なんでこいつら普通に歌えてんねん」って周りに対して不思議に思うくらい。これ以上歌ったら泣いてまうって思って、ひたすら泣くのを耐える時間でした。心臓の裏をこちょこちょこされるみたいな感じで、自然と涙が溢れそうになっていました。

きっと感受性が豊かな子どもだったんでしょうね。

そうかもしれないですね。現に夢遊病になったこともあって。小学3年生の時に、兄ちゃんが高校受験を受けることになって、受験の前日は僕もちょっと緊張してて、邪魔にならへんよう早めに布団に入ったんです。やけどリビングの方から、兄ちゃんの「わからへん、わからへん」っていう言葉が聞こえてきてて、大丈夫かなって不安になりながら眠りについて。そしたら、近所に住んでる算数が得意な親戚のおっちゃんに、「兄ちゃんに算数教えてくれ」って泣きながら言いに行く夢を見たんです。それで次の朝目が覚めたら、ほんまに行っとったみたいで。ちょっと怖くないですか?感受性が豊か、くらいの言葉で片付けておけたらいいんですけど。

きっと周平さんってめっちゃ優しい人なんですね。お兄ちゃんのことが心配すぎて、それが寝ている間の意識にも現れるという。

オカンにはめっちゃ怒られましたけど(笑)。あとは、みんなが「いい」って言うたものの逆をいく、みたいなのはありますね。中学、高校の頃は、自分が好きやと思ってても、あえて「嫌い」って逆をいくことが多かったんですよ。そうなるきっかけは、小1のクリスマスでした。うちの親戚はサンタを信じてない家で、毎年おじいちゃんがサンタの格好をしてプレゼントを持って来てくれてたんです。その年も、おじいちゃんに「何がほしい?」って聞かれて、僕は「トランスフォーマーのヒーローがほしい」と答えて、ワクワクしながらクリスマスを待っていました。そしたら当日、おじいちゃんが「ごめん、売り切れてた」って持ってきたのが、紫×緑の毒々しいカラーでザリガニみたいな、ヒーローとは真逆のやつやったんですね。その瞬間、僕の頭がぐるぐる回って、「ちょうど僕、こっちのほうにしたいと思っててん」って言うたんですよ。僕、めっちゃおじいちゃんのことが好きで、気を遣う子どもではあったと思うから、何とか出た言葉がそれやったんですね。で、そこから学校に行くわけですよ。みんなに「ヒーローのやつがほしい」って話してたから、どうしようって悩んだんですけど、もう自分のスタンスを貫くことにして。「みんな同じやつにするって言うてたから、しょうもないと思って、俺はこっちにしてん」と言って突き通したんです。そしたら、小学2年生の春くらいには、「周ちゃんのやつが1番カッコいい」ってなって。もちろん偶然ですけど、逆張りをして勝利を勝ち取った経験が、みんなとあえて違うことをするきっかけになったんかなと思いますね。とりあえず逆いっといて、その後突き通せばなんとかなるやろみたいな。少数派でも絶対戦ってみようっていうのが始まったのはそこからですね。

逆張りのきっかけが“優しさ”なのは意外でした。

ほんまですね。よう考えたらええ話なんやな。おじいちゃんには「これが良かった」って言いながらも、心の中では「どうしたらええねんこれ」って思っていて。でもそれに関する不満は一切言いませんでした。おじいちゃんの前でも、最後まで突き通しましたね。

周平さんの男らしさにも通ずる部分を感じます。

本当は気弱な一面もありますけどね。気が弱いからこそ、男らしく虚勢を張らなしゃあない。次の日から友達にこいつの良さを伝えていかなあかんから、実はこっちの方が渋いねんって言える材料についてめっちゃ考えましたよ。

下積み時代も長かったけど、ずっと楽しくて面白かった。憧れのヒロトとマーシーのように、自分も人の心を動かすような人になりたい。
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Profile

周平魂

1983年生まれ、京都府出身。NSC大阪校30期生。大学の同級生として相方のたかのりと出会い、2008年に<ツートライブ>を結成。2025年『THE SECOND 〜漫才トーナメント〜』王者。今年4月に上京し、劇場を中心に活動。2023年より各地を巡る漫才ツアー『闊歩旅』をスタート。ミルクボーイ、金属バット、デルマパンゲとのユニットライブ『漫才ブーム』で10年間ツアーも行っている。

Instagram: @shuheidamasii
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