《テーブルの上にあったものをすべて片付け、それぞれに水を一杯ずつ飲んだ後、わたしとオカノと吉崎君は、誰ともなしに立ち上がり、ささやかな卒論提出の打ち上げをお開きにした。もう一軒行く? ときくと、オカノは、昨日徹夜したので眠い、悪い、と言いながら学校の裏の自宅に帰っていったので、吉崎君とわたしも帰ることにした。平日の昼間の地下鉄は空いていて、二人で間を空けて座って広いシートを占領した。
 はじめは、吉崎君は何も話さずにただそわそわしていたが、三駅ぶん南に下ると、なにか覚悟のようなものができたのか、何度か咳払いをしてわたしのしたかった話をはじめた。 ──津村記久子『君は永遠にそいつらより若い』》

 1月から3月にかけてのこの時期は、むかしから毎年記憶がうすい。
 そもそも冬が大の苦手で精気が極端に減る。全身が冷えに沈んで血のめぐりが悪くなり、好きな読書や映画や音楽への興味も鈍くなり、動けなくなり、外出が減るからしぜんとふとんに包まって眠ってばかりになる。

 くまやリスのようにふたたび生存に適した季節になるまでこんこんと眠っていられたらいいけれど、人間だからむずかしい。
 冬といえば、人間は心臓がとまったら死ぬのだということを知ったのは小学二年生のちょうど今頃だった。校区の外れの小さな集合住宅に住んでいて、早朝の登校班待ち合わせで自転車置き場にたむろしていた時に上級生が突然「じつは人間は心臓がとまったら死ぬ」と教えてくれた。相当な衝撃だった。1月末の気温はそこに突っ立っている自分の心臓を今すぐに凍らせて止めてしまいそうだったから、上級生の言葉は余計に恐ろしかった。

 そんな出来事もあってか、わたしにとって寒さのどん底であるこの季節は、ゆっくりと死に近づいていくようなスローモーションで目に映る。

 思えば、この時期は毎年さまざまなかたちで停滞していた。
 中学校ではそろそろ、卒業式の練習ばかりを馬鹿げてくりかえす宙ぶらりんの期間の足音がきこえてくる。
 高校時代は、べつに目指してはいなかったがなんとなく推薦受験した大学の入学が決まった後、皆がセンター試験や一般入試に向けて追い込みをしているのを横目に、毎日早引けしてコタツでぼんやりとテレビの「ちちんぷいぷい」を観つづけていた。
 大学時代はさらに曖昧な時期だったように思う。毎年この時期に何をしていたのかとくに記憶にない。後期の講義の終わりが中高よりも早く、1月末はその学年の最終試験がとっくに終わり、4月の始業までどの学生も、ゆうらり揺れる長い猶予期間があたえられるのだ。

 大学ではもともと毎日喫煙所でとろけてばかりいてどの講義も出席率が悪かったから、寒さが極まってくるとさらに教室から足が遠のき、毎年単位修得にとても苦労した。四年生ではとうとう卒業認定単位が足りないと判明し、学内推薦で合格していた大学院進学の資格を失くして留年し四年生半までやった。
 その年の冬は難波座裏で期間限定でバーの雇われ店長をやりつつ、ほかにも夜の仕事をいくつも掛け持ちして忙しかったはずなのだけれど、卒業が駄目になったのと金欠で自暴自棄になっていたせいか、その忙しさを全然憶えていない。
 その後、ひとり夏の終わりの日に小さな教室で卒業証書をひっそりと受け取った。3月に執り行われた本来参加するはずだった卒業式には顔を出していない。けっきょく学部生生活の3分の2ほど不登校だった。その時のわたしは何もかもがだめで、同級生たちが一体どんな晴れすがたと笑顔で学科を旅立っていったのか、それすらも知ろうと思えなかった。
 今はその頃のことがようやく微笑ましいと思える。

 大学院を出たあとは三度転職して、辞めたのはどの仕事も1月末から2月末にかけてのこの時期だ。二度の無職期間は、いずれもこの凍える停滞の季節からはじまった。無職になったわたしは、高校受験を終えたかつての自分とまったく同じぼんやりした表情で毎日「ちちんぷいぷい」を観つづけて、畳にうっすら落ちてくる陽射しにちびちびと温もりながら、湯気立つホットミルクティーをやたら啜っていた。

 記憶がうすいのは、冬の自分の身体がポンコツであるのに加えて、今の時期の過去のわたしが、何かへの所属意識や社会とのつながりが毎年異様にうすかったからなのかもしれない。

 とはいえ、ぽっかり空いた大学生時代のこの時期の記憶にも、手繰り寄せてみれば思い出の感触は確かにある。
 試験やレポート、卒制や卒論・修論が済んだこの時期は、学年の壁を超えて盛大な打ち上げ飲み会をするのが恒例だった。
 講義には不登校だったくせに日頃から飲み会にはよく参加していた。ひとの少なくなった喫煙所でモニュメントに寝転びぷかぷかやっていると、やがて講義やゼミを終えた知り合いたちがポケットからタバコを抜きつつ近づいてきて「今夜、飲み会」と教えてくれる。週に三度四度と飲み会はあったけれど、すべてを終えた猶予期間の打ち上げ飲み会は皆どこか浮き足立っていた。

 下戸なくせに負けず嫌いで、アルコール漬けになった先輩や後輩たちと朝まで文学や哲学や映画の話を闘わせたり、かと思えば、恋愛で惨敗した学生の涙なしでは聞けない話を笑い涙で吹き飛ばしたり、友人のとにかく爛れた性生活の話をありがたく拝聴したり、金が無さすぎて構内のよくわからん葉っぱを詰んでタバコ作ってみたからちょっと吸ってみてや、という馬鹿げて真剣な実験に飲みながら付き合ったり、撮った映画や書いた小説の話をしたり聴いたり、いつのまにかゼミの一員になっていたらしいヨソからの聴講生と昨日見た夢の話をしてみたり、そうこうしているうちに気づけばいつも夜が明けていて、じゃあ来年もガンバリましょー、と眠たい声で明るい空にふわふわ挨拶を交わし、潰れた先輩を抱えて帰宅する下宿組を店前で見送り、マフラーを巻きなおし、同じ方向の電車組と一緒に白い息を吐きながら駅に向かう。

 打ち上げ飲み会のほかには、卒制や卒論・修論の提出後の夕方の光景が、大学生時代のこの時期の数少ない記憶としてある。
 卒制や卒論・修論を無事に事務部へ提出した最終学年の知り合いたちは、皆目の下にこってりと濃いクマを浮かべて、けれど清々しい表情で「出したった、出したった」と喫煙所に集まってきた。
 自分が三年生だった時は、普段飲み交わしている先輩たちがそんなふうに晴れ晴れとタバコを咥えながらこちらへやって来るのを灰皿のそばでひたすら待っていた。
 底抜けの明るさと、未来への不安が同時に浮かんだ奇妙な表情。
 今まで一緒にいたのに全然違うひとたちみたいだった。
 四年間大量の本を読み大量の創作やレポートを書いてきて、ついに最後の文章を提出してしまった先輩たちのその表情を、わたしは今でも忘れない。

 修士二年生で大学最後の論文を出した時のわたしもきっとあの先輩たちと同じ表情をしていた。
 先輩たちの頃、いつも皆がもやいの場所のように集まっていたあの喫煙所は、わたしが最後の論文を提出したその時には時代の流れで廃止されて跡形も無くなってしまっていたけれど。
 一緒に修士論文を提出した同級生の男の子ふたりと、その喫煙所があった場所でこっそり火を点けて、けけけ、と笑いながらタバコを突き合わせて、達成感と寂しさに満ちた一服をしたのを、いま書きながらふいに憶い出した。

 令和2年度は感染拡大防止のために大学生はほとんど対面授業が行われなかったし飲み会もできなかった。
 卒業した今でも大学生や院生と携わる機会が日々あるので、今年度の学生たちの様子がこの一年とても間近にあった。あまりにも変化の大きい一年で、しなやかに対応する学生もいれば、堪えきれずにこぼれ落ちてしまう学生もいた。
 あの頃のわたしだったら一体どうなっていただろうか。と、つい考えてしまう。

 生まれたタイミング。大学生になったタイミング。わたしが大学生だった頃は、ゆとりだの就職氷河期だの内定取り消しだのなんだので卒業後もずっと不幸世代のレッテルを貼られていて、それがとても不快だった。今の大学生たちがわたしの世代と同じように、外的要因のせいで卒業後もずっとずっと他人から不幸のレッテルを貼られたりしなければいいなと思う。
 外の世界で何かが大きく変化していても、どんな光景になっていようとも、いくら他人から不幸のレッテルを貼られても、この冬から春にかけての永遠に停滞したような時間は、その時に大学生である彼らだけのものだ。

 1月の初め、ゼミの後輩にあたる学生たちが無事に卒制や卒論を提出できたという報告をSNSに書いているのを見た。
 後輩たちの清々しい声が文字となってスマホの画面で飛び跳ねる。そっと目を閉じると、かつて喫煙所だった学部棟の吹き抜けの広場に、卒制や卒論を提出し終えた後輩たちがゆるゆると集まってくる。
 いや、もしかしたら後輩たちの世代ではあの場所は古臭く、もうあそこに集まったりはしないのかもしれない。彼らは彼らの過ごしてきた場所できっと、つぎの学年に上がるまでのあいだ、学部から大学院へと進学するまでのあいだ、卒業して大学の外へ出るまでのあいだ、あるいはつぎの場所が見つからないまま、冬から春にかけての、この手持ち無沙汰のような永遠の時間をたゆたう。

 後輩の学生たちにおめでとう、ほんとうにお疲れさまでした。と、思いながら、今日もあまりにも寒い夜なのでわたしは仕事もメールの返信もなにもかも放り出し、友だちからもらった湯たんぽを足もとに置いてやわらかなふとんにもぐり込み、そっと目をつぶり眠る。
 もうそろそろ寒くなくなってくれればいいのにと、毎日毎日ただそれだけを願っている。

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磯貝依里

本を読むのが好き。DRESSにてオムニバス短篇小説連載「やがて幻になるこの街で」、Horlogerieにて書評エッセイの連載、ほかエッセイの執筆、文学トークイベントなど活動中。

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