《いつも音楽会と云えば着飾って行くのに、分けても今日は個人の邸宅に招待されて行くのであるから、精一杯めかしていたことは云うまでもないが、折柄の快晴の秋の日に、その三人が揃って自動車からこぼれ出て阪急のフォームを駆け上るところを、居合す人々は皆振り返って眼を欹てた。日曜の午後のことなので、神戸行の電車の中はガランとしていたが、姉妹の順に三人が並んで席に就いた時、雪子は自分の真向うに腰かけている中学生が、含羞みながら俯向いた途端に、見る見る顔を真つ赧にして燃えるように上気して行くのに心づいた。 ――谷崎潤一郎『細雪』》

 鏡越しの顔はとうに見慣れた。はずであるのに、あいかわらず覗き込むにはそうとうな勇気が必要だ。

 だから鏡と対峙する前にはいつだって一呼吸の準備がほしい。たとえば朝目が醒めた時は、ふとんを被ったまま手のひらで顔全体を覆ってみる。もう数え切れないほど毎日この顔に触れてきたわたしの手は、まるで目玉が付いているかのように明瞭に、その日のコンディションを寝ぼけた眼裏に映し出す。
 手のひらにべったりと張り付くゆうべの保湿クリームのぬめり。少し指を動かしてみると、そのぬめりの下にピッコリとふくらんだニキビの萌芽。
 眠る前にはなかったのに。と、憂鬱な気持ちで蔦が這うようになんとか起き上がり、意を決して鏡に向かえば、やっぱり赤く火照ったニキビ顔。

 駅の姿見、ショーウインドウ、窓ガラスやドアの反射、街のいたるところにある鏡面状の物体がむかしはとてもこわかった。そこに浮かび上がる自分の顔と出逢うのが苦手でいつだって足早に通り過ぎていた。
 小さい頃から絵を描くのが、とりわけ幼稚園時代から中学生にかけては女の子のイラストばかり描いていてどれだけ上達できるかということに執心していたから、絵が上手くなればなるほどいろんな絵を参考にすればするほど目が肥えて、そのぶんだけ自分の容姿に劣等感をおぼえるようになった。
 強度近視でめがねが手放せないうえに、どれだけ太陽の方向を向いても光が入ってくれないぶ厚い一重まぶた。ひたいは広く、目立つ鷲鼻。口におさまりきらない大きな前歯。服は制服かUNIQLOのフリースとジーンズの選択肢しかなくて、身体の成長も遅かったから靴は一足を何年も履き続けていたしカップの付いた下着を買ってもらい身につけるようになったのは高校2年生だった。

 ひとの目も自分の目もすべてがこわくて毎日ずっとうつむいて、本と絵にばかり傾倒していた。写真集や読んだ本の内容を参考にして、綺麗な服を着せて綺麗な色で瞳をふちどった女の子の絵を数え切れないほど描きつづけたくせに、そのペンを握っている自分自身があまりにも醜いがために、綺麗なものを身につける身分には一生なるべきではないとただひたすら思っていたのだった。

 街に溶け込める程度の身だしなみに、とにかく「普通」の容姿に、誰の目にも留まらない普通のひとになりたかった。なのに、その程度に手を伸ばすのさえおこがましい気がして息苦しかった。

 そんな強迫観念がやわらかくほどけてきたのは大学に入ってからだ。私服を余儀なくされたという事情もあるけれど、18歳の時に初めてピアスを開けたのがきっかけだった。
 容姿に自信がなく凝った衣服と化粧に対して異様な恐れがあるくせに、本だの漫画だので育った頭でっかちな人間だったので、いきなり両の耳朶に一つずつと左の軟骨に一つ開けた。心斎橋の美容外科で施術してもらい、その後にさらに四つ増やした時は自分でニードルを使って開けた。
 ささやかな施術だったけれど、その時、今までの弱くて醜い自分が武器を纏って少しだけ強くなった気がしたし、自分の中にけして裏切らない小さな小さな神様がうまれたみたいで、途端に心が満たされていったのをとてもよく憶えている。

 神様はわたしの心のスイッチになって、耳にいくつかの穴が開いているというだたそれだけなのに、街で服屋に入ることも、そこで好きな服を選ぶことも、化粧品を吟味することも、そもそも自分にも好きな服や化粧品があるのだと認めることも少しずつこわくなくなっていった。

 何年も何年もかけて、粧い装うことへの感性が自分の中で少しずつ変化していく。
 最初のハードルはまず、長いあいだ自分自身で巻きつけていた固い鎖をほどくことだった。耳に神様がうまれてその鎖がほろほろと外れ、解き放たれたばかりのこわばっていた身体で一生懸命「綺麗」や「普通」を模索した。自分の足でいくつもの店をめぐり、さまざまな服やアクセサリーや化粧品を買い、美容院にこまめに通うようになり、それと並行して読む本や観る映画や、出逢うひとびとの幅が広がった。粧い装うことに対する恐怖心が減っていくと、新しいひとたちとの出逢いもどんどん嬉しくなるのがふしぎだ。

 「綺麗」や「普通」を頑張って探しこわばっていた身体はしだいにやわらかくしなやかになり、すると「綺麗」や「普通」には、それこそ無限の幅があるのだと気がついた。

 今から少し前、わたしが鎖に囚われていたあの頃はたぶん今とは違って、画一的な美の基準が強かったように思う。目鼻の形や髪型、唇や頰にのせる色、雑誌やテレビを観ていてもずらりと固定的だった。ひとりで歩きはじめたばかりの当時のわたしも御多分に漏れずその基準にばかりこだわっていたけれど、5年10年と時が経てば世界は変わり、それを受けて自分も変わる。
 今ではさまざまな「綺麗」や「普通」がむかしよりもここにある。
 あれだけ醜いと憎んでいたこの顔もユニークさやファニーさとして捉え、黄金比の美の基準値にむりやり近づけるのではなく、わたしの顔が向いているその方向へ、光を足して伸ばしていくことも大切にしてもいい。顔立ちよりも顔つきの美しさ。そんな軽やかな空気が漂う世界になりつつあるように思うのは、すべてのものごとの積み重ねなんだろうか。

 細い目から滲み出る淡いオーラ。ぽってりした大きめの唇にリップをのせた時のおどろくような潤い。すっぴんの顔に寄るそのひとだけの形のしわ。内側から静かに火照っているようなそばかすの、その稀有な色。

 媚びず、恐れず、囚われず、自分のなかでささやかに、自分のペースで自分を整えていくという愉しさ。

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 ここ数年は肌を育てるのが好きで、コスメはメイク用品よりもスキンケアのものを重点的に買うようになった。肌は育てれば育てるほどに応答してくれるから手入れの甲斐があって好きだと思う。植物を育てること、ガーデニングとよく似ていると思う。
 朝、部屋の観葉植物をぼんやり眺めながら寝起きの顔に化粧水やクリームを塗り込んでいると、自分の頰の葉脈にも、瑞々しい冷たさが染み込んでいくような気持ちになる。

 肌にこだわるようになってきたのと同時に、去年あたりから、耳に開けている軟骨のピアスを取って塞いでしまってもいいかと思うようになった。
 30歳を超えた今、ボディピアスやタトゥーはかなり増えたけれど、やはり最初に耳に開けたこの軟骨二つがわたしの、粧い装うことへの最初のスイッチだという気持ちがあった。この二つの神様がいたから今の自分があった。洒落た街を歩く時にうまれてくる恐怖心を、この二つの神様がずっと守ってくれていた。
 その恐怖心もだいぶ凪いで、もうこの神様たちに頼らなくてもいいかもしれないと思ったのだ。

 それでもやっぱり日によっては、鏡を覗き込むのは未だにこわい。少し気を抜けば途端にかつての鎖だらけの自分に戻ってしまう。鏡越しの自分の頰にニキビを見つけたその瞬間、粧い装うことを恐れていた小中高生の頃の、羞恥心でいっぱいの自分が鏡のなかに映っている。新しいコスメブランドの店に入るその瞬間、足もとが頼りなくなり、脈が速くなる。そんな時、未だにいつのまにか、左耳の二つの軟骨に願掛けしている自分がいる。
 だからこの神様にはもう少し、わたしの身体にいてもらうほうがいいのかもしれない。

 このあいだの週末、ずっと気になっていたけれど畏れ多いからと一度も入れていなかったブランドでハイライトとチークのコスメを買った。練り粉タイプの水気たっぷりのハイライトで、ひとさし指で頬骨のあたりにそっとのせると、途端に顔が湯を浴びたてのように生き返った。高価だったけれど嬉しくてすぐに買って、帰宅するとテーブルに置いて大事に大事に眺めた。
 むかしはこんなことできなかったな、時が経って、大人になってほんとうによかった、と思いつつ、これを塗って出かける翌週からの自分を、街のショーウインドウの反射に映り込むかつての小中高生の頃の自分がのっそりと見つめている光景が眼裏に浮かんだ。
 あの頃の自分が今のわたしを見たらどう思うだろう。頰を赤らめて、羞ずかしがって、身分不相応なものをと感じながら、今のわたしを自分とは認識してはくれないだろうか。粧い、装うことを拒み、自分の容姿を憎んでばかりいたあの頃のわたしは。

 でも、わたしはわたしのことが誰よりも大事だから、そしてそれを知れたのは何よりも、粧い装うことでだったから、もしもかつてのわたしの影が見えたならば、こんなふうに声をかけてあげたいと思う。

 だいじょうぶ。「綺麗」も「普通」もあなたが好きなように選んでいいんだよ。だってあなたはこのあとに、自分自身で、小さな神様を手に入れるんだから、と。

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磯貝依里

本を読むのが好き。DRESSにてオムニバス短篇小説連載「やがて幻になるこの街で」、Horlogerieにて書評エッセイの連載、ほかエッセイの執筆、文学トークイベントなど活動中。

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