コラージュは人生とリンクする。コラージュアーティスト・ASOTAさんが、挫折と選択を繰り返して見つけた、いつでも心に“遊び”を持つ生き方。
コラージュは人生とリンクしてる。大切なのは、自分の中に「遊び」を作ること。

インタビューの最初に話していただいたように、最近はフルタイムで働きながら、制作をされてますよね。
これまでは『々(ノマ)』っていう職人も素人も混ぜこぜで活動する大工チームに参加しながら、自分の創作を続けてたんですけど、20代後半で結婚して30歳が見えてきたときに、がむしゃらな生活に不安を感じたんです。それで、もっと職人としての専門的な技術を学びたくなって、今は『権藤美術塗装』でガッツリ勉強させてもらってます。
実際に権藤美術塗装で働いてみて、どうですか?
めちゃくちゃ面白いです! この世にまだない新しいものを作るので、どうやって実現させるのかを探るところから仕事がはじまるんですが、毎回クライアントの想像を超えるものを作る人で、職人でありアーティストだなって思います。工場で試作や仕込みをしながら試行錯誤したり、現場で実際に形にしたりする中で得た技術や美学がコラージュに活きるし、逆にコラージュの自由なアイデアが仕事に活きることもありますし。権藤さんも僕の作家活動を尊重してくれてて……。すごくありがたいです。

いいバランスでコラージュアーティストと現場の仕事を両立できてるんですね。
20代の頃は「作家として成功しなきゃ」「何か大きなことを成し遂げなきゃ」っていう焦りや野望に駆り立てられて、必死に走ってきたんです。でも今はもっと腰を据えて、自分のペースでいい作品を残せるようになってきて。あとは自分がどれだけ幸せな状態でそれに取り組めるかに、考え方がシフトしていった感覚があります。
売れるためにがむしゃらだった20代から、30代を迎えて良い意味で地に足がついたというか、一つ上のステージに成熟された印象を受けます。
最近、コラージュって人生とリンクしてるなって思うんです。たとえば今日この取材があるけど、昨日スケボーしに行って手を怪我したから、今朝は病院に行ってちょっとバタバタしてた、みたいな。「スケボーに行くか行かないか」っていう1つの選択によって、その後のストーリーがどんどん変わっていくじゃないですか。人生は選択の連続で、その都度良い選択をし続けると想像もしてなかった未来に行き着く。それって、コラージュともすごく似てるなって。ひとつの素材を選んだことで、そこからまた別の素材が引き寄せられて、自分でも想像してなかった世界に作品が広がっていくことがあるんです。
一歩ずつの選択の積み重ねが、作品も人生も作っていくと。
「作らなきゃ」ってアトリエにこもっているときは、結局サッカーを観ちゃったり「なんかやりたくねえな」ってなったりする(笑)。でも外に出てガッツリ仕事して帰ってくると、頭がスッキリしていて、人と会ったりいろんなものを見たりした分、自分自身がすごくフレッシュになっているんです。そうすると、目の前に置いてある切り抜き素材は同じものなのに、見え方やインスピレーションが全然違ってくる。そう考えると、自分も作品の一部なのかなって思うところもありますね。

現場の仕事もスケボーも、全部が作品に影響してる。すごく達観した考えだと思います。
20代じゃ絶対思ってなかったことですけどね(笑)。僕、名前が遊太(ゆうた)なんですけど、“遊ぶ”って言葉を昔から大事にしてて。公園で遊ぶとか、夜遊びするっていう意味はもちろんだけど、僕の人生で一番しっくりくるのは、ボルトや車のハンドルにある“遊び”の意味なんです。
なくてはならない、“ゆとり”としての遊びですね。
“遊び”があるから、機械はちゃんと機能するし人間も生きていける。切羽詰まったり余裕がなくなったりすると、人は間違った選択をして幸せじゃなくなっていく。いつでも良い選択ができるように、自分の中に“遊び”を作っておくことが大切なんだなって。

作品に訪れる奇跡のような偶然も、“遊び”があるから感じ取れるものなんだと思いました。そんなASOTAさんが目指す今後のビジョンはどこにあるんでしょうか。
これまでは声がかかったスケートショップやカフェの一角での展示が多かったんですが、しっかり下地もできて見せ方も学んできたので、年単位のプロジェクトとして本格的なギャラリーで個展をやってみたいですね。その先でいうと、自分がいなくなった後も含めて、作品が時間も場所も超えてどこまで旅をしていけるのか。そこにはすごくロマンを感じるし、作家として挑戦し続けたいなと。物理的に海外で制作や展示をするのも最高だし、自分が手放した作品が旅立っていって、アートの文脈に乗って価値が付いて、想像もしなかった場所の誰かに影響を与えられたら最高じゃないですか。今すぐどうこうってわけじゃなくて、結果は後からついてくるものなので、これからもずっと、“遊び”続けていきたいですね。

<ASOTAさんのお気に入りスポット>
お好み焼き駅前(東大阪市西鴻池町2)
鴻池新田にあるお好み焼き屋さん。名前のまんま駅前にあります。家族経営で味も雰囲気も最高なんですが、店のおばちゃんが趣味で描いてる油絵が飾ってあって、それがめっちゃ上手!
COFLO(大阪市西区南堀江1)
デザインを提供したり、プライベートでもよく顔を出す大好きな<Whimsy>のショップ。コラボしたソックスは愛用してます。
うみかぜ公園(神奈川県横須賀市平成町3)
横須賀にある海沿いの公園で、仁さんともよく行っていた、一番好きなスケートパークがある場所です。

ASOTA(あそた)
1995年神奈川県葉山町生まれ、大阪在住。16歳でスケートボードの映像制作を始め、映像作家として創作活動を開始。19歳の頃、地元逗子市のスケートショップ UNOWN で、スケートデッキのグリップ面にコラージュを施したことをきっかけに、アナログコラージュの制作を始める。
スケートビデオの編集を通して培った、異なる断片をつなぎ合わせることで、想像していなかった新たな世界を立ち上げる感覚。それはやがて映像からコラージュへと受け継がれ、現在の制作の根幹となっている。
古書や雑誌などから見つけた写真や印刷物を、拡大・縮小することなく本来のスケールのまま切り取り、緻密なカットワークによって組み合わせる。一見すると自然に調和しながらも、細部には矛盾や齟齬が潜み、「しっくりくるのに、どこか辻褄が合わない」独自の視覚世界を構築している。
その背景にあるのは、自身の名前「遊太」にも由来し、人生の軸として大切にしてきた「遊び」の感覚である。スケートボードのためにつくられていない街の風景からスポットを見つけ、そこに新たな可能性を想像するように、既存のイメージの中から断片を発見し、組み合わせることで、現実から少しだけ離れた世界を立ち上げていく。
ここでいう「遊び」とは、単なる娯楽ではなく、日常の中にある可能性に気づくための余白や余裕でもある。現実と想像の世界を行き来しながら作品をつくることで、鑑賞者にもその感覚を手渡し、日常へ戻ったときに、いつもの世界をもう一度違った視点から「遊ぶ」きっかけを生み出すことを目指している。